14.伯爵令息はいなくなりましたわ。
翌朝ーー
朝一番、王都の郊外にあるフロッシュ伯爵家に、早馬の蹄音と共に手紙が届けられた。
伯爵家を継いだ若き当主ヴォグ・フロッシュ卿は、受け取った手紙を急ぎ開き、文面に目を走らせる。
「何? リュセが……この世を去った、だと?」
手紙を持ったまま肩を震わせ、当主の口から声が漏れ出た。
「……ははは」
コンコンッ!
「兄上……」
「お前か。入れ」
ギィィィッ……
扉を開けて中へと入ってきたのは、次男ジュド・フロッシュ卿だ。
「こんな朝早くに、一体何事ですか?」
「ジュド、これを見ろ!」
「これは……なっ⁉︎ リュセが⁉︎」
眼前に突き出された手紙を受け取り、彼もまた当主と同じ驚きの声を上げる。
「この手紙の差出人は……王国の戸籍課……間違いなく本物」
「添書には、タボック侯爵家の夜会に出席していた目撃者の話として、リュセが侯爵邸の庭先で倒れた後、その場に服だけを残して身体は跡形もなく消えた……と、あった」
「消えた? そんな馬鹿な話、あるわけ……いや、なくはないか……」
一瞬だけ声を荒げたが、すぐにもとの冷静さを取り戻す。
古代に失われた魔法の名残のあるこの国では、説明の付かない不思議な現象がまぁまあ起こり得る。
『呪いによる遺体喪失』は何も珍しいことではないのだ。
「その場には数名、目撃者がいたそうだ。ほら、社交界で有名な『美容家』子爵もその内の一人らしい……」
「……そうですか」
納得のいっていない表情を浮かべつつも、ジュド卿が兄に反論することはなかった。
「にわかに信じがたい話だが……ここに、リュセの死亡通知書が届いたのは事実。……喪に服すよう、屋敷の皆に伝えてくれ」
「分かりました。私も登城がてら情報を集めましょう。自分の所属部署ですので……」
「頼んだぞ。父上への連絡は私からしておく」
「分かりました。では失礼します」
カツカツカツカツッ……
「『美容家』子爵……ロアール・ステンド卿……エリアリス公爵令嬢の腰巾着、か」
廊下を歩きながら、ジュド卿が小さく呟いた。
◇
リュセ・フロッシュ伯爵令息は祝福されない子供だった。
次期伯爵となる第一子、代替である第二子……どちらも無事に健康な男児が生まれ、伯爵夫妻の夫婦の営みという『義務』は無くなった……だが、数年後に夫人はその腹に第三子を宿した。
伯爵家同士の政略結婚に、愛は無かった。
それでも情はあった……なのに、妻からの裏切り。
当然ながら、伯爵は激怒した。
夫人が妊娠に気付いた時には堕胎できる時期はとうに過ぎ、その子供は殺されることなく、やがてこの世に生を受けた。
だが、これは何かの『呪い』だろうか……産後の肥立ちが悪く、伯爵夫人はあっという間に亡くなってしまった。
伯爵は産まれた赤子の扱いに悩んだ。
だが、夫人の不貞が世間に知られることを恐れ、孤児として教会に渡すことはしなかった。
……己の味方がいない伯爵家でその子がどのような扱いを受けて育ったか……それは想像するに難くない。
◇
昨晩、エリアリス嬢はタボック侯爵邸の庭でちょっとした偽装工作を指示した。
苦しみ倒れているリュセ殿を帰り際の貴族に目撃させ、侯爵邸の使用人を呼びに行かせる。
その隙に、リュセ殿の身包みで剥がせる物は全部剥ぎ取り、彼が倒れていた場所にそっくりそのまま人型に並べたのだ。
『誰か呼んできて!』
『遺体が消えた!』
「呪いのせいだ!』
人間は単純だ。
誰かが発した一言で、まんまと動かされ、思い込まされてしまう……緊迫した状況なら尚のこと、冷静な判断などつかない。
エリアリス嬢自身はそこにいるだけで目立ってしまう存在の為、早々にその場を離れていた。
令嬢の無茶振りには慣れている『影』とロアール卿が実行役として『リュセ・フロッシュ伯爵令息の死』を作り上げたのだ。
◇
グレッグス公爵領、教会ーー
バタンッ!
「な、何事ですか⁉︎」
寝る直前だったのだろう、可愛らしい寝巻き着のままの老司教が慌てて教会の大聖堂に駆け込んできた。
だが、エリアリス嬢とロアール卿、彼の腕にかかえられた瀕死の少年が視界に入ると、いつもの毅然とした態度に切り替わる。
「こちらへ……」
「話が早くて助かるわ」
祭壇へと促され、そっと彼をその上に横たわらせる。
元々着ていた服は下着まで全てタボック邸の庭に置いてきた為、今は簡素な白い服を身に纏っている。
令嬢の要求に対応出来るよう『影』はいつでも用意周到なのだ。
そして、リュセ殿の身体から外せなかったのは呪いの腕輪と細い鎖の首飾りのみ。
呪いの解呪はけして容易くない。
アイテム一つ一つ、掛けた術者も方法も呪いの内容も強度もてんでバラバラだ。
北のモーリス辺境伯領や東の遺跡等、魔物が出現する地域では独自の方法があるようだが、根本的な解決方法はいまだ確立されていない状況だ。
そしてここ、グレッグス公爵領でも共通の認識となっていた……『完全解呪は不可能だ』と。
「随分と衰弱しておるな。応急処置として……これをつけましょう」
正装に着替え終えた老司教は、宝石……いや、聖石がぐるりと一周付いた腕輪をリュセ殿の左手に装着させた。
「呪力を聖力で中和するだけでは、身体は回復せん。何か体力の回復になる……そっちに仕舞ってあるポーションを持ってきてくれ!」
「司教、これでは弱すぎます」
「むむっ……」
老司教達のやり取りを見守っていたエリアリス嬢がふと、思い出して何かを取り出す。
「それならば、これはいかが?」
ドンドンドンッ!
「エリアリス様、それは?」
「ピジュの実の加工品よ。リリス経由でアリスウェア商会がタボック伯爵家と独占契約したんですわ。試作品として、キュイジー嬢から受け取っていたの。調べたら滋養強壮の効力が非常に高いんですわよ!」
「お嬢、そんないつもの商会での実演販売みたいに瓶を並べなくても……」
「あら、つい……」
「うむ……では、試してみましょう」
意識のないリュセ殿の顔を傾け、軽く口を開かせては、小瓶を容赦なく突っ込む。
「あとは……これですな」
ガチャッ!
そう言いながら、老司教は物騒な物……回転式切断機を取り出した。
「この切断刃には硬質の細かい聖石が埋め込まれておる。呪いのアイテムはその呪力により身体から外せない状況になっているのだが、中和した状態ならばその力が弱まり、物理的に裁断することも可能となる」
キュインキュインキュィィィィィッ‼︎
金属の削れる音が響き渡り、周囲には火花が散る!
各地で産出されたり、魔力持ちが力をこめることで生まれる魔石……力があるゆえ、聖石にも呪石にもなる諸刃の剣。
それを利用して、この教会では呪いのアイテムを破壊している。
呪いのアイテムは『解けない』が、『外せる』のだ。




