第8話 看病
翌朝、正宗は目を覚ますと強烈な喉の痛みを覚えた。鼻も詰まっていて凄く苦しい。起き上がると体もだるく、すぐに倒れ込んでしまう。
「あー、まじか。風邪か?」
熱を測ると三九度だった。
「うはぁ、こんな急に来るのか」
正宗は重たい体をなんとか起こして祖母に風邪引いたから学校を休む旨を伝える。
「そりゃ大変だ。学校には私から連絡入れとくから寝ときなさい。病院も行かないとねぇ」
正宗は部屋に戻り、星奈にメッセージを送る。
――――風邪引いたみたいだから今日は休みます
すぐに既読がついて返事がくる。
――――大丈夫?熱とか酷いの?
――――三九度。とりあえず病院行って薬貰ってくる
――――ゆっくり休んで
正宗はスマホを枕元に置き、眠りについた。
病院は午前中のうちに祖母といき、結果風邪だった。
「正宗が風邪を引くなんて珍しいねぇ。今週はゆっくり休みんさいな」
「うん、そうする。めっちゃダルい……」
正宗は薬を飲んで布団に潜り込んだ。そして段々と意識が遠のき、眠りについた。
このとき見た夢は最悪だった。
正宗は試合に出ていた。無心でラケットを振っていた。後ろには冷たい目で睨みつける父と母。監督たちも何も言うことなく正宗を睨みつける。
正宗は膝が限界を迎えて倒れる。
そこでようやくみんなの口が開く。
「立て」
「お前にどれだけ投資したと思っているんだ」
「怪我程度で倒れるな」
そこで夢は終わった。
目を覚ますと全身汗でびちゃびちゃだった。窓から夕日が差し込む。正宗はフラフラとリビングに行き、水を飲む。
「なんか……最悪の夢だったな……」
最近波瑠に絡んだからからだろうか。あの日を夢で再現してしまった。
「ばあちゃん?」
返事はない。どうやら祖母は家を開けているようだ。正宗は何か食べるものはないか冷蔵庫をあさる。そこで玄関のチャイムが鳴った。
正宗はよろよろと玄関をあける。
「はい、どちらさ――――」
そこにいたのは星奈だった。
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「風邪、大丈夫?お見舞いきたんだけど、いい?」
正宗はびっくりして足が絡まってふらつく。
「あ!」
星奈が正宗に抱きついて支える。
「大丈夫?無理しない……で……」
二人の顔が近づく。お互い密着し、互いの吐息を感じ取れるくらいだった。星奈は顔を真っ赤にし、はやる鼓動を抑えながら正宗に肩を貸す。
「部屋まで肩かすよ?」
「……ありがとう」
正宗は星奈に体を預けてよろよろと部屋に戻る。そして布団にへたり込む。星奈は枕元に置いてあったタオルで正宗の額の汗を拭く。
「お腹、空いてる?もしよかったらおかゆか何か作ろっか?それともゼリーとかがいい?」
星奈は買い物袋からスポーツドリンクやゼリーを出して枕元に並べる。
「じゃあ……おかゆ……ご飯はあった……と思う」
「うん。じゃあキッチン借りるね。すぐできるから、寝て待ってて」
星奈はカバンからエプロンを取り出して、買い物袋と一緒に部屋を出ていった。正宗は顔が熱くなるのを感じ、横になった。
「これは、夢だな」
正宗は体温計を脇に挟み、ぼーっと星奈のことを考える。そしてゆっくりとまぶたが落ちていき、真っ暗になった。
星奈はおかゆを用意しながら正宗のことを考えていた。
「士道くん大丈夫かな。凄く熱かったな……」
玄関での出来事を思い出し、星奈は顔が熱くなるのを感じる。そして顔をブンブンと振る。
「今日はそういうんじゃないんだから。士道くんの看病しに来ただけだから」
おかゆが完成し、鍋から器に移し、正宗の部屋に向かう。ノックをしたが反応はない。星奈はゆっくり扉を開ける。
正宗は布団の上で寝ていた。体の横には体温計が転がっていた。見る三九度五分と表情されていた。
星奈は正宗をちょんちょんとつつく。
「おかゆ、置いとくね?あと水分をしっかり取るんだよ?」
星奈はそう言ってそっと部屋を出ようと立ち上がろうとして、服が引っ張られた。
「ん?」
正宗が星奈の上着の端を掴んでいた。だが正宗の目は半目でぼーっとしていたので寝ぼけているようだった。
星奈はそっと隣に座る。すると正宗は安心したようで、再び静かに寝息を立てはじめた。
「……そういう風に甘えられるのは、卑怯だ」
星奈は正宗の汗を拭きながら、正宗が起きるまで隣にいることにしたのだった。
星奈は正宗の部屋を見渡す。正宗の部屋は驚くほど質素なものだった。勉強机があるだけでほかのものが一切ない。
キョロキョロと見ていると、おしいれの戸が少し開いているのを見つけた。やろうとしていることが失礼なのは認識している。だが、なぜかそれに吸い寄せられるように足が動いてしまった。
星奈はそっとおしいれの戸を開く。
そこには埃をかぶったカバンがあった。星奈はそれが卓球用品であることがすぐに分かった。戸をそっと閉め、正宗を見る。
――――卓球をしていたころの士道くんは、どんな感じだったんだろうか
星奈は正宗の過去のことが知りたくなった。
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一時間後、正宗は目を覚まし、起き上がる。
「え……」
「あ、起きた。士道くん、大丈夫?」
正宗はしばらく考え、寝ぼけて星奈を引き止めたことを薄ぼんやりと思い出した。
「わ、悪い旭。おれ変なことしてないよな!?」
「ふふ、大丈夫だよ。士道くんはすやすや寝てたよー。あ、おかゆ腐らないように冷蔵庫に入れたんだけど、食べる?」
正宗の腹の虫が盛大に鳴った。
「いただきます」
星奈はおかゆを取りにリビングに向かう。そのタイミングで玄関の扉が開き、正宗の祖母が帰ってきた。
「ん?どなた?」
「あ……士道くんと友達させてもらってます、旭星奈です。今日はお見舞いで上がらせていただきました」
祖母は星奈をみてニッコリ笑う。
「そうかい、あの子の友達かい。いつもありがとうね。正宗は今部屋かな?」
「あ、はい。ついさっき起きました。あ、おかゆ作るのに勝手にキッチン使わせていただきました」
星奈は祖母に頭を下げる。
「あら、そんなことまでしてくれたの、ありがとね」
星奈はおかゆをレンジで温め直す。その間に祖母が正宗の部屋に入ってきた。
「正宗、あのべっぴんさんは誰?彼女いたのかい、それならそうと早く言ってくれないと」
彼女という言葉に正宗は吹いた。
「か、彼女じゃないよ……ないけど……友達だよ……」
その様子を見て祖母はニヤニヤする。
「まあ、頑張りなさいよ」
「やめてくれ婆ちゃん……」
祖母は上機嫌で部屋を出ていった。それと入れ替わりで星奈が部屋に入る。
「おばあ様、上機嫌みたいだったけど、何かあったの?」
「何もないよ!」
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星奈の作ったおかゆを食べ体内が温まった正宗は再び眠気に襲われた。それに気づいた星奈は「ゆっくり休んで」と正宗を布団に寝かせる。
「そろそろ帰るね、その熱だと明日も来れないかな」
「ありがとう旭。おかゆ美味しかったよ。風邪が治ったらまた勉強会しよう」
星奈が正宗の家を後にし、それを見送った正宗は布団に転んでぼーっと天井を見る。そしてふと疑問に思った。
「そういえば、旭なんでここ知ってたんだ?」
正宗の疑問の答えは昼休みの星奈と大我のやり取りにあった。
昼休み、大我は星奈に正宗のお見舞いを持ちかけていた。
「旭さん、正宗のお見舞いに行かないか?」
「お見舞い?」
「うん、あいつんち、婆ちゃんしかいないし、その婆ちゃんも夕方は用事があって家あけるから、ひとりぼっちでさみしいと思ってさ。水分とかゼリーを買ってさ。家はおれが知ってるから」
星奈もお見舞いに行くことは少し考えていたが、家の場所を知らなかったので早々に諦めかけていた。なので大我の誘いは非常にありがたかった。
「じゃあ、一緒に行こっか」
これが大我の策略である。
放課後、星奈は大我のクラスに向かう。しかし大我がいなかったので、大我のクラスメイトに行き先を聞いてみる。
そこで星奈は大我からのメモを受け取った。
――――用事ができた。机に置いてあるスポドリとゼリー持っていってくれ。住所は呉市〇〇……
「は……はぁぁ?」
星奈は思いがけず正宗の家の住所を手に入れたのだった。
疑問の回答、終わり。