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ドロップアウト  作者: 野良猫
朝活仲間と幼馴染
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第6話 プライド

 一ゲーム目は拮抗していた。お互いに一点ずつ取り合う接戦で差が広がらず、デュースにもつれ込んだ。


「一ノ瀬、そろそろ疲れたんじゃないか?汗がすごいぞ」


「いえいえ、三セットマッチなんで疲れるとか。普段の試合量と比べれば大したことありませんよ。それより先輩の大きな器を見せてここまで健気に頑張った後輩に勝ちを譲って頂いてもいいんですよ?」


 お互いにさらに一点ずつ取り合う。


 波瑠はバックにサービスを打つ。瀬能先輩はここでミスをしてしまった。回転を見誤ったのだ。


 球はネットを越えることなく跳ね返った。


「横じゃないのかよ!」


「残念、無回転でした」


 波瑠はべーっと舌を出す。悪い癖が出始めた。波瑠はプレーの調子が上がるとそれに呼応するように態度も調子に乗るところがある。幼い頃から負け無しで周囲からもてはやされた故に出来上がってしまった悪いところだ。


 さすがにこの態度については監督らも快く思っていなかったようで、表情が少し曇っていた。


 このまま一セット目は波瑠が取った。波瑠が汗を拭きにいったん下がったところで正宗がギャラリーから喝を入れる。


「波瑠!相手に対してその態度はだめだろ!クラブでおれはなんて教えた?相手を敬えないならそこに立つんじゃない!」


「う……はいぃ……久々先輩の鬼モードだ……」


 突然正宗に怒られしゅんとする波瑠だが、表情はどことなく嬉しそうだった。


 瀬能先輩もその様子を見て「ああ」と何か納得した表情になる。


「一ノ瀬って試合でよく怒られてたイメージがあったけど、それコーチじゃなくて士道くんだったのか。……まるで保護者だな」


 正宗は続けてプレー内容について言おうとしてハッと我に返る。体育館は静まり、全員の視線が正宗に向いていた。


 正宗は気まずそうに座り込む。


 星奈も驚きの表情を表に出していた。


「士道くん?」


「あー……くそ……やっちまった。恥ずかしい」


 監督たちも驚いていたが、正宗の喝に満足したのか席に着く。


「若いねぇ」


 波瑠はコートチェンジし、構える。その目に先ほどまでの余裕の感じはなくなっていた。瀬能先輩は「ふうん」と目を細める。


「全中、全日本で見たようなプレーじゃなかったからどうなのかと思ったけど、喝入れられてようやくスイッチ入ったんだ」


 瀬能先輩のサービスから二セット目が始まる。ネットギリギリを攻めるサービスは非常にいいところにきたが、波瑠はそれをフリックで返す。瀬能先輩はそれをドライブで返球し、ラリー戦に持ち込む。


 波瑠はしっかりと踏み込み、芯を捉えた男子顔負けな強烈なドライブを繰り出す。今までの先輩たちはこの球を返球しきれず波瑠に敗れていた。


 だが瀬能先輩は更に回転を上乗せしてより重たい球を返す。波瑠はこの部内戦で初めてラリー戦で打ち負けた。


「その程度の球、インターハイでは打ちごろだよ。もっと振り回さないと」


 瀬能先輩は高校日本一というプライドがある。先輩という意地もある。経験値でいうと波瑠のプラス二年分はある。簡単に超えさせてはならないという決意がある。


 波瑠は昨年負けた全日本の準決勝並のヒリつきを感じていた。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 正宗は一球ごとに何か言いたそうにしていた。星奈は波瑠のゲームではなく、正宗を見ていた。


 花見まつりのときはここまで楽しそうではなかった。それが星奈の感想だ。一緒にいるとき、()()()()感情の起伏を感じることは出来たが、どこか物足りなさそうな感じだった。


 卓球を目の前にした正宗を見て星奈はなんとなく理解した。正宗は卓球(これ)が欠落していたんだと。


 ただ、卓球をしていたころの正宗を星奈は知らない。正宗は過去のことを絶対に話してくれなかった。そこについてだけは拒絶に近い壁を感じていた。


 ――――いいな


 波瑠のことが少し羨ましかった。


 なんてことを考えているとフロアのほうから歓声が聞こえた。見ると二セット目は瀬能先輩が取っていた。カウントは十一対六だった。


 三セット目はデュースまでもつれ込み、二十点台に突入するまで続いた。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 波瑠の足は小刻みに震えていた。体力的に限界が来ていたのだ。波瑠は両の太ももをバシバシと叩いて震えを止める。


「ふぅ」


「無理しなくていいんだよ一ノ瀬。君はここまで全勝だ。間違いなくレギュラー確定だ。ここで無理して怪我をされるとこちらが困る」


 波瑠は水分を少し口に含む。


「『きついから諦める』は私の中ではナンセンスですよ先輩。先輩が日本一のプライドがあるように、私も天才に唯一教えを受けた選手ってプライドがあるんで。師匠の目の前で無様なプレーは見せれないんです」


「っ!ははっ!いいね。一ノ瀬、君とは気が合いそうだ」


 二人は構える。


「まあ、いつでも挑戦してきてくれ。夏までは一緒にできるから」


 長い長い打ち合いの末、瀬能先輩の勝利という結果で決着がついた。波瑠は疲れ果ててその場にへたり込む。


 瀬能先輩は正宗を手招きする。


「弟子の介抱は師匠の務めだぞ」


 正宗は仕方なくフロアに降り、波瑠に手を貸す。


「お疲れ」


「めっちゃ疲れました」


 正宗は波瑠を体育館前のベンチに座らせる。自販機でスポーツドリンクを買い、波瑠に渡す。


「惜しかったな、波瑠」


「結構本気で勝つつもりだったんですよー!てか久々に先輩に怒られた!凄く久々!」


「まあ……波瑠の試合見てたらあの頃を思い出してさ、思わず声に出しちゃったよ」


 そのセリフに波瑠の目が輝く。


「じゃあ」と言おうとしたところを正宗は遮る。


「それでも、おれは復帰しない。これは心の問題なんだ。おれ、ラケットを持つと今でも震えるんだよ。動けなくなるんだ。だから、ダメなんだ」


 正宗は立ち上がり星奈に「行こう」と言って体育館を離れる。波瑠は「先輩!」と正宗を呼び止める。


「私、待ってますから!先輩が、色々乗り越えて、またこっちに来てくれるの、待ってますから!」


 正宗は胸が痛かった。ギュウウ、と強く締め付けられた。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 正宗と波瑠のやりとりを陰で見ていた人物が二人いた。瀬能先輩と監督だ。


「うーん、青春だねえ」


「私もあんな青春を送りたかったな」

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