第4話 花見まつり
『ごめん、予定ができたから今日見に行けない。部内戦頑張って』
波瑠はメールを見てキュッと唇を噛む。そして首をブンブンと振って切り替える。
「仕方ない。先輩が来れないのは残念だけど、それはそれだ。レギュラーになることだけを考えよう」
波瑠はジャージを脱ぎ、アップに入る。
――――恋も卓球も、全部本気だから
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正宗は駅前で星奈を待っていた。待っている間緊張しすぎてペットボトルの水二本を空けてしまった。下校イベントとかとは違う、休日に二人で出かけるイベント。
これぞまさに――――
「これは噂に名高いデートというやつか」
正宗の独り言に後ろからクスクスと笑う声がした。振り向くとそこには私服姿の星奈がいた。
「ごめんね、待った?」
「ううん、待ってない……」
星奈は淡いピンクのキャミワンピで、髪はいつもとちがっておろしていた。
正宗の心臓がバクバクと鳴り響く。すぐ近くの星奈に聞かれてしまうのではないかというくらい強く鳴り響いていた。
「士道くんの言う通り、『デート』っていうのになるのかな?今日はよろしくね?」
星奈は照れながら言う。
「よろしく――――あ、荷物持つよ。こっからしばらく歩くし」
「ありがと。士道くん優しいねぇ。久々にイケメン出してきてるね」
「そりゃまあ……一緒にいるのが旭だからな……」
二人は顔を真っ赤にして黙りこくる。
「さ、さあ、桜を見に行こう。ニュースだと満開だったからきっと綺麗だ」
「そ、そうだね!行こう!」
しばらく歩くと桜に囲まれた公園が見えてきた。それと同時に焼きそばだったりフライドポテトだったりの美味しそうなにおいが漂ってきた。
「いいにおい……これは食べるしかないよ。……お金足りるかな?」
公園に入ると、多くの花見客が場所取りをし、宴会状態になっていた。中央付近にある遊具では子どもたちが遊び回り、それを見守る家族がいる。その光景を見て正宗は少し胸がちくりとした。
二人はフライドポテトを買って桜の下の芝生に陣取った。星奈がカバンからレジャーシートを取り出し、慣れた手つきで広げていく。
「いつもは家族で来るんだけど、今年は士道くんとだからちょっと新鮮だ」
そう言われると少々むず痒い。
「はい、座って」
レジャーシートを引き終わり、星奈は正宗に座るよう促す。正宗は星奈のとなりに腰掛け、フライドポテトをつまむ。
「桜、すごい綺麗だね」
「うん、すごい」
そよそよと風がふき、桜吹雪が映える。今までこういう場所に来たことがなかったので正宗は新鮮な気持ちになった。
ずっと卓球だった。どんなときも体育館で、卓球台と白球だけをみていた。
卓球を辞めて、広島に戻ってきて、初めてのことばかりだ。充実している。
でも何かが足りない。ずっと胸の内にぽっかりと穴が空いている。好きな人が出来て、その人と一緒に花見までしているというのに、デートをしているというのに、何か足りない。
星奈はどこか遠くを眺める正宗を見て少し哀しくなった。
――――たぶん、卓球のこととか、あの後輩の子のこととか、色々考えてるんだろな。
「士道くん、今は桜を一緒に見ようよ。色々あるのかもしれないけどさ、今日は私と一緒に過ごすことだけを考えてほしいな」
星奈は自分のことだけを考えてほしかった。まだ付き合ってない、ただの友達の関係だけど。自分の自惚れを信じて、二人で過ごすことにドキドキしてほしかった。
「あ、ごめん……ぼーっとしてた。せっかく旭が誘ってくれた花見まつりだもんな。ごめんごめん」
星奈は正宗の袖をきゅっとつまむ。
「ごめんね、ちょっとワガママ言った」
星奈が「あ、そうだ」とカバンからランチボックスを取り出す。
「今日ね、お弁当作ってきたの。嫌じゃなかったら一緒に食べよ?」
正宗はピシッと固まった。
「て……てづくり……なのか!?」
「そ、そうだけど……」
星奈の作ってきた弁当は輝いていた。(正宗目線)
黄金の卵焼き、ジューシーに揚がった唐揚げ、彩り豊かなサラダ、可愛らしく仕上がったタコさんウインナー。正宗にとって理想中の理想の弁当だった。
「ありがとうございます!旭様!ありがたくいただきます!」
正宗は唐揚げを一口。じゅわっと旨味が口の中で広がる。一言でいうと「美味い」である。続いて卵焼き。これはだしを使ったちょっと手の込んだものだった。卵焼きは正宗の好きな味だった。
「これ、めっちゃ美味しいんだけど。卵焼き、だしとかからやってる?」
「ふふ、白だしを混ぜただけだから作るのはそんな手間じゃなかったよ。そっかそっか。士道くん白だし卵焼きが好きなんだ。覚えとくね」
まるでまた作ってくれるかのような口ぶりだった。正宗はドキドキしながら弁当を食べるのだった。
弁当を食べ終わった二人はレジャーシートの上でお茶を飲みながら一息ついていた。隣で星奈がうとうとしていた。
「眠いの?」
「うん、ちょっと……」
「少し休みなよ。おれ、隣いるから」
「ありがと」
そう言うと星奈は眠りについた。ただ肩にもたれかかってきたのは予想外だった。
「あ、旭!?」
そしてさらに予想外の事が起きた。二人の目の前に星奈の友人の沙織が現れたのだ。ちなみに正宗と同じクラスだ。
「げ……」
正宗に寄りかかって寝る星奈を見て沙織はニヤリと悪い顔をする。
「まじそんなバカップル状態で付き合ってないとか、士道くんどんだけチキンよ」
「第一声それかよ伊藤さん。……それについてはおれもよく反省してる」
「星奈、今日の花見まつりすごく楽しみにしてたから。ちゃんとエスコートしてあげてよ。朝だって四時に起きて弁当作ったんだから」
それを聞いて正宗は星奈を見た。全部手作りだから結構大変だったんだろうと思っていたが、そんな早朝から頑張っていたとは。
「起きたら改めてお礼言わないとだな」
沙織は「さっさとくっつけ」と捨て台詞を吐いていなくなった。
それができないから苦しいんだよな。そう思う正宗だった。
――――好きです。
この一言はすごく重たいものだと正宗は思っている。そんな軽々しく言うことはできない。ただでさえ今中途半端なのに、言えるわけない。
「ん……」
十五分くらいで星奈が目を覚ました。そして正宗の肩に寄りかかって寝ていたことに気づき、顔を真っ赤にして「ごめん!」と謝ってきた。正宗は「いいよ」と返す。
「弁当、朝早くから作ってくれてたんだね。ありがとう」
「どういたしまして……?なんで知ってる?」
「ついさっき伊藤さんが現れて教えてくれた」
星奈に雷が落ちる。どうやら見られたくなかったらしい。星奈はスマホを取り出し沙織に電話する。
「さ、沙織!?士道くんに変な事を言ってないよね!?」
「弁当のことしか言ってないよ。というかあんた、あんなとこで堂々と付き合ってもない男の肩で寝るなんて、どんだけ大胆よ」
「うぐぅ……それは事故だから……」
「まあ、士道くんもまんざらでもなさそうだから、関係はステップアップしてるんじゃないかな?引き続き頑張れー」
電話が切れる。
「士道くん……色々忘れて」
「お、おう……」
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「ねえ、学校の桜並木も見に行かない?ちょうど近くだし」
「毎日見てるじゃん」
「こういうときに見るとまた特別違う感じするじゃない?」
「そういうものなのか」
二人は学校に向かう。学校ら公園から徒歩五分くらいの場所に位置している。
学校の桜並木も満開で公園の桜に負けず劣らず綺麗だった。確かに、休日に制服以外の服装で学校の桜をみるのは少し違う感じがする。
「意外と悪くないでしょ?」
「確かに」
少し歩くと体育館が見えた。今ここで波瑠がレギュラー入りを懸けて部内戦に臨んでいる。
正宗は無意識に体育館の入り口に寄っていた。星奈は何か言おうとして口をつぐみ、正宗のあとに続く。
懐かしい。
シューズが擦れる音。
ラケットでピンポン球を打つ音。
声援、歓声。
扉越しでも伝わる熱気。
全部が懐かしい。
あの日を思い出す。
正宗は扉をゆっくりと開ける。
そしてバチン、と強い痛みとともに大きな音が体育館に鳴り響いた。