第29話 瀬能聡美
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インターハイが終わり、呉翔陽卓球部の面々にもようやく本格的な夏休みがやってきた。といってもほぼ毎日練習漬けなのは変わらないが。
インターハイを終えた三年生たちは引退し、次は就職や大学入試という新しい戦いに身を投じる。
そんな中、瀬能先輩は図書室で一人浮かない顔で机とにらめっこしていた。
通りがかった瀬能先輩の彼氏の檀原正俊は自分の彼女に声をかける。
「聡美?どしたの?」
「……ちょっとねー。まさ君もどうしたの?宿題しに来た感じ?」
「それもあるけど、今日は進路相談で来たんだ。志望校変えようと思って」
「変えるの?」
「うん、H大の教育学部にしようかなって。やっぱ夢を叶えようとしたらそこが一番いいから。当然今の偏差値的に考えるとかなり勉強やり込まないと行けないけど」
H大は偏差値六十四の難関国立大学で、ここの教育学部は県内トップの難関だ。
檀原の成績はそこそこで、とても難関のH大を受験できる水準になく、本人もそこは受け入れていて近所の私立大学を考えていた。
だから、瀬能先輩は檀原の決断に驚いていた。
「急にどうしたの?まさ君勉強キライって言ってたじゃん?」
「いや、聡美の試合見てたらおれも頑張らないとなーって思って」
その言葉に瀬能先輩の心はズキッと痛んだ。あの日、瀬能先輩にとって胸を張れる試合はできなかった。
彼氏がそう言ってくれるのは嬉しい。だが、プレイヤーとしての自分が許せない。
あの試合が終わってからずっと自問自答している。何故あの時動けなかったのか。何故あの時あんなサーブを打ったのか。何故あの時フォア側を攻めたのか。何故あの時ミドルに決めなかったのか。何故あの時チキータで返す選択をしたのか。何故。何故。何故――――何故最終セット、諦めたのか。
自分は今笑えているだろうか。
波瑠とどうよに女子卓球のホープとして注目され、大学も卓球の推薦枠で関東の体育大学の内定をもらったが、果たして自分はそれに見合っているのだろうか。
そんな自分を見て彼氏がより険しい道を行く決意をしたが、果たしてそれに見合うだけの存在なのだろうか。
悪い方悪い方に考えが膨らんでいく。
瀬能先輩の様子がおかしいことを察した檀原は「大丈夫?」と肩をさする。
「大丈夫だよ……今日は帰るね」
瀬能先輩は荷物をまとめて檀原に「ごめんね」と行って図書室を出ていく。檀原はただ見送ることしかできなかった。
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瀬能先輩は駐輪場で自転車の鍵を解錠し、手を止めた。
体育館のほうからは後輩たちの掛け声が聞こえる。瀬能先輩は鍵をかけ直し、体育館を覗きに行く。
後輩たちは瀬能先輩ら三年生が抜けたあとも変わらずいつも通りに練習していた。
「何してるんですか?」
「ひゃ!?」
突然声をかけられ瀬能先輩は可愛らしい悲鳴をあげる。声をかけてきたのは正宗だった。
「し、士道くんか!急に話しかけないでくれ、心臓に悪い!」
「す、すいません」
沈黙。そして瀬能先輩はため息をついて階段に腰掛けた。そして隣をトントンとたたいて正宗に隣に座るよう促した。
正宗は恐る恐る隣に腰掛ける。
「インターハイでは見苦しい試合を見せてしまったな。あれだけ大見得切っといて、恥ずかしい恥ずかしい」
瀬能先輩は力なく笑う。
「ホテルで君は私に「なんだかんだ勝つでしょ」って言ってくれたよね。あれ、実はすごく怖かったんだ。団体戦も正直心臓バクバクしながら試合してたし、なんなら愛知名桜とやるときは手が震えてたくらいだよ」
正宗は自分の発言が瀬能先輩を精神的に追い詰めていたことを知り、反省する。かつて自分がやられて苦しんだことを無意識のうちに瀬能先輩にしてしまっていた。
「すいませ――――」
正宗が謝ろうとしたところ、瀬能先輩が遮った。
「謝らなくていい、君は悪くないんだ。むしろ君に私は勝てる選手だと思われていたことのほうが嬉しかったね」
瀬能先輩は小さく笑う。
「試合のあとからずっと考えるんだ。あの時どうして、って。何度も何度も自分に問いかけるんだ。おかげで最近は寝不足気味で、さっき彼氏にも心配されたよ。ポーカーフェイスはアスリートの十八番のはずなんだけどな、最近はどうも表に出てるようなんだ」
「それ、誰かに相談したんですか?」
瀬能先輩は首を横に振る。
「今君に言ったのが初めてだよ」
正宗は絶句する。この人はあの日あれほど人に先輩風吹かせて助言してきたというのに、自分のことになると同じことをしている。
「瀬能先輩!あの時散々おれに先輩風吹かせてこれですか!経験者として言わせてもらいますけど、それ、めっちゃきついですよ!独りで抱えるのは良くないです!おれみたいになりますよ!」
「え……それはイヤだな……」
だから――――と正宗は体育館の脇を親指で指さす。
「おれじゃなくてあの人にしっかりと話してください!」
正宗が指差した先には瀬能先輩の彼氏の檀原がいた。檀原は突然正宗に指名されてビクッとする。
「き、気付いていたのか」
「たまたま視界に入りました。彼氏先輩、瀬能先輩今すごく悩んでるんで支えて上げてください」
「し、士道くん!?君は何を――――」
「聡美、どうしたんだ?図書室でもなんか変な感じだったし、おれ、話聞くよ?こんなんでも、聡美の彼氏だし」
瀬能先輩は「うぐぐ」と考え、そして正宗を手で払う。ここから先は後輩には見せられない姿もあるのだろう。察した正宗は静かにその場を離れるのだった。
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その日、正宗は部屋で考えていた。
自分がああなったとき、周りに相談できる人はいなかった。否、できなかった。
あの境遇を思い返すと、瀬能先輩にたいして一つの感情が芽生えた。
「羨ましいな」
どれだけ羨んでももう戻ってこない。ただ、悪いことばかりではなかった。あの出来事があって広島に帰る決意をしたことで今がある。
正宗は星奈と買いに行ったトレーニングウェアをハンガーにかける。
今は好きな人もいる。一緒に買い物に行ったりするくらいには仲を深めることができている。
卓球ももう一度始める。今度は頼れる先輩たちもいるし、波瑠もいる。
恵まれている、その言葉が今の自分には合っているかもしれない。人に、環境に、すべてに恵まれている。だから再起の決意ができた。
「うん、頑張ろう」
正宗は部屋の電気を消し、ふとんに潜る。
明日は夏祭りだ。
これからものんびり投稿していきます。
引き続き温かい目で見守っていただければと思います。




