第28話 現在地
八月初旬、正宗はインターハイ会場にいた。
大道の指導の一つで「君の現在地を知りなさい、そしてこれから越えるべき相手を見てきなさい」というものがあり、正宗はインターハイを観に来ていた。
「あっつ……」
灼熱の夏陽が降り注ぎ、肌をジリジリと焼いていく。辺りは陽炎がゆらゆらと漂い、アスファルトの照り返しの熱波がさらに体力を奪っていく。
「体育館はまた別の暑さなんだよな」
体育館は陽の暑さこそは避けれるが、卓球という競技の特性上空調や扇風機はつかないし窓やカーテンは閉め切っているうえに何百人と体育館に入るため、とてつもない蒸し暑さと戦わなくてはならない。
体育館は全国の予選を勝ち抜いた猛者たちが集まり、熱戦を繰りひろげていた。
波瑠たち呉翔陽学園は優勝候補筆頭で、選手のみならず、メディアにも注目されていた。
「久々の全国の空気はどうだい、天才くん。なかなか感慨深いものがあるだろう?」
「そうですね。ここに来たおかげで色々と見えてきたものもあります」
「男子は五年前までは呉翔陽一強だったんだがな、八戸商大に負けてから王者は固定されなくなったから分かんないんだよな。ただ間違いなく言えるのが、シングルスは愛知名桜の平坂丞一強だな。平坂丞は全日本も制してるし日本代表で国際大会も出ていてすでにランキングがついている。今の世代で間違いなく頭一つ抜きんでてるよ。その次は福山国際の葉山くんだな。天才くんは二人とも知ってるんだろ?」
「まあ、はい」
正宗は平坂とは一度だけ試合をしたことがあるが、その時はランキングがつくほどの実力者だと思えなかった記憶がある。この二年で相当な研鑽を重ねたのだろう。
「……ずいぶんと置いていかれたんだなぁ」
正宗は今自分はチャレンジャーなのだと、痛いくらいに思い知らされた。
インターハイ団体戦の結果は、呉翔陽は準決勝で、選抜で負けた愛知名桜と対戦し、三対一で勝利し見事リベンジを果たし、そのままの勢いでインターハイ四連覇という偉業を成し遂げた。
団体戦を見届けた正宗は観客席を後にし、ロビーにでる。そこでメディアの取材を受ける平坂に出くわした。
「君は……士道正宗か?久しぶりだな、おれだ、平坂丞だ。全中で一回だけ試合したことがある」
「あ、どうも」
平坂は取材陣に一礼して正宗のもとに寄ってきた。
「葉山に聞いたよ、卓球やめたんだって?」
「あー、それなんだけど、最近復帰してね。夏休み明けたら正式に部に入って問題なければ次の選抜予選から出る予定だよ」
正宗の復帰情報を聞いて平坂は「本当か!」と表情が明るくなった。
「よかった!君にリベンジしたくてしたくて仕方なかったんだ。どれだけ勝ち点を積んでも、ランキングを上げても、中学時代の君への敗戦が引っかかってたんだ」
平坂は嬉々として語る。そこに葉山も加わってきた。
「松田さんに聞いたぞ、休み明けから復帰だって?選抜予選から出るのか?」
「そうだね。秋が楽しみだね」
世代のトップを走る二人が正宗を囲いバチバチと火花を散らす。
「リベンジに備えてまずはこのインターハイを制しとかないとな」
「平坂、お前の栄冠は今年で終わりだ」
二人は「ふふふ」と不気味な笑みを浮かべながらアリーナに消えていった。
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夕方、正宗は瀬能先輩に呼ばれて彼女らが泊まるホテルに来ていた。
「や。いきなり呼びつけて悪いね」
ホテルの待合には瀬能先輩と波瑠がいた。瀬能先輩の手にはご当地ポテチがあった。
「先輩、お高いポテチに手を出しましたね」
「せっかく遠くに来てるんだから、ご当地ポテチは買わないといけないだろう?ちゃんと士道くんの分も用意してるから」
そう言って袋を渡してきた。中には瀬能先輩が食べているものと同じポテチがパンパンに入っていた。
「……やば」
「それ、先輩に渡す用だったんですか……」
「なんだかんだ大道道場でアップの相手にもなってくれたしね。その分の上乗せよ」
呉翔陽学園は夏の練習試合で大道道場とつながりを持ち、今年のインターハイは東京開催だったのでお世話になっていた。正宗もインターハイの見学(大道のポケットマネーで)で来ていたので練習相手になっていた。
「そういえば先輩、広島にはいつ帰るんですか?」
「今のところ明日かな。シングルスを少しだけ見たら帰る予定」
「私、明日朝イチで試合ある予定だから、私の勇姿をしっかりと見届けるように」
瀬能先輩が胸を叩く。
「瀬能先輩はなんだかんだ勝つでしょ」
瀬能先輩が何か言い返そうとしたところでコーチが待合に現れ、波瑠と瀬能先輩を呼び出した。
「あ、ごめんね。呼ばれたから行くよ。今日ほありがとう。明日気をつけて帰ってね」
「先輩、休み明け楽しみにしてますね!」
二人はコーチに連れられてエレベーターホールへと消えていった。
正宗はそれを見届けてホテルを後にしようとしたところで知った顔の女子に止められた。
「や、士道くん」
「うお!?柳瀬さん?いきなり現れないでくれ、心臓に悪い」
「ごめんごめん」と可愛らしく舌を出しながら謝る彼女は正宗のクラスメイトの柳瀬香織という。卓球部員で星奈の友達だ。
香織と正宗はついこの間までは接点はなかったが、体育祭の準備で一緒になってからたまに話をするようになった。クラスで夏祭りに行こうと正宗を誘ったのも彼女だ。
「瀬能先輩と波瑠が呼ばれたってことは柳瀬さんも行ったほうがいいんじゃないか?」
「ううん、あれは今日団体に出た人のリカバリータイムだから私はフリーなの。てか私今回全部応援だから最後までフリーなの」
最後の方は声がしぼんでいた。
「あ、悪い……。で、どしたの?」
「今度の夏祭りなんだけど、屋台とか色々回ったりも考えて十八時半集合でみんなで考えてるんだけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「了解。あと当日私、浴衣着ていこうと思ってるんだけど、士道くん、男目線で審査してよ?」
「おれにそういう美的センスはないぞ」
「うーん、美的センスとかそういうのじゃないんだよね。なんかこう、わからないかな?まあいいや。とりあえず当日はよろしくね?」
香織は手を振ってスキップでエレベーターホールに消えていった。
「……何なんだ、柳瀬さんて」
体育祭以来よく話しかけてくるようになった香織にただただ困惑していた。
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翌日、インターハイ女子シングルスは大番狂わせが起き、会場をどよめかせていた。
「まじ!?」
「うそー……」
瀬能先輩の台のスコア表は無情にも敗北を突きつけていた。瀬能先輩はタオルで汗をふき取り、自分を破った相手と握手する。
「え、負けたのか!?」
正宗は会場に入っていきなり瀬能先輩の敗退を目にして驚いていた。
「強いね、あなた」
「憧れの先輩を超えることができて大変嬉しいです。このまま先輩の分も勝ち進んでみせます」
そういう彼女は波瑠と同世代でいつも全国で波瑠と優勝争いを繰り広げていた選手だった。
「……高校入って覚醒したって感じ?」
第一シードが初戦敗退したという衝撃のニュースは雑誌「卓球帝国」でもデカデカと載るのだった。
読んでいただきありがとうございます。
引き続き温かい目で見守っていただければと思います。
年内に夏休みの話を終わらせたい……と密かに思っているところです。




