第26話 がっかりさせないよ
金曜日の放課後、クラスメイトたちが部活に向けて慌ただしく動く中正宗は自分の席でスマホをいじっていた。
「ここらへんだったら駅横のショッピングモールにあるフジサンがいいかな」
「フジサン」は全国展開のスポーツ用品店である。正宗はこれから行くスポーツ用品店をさがしていた。目的は卓球用品の新調だ。
そしてそこには星奈と一緒に行く約束をしており、正宗は星奈のクラスの終礼が終わるのを待っていた。部活組がほぼいなくなったころに星奈が小走りで正宗のもとに来た。
「遅くなってごめんね、行こっか」
「ああ、今日はフジサンに行くけど、時間は大丈夫?」
「大丈夫だよ。今日は少し遅くなるってお母さんに言ってあるから」
二人は教室を後にする。正面玄関に向かうまでの間、時々好奇な目で見られたりしたがそれは無視した。沙織と出くわした時はすっごいニヤニヤされた。
夕方、駅に隣接するショッピングモールに行くと、電車がくるまで時間を潰す学生たちで賑わっていた。
「この時間にここくるの初めてだけど、意外と学生がいっぱいだねぇ」
星奈は歩きながら時折店頭に展示されているコスメ商品を「これいいなー」とかいいながら眺める。
フジサンに入り、二人は卓球用品の陳列棚に向かう。
「卓球用品って何買うの?ラケット?」
星奈は素振りの仕草をしながら尋ねる。
「今回はラバーだよ。ラケットの赤と黒のやつ。この前見たらピン球のはね具合が微妙で変な感じがしたから貼り替えようと思って。あと練習着とかもサイズアウトしたから」
二人はラバーの陳列棚に到着する。
「え、こんなにあるの!?あれ、全部一緒じゃないんだ」
星奈はラバーの種類の多さに驚愕する。
「自分のプレースタイルによってラバーの種類も変わるんだよ」
「へぇー。え、高……これ一枚でこんなにするの!?」
ラバーもピンからキリまで色々あるが、星奈が手にしたのは店で一番高いラバーだった。
「さすがにそれは手出せないな。おれはこっちがいいよ」
正宗はワンランク下のラバーを手に取り、カゴに入れる。そして近くにあった手入れ道具も一式入れる。
「凄くいっぱい買ってるけど、お金大丈夫?」
「あー、うん、大丈夫。お小遣い貯金してるから、これくらいは買えるよ」
続いて二人はトレーニングウェアのコーナーに向かう。正宗がシャツを見ている横で、星奈も女性用ウェアを見ていた。
「こんなのがあるんだ。これ可愛いな」
星奈は淡いピンクのランニングウェアを手に取り、値札を見る。そしてそっとラックに戻した。
「たか……」
少し考えてもう一度手に取る。そして試着室に向かった。
「ちょっと着てみるだけで……」
星奈は試着室でランニングウェアを着てみる。ランニングウェアは思ったよりぴっちりしていて、体のラインがはっきりと分かった。
「うわぁ……」
星奈は恥ずかしいと思いつつ、妄想をしてしまった。
「いつかこういうの着て士道くんと一緒にランニングとか出来たら楽しそうだな」
星奈は一人ニヤニヤしていた。
「あれ、旭もウェア買うの?」
「!!!」
振り返るとそこには正宗がいた。星奈は顔を真っ赤にして試着室に隠れる。
「ち、ちょっと着てみただけ!」
「そ、そっか……おれ支払いしてくるね?」
正宗がレジに向かったのを確認して星奈は大きく息を吐いて制服に着替える。
「み、見られた……私 、さっきニヤニヤしてなかった?変な顔してたの見られてないよね?」
星奈は支払いを終えた正宗と合流する。正宗は星奈を見て顔を背ける。
「その……さっきのランニングウェア、似合ってた」
正宗は顔を真っ赤にしてぼそっと言う。星奈も「ど、どうも」と顔を真っ赤にして俯くのだった。
その後、二人はカフェで休憩し、駅を出る。そこで呉翔陽卓球部の集団に出くわした。
「ありゃ、天才くんじゃん」
正宗に気付いた松田先輩が声をかけてきた。正宗は一礼する。
「今日は練習ないんですか?」
「今日はオフなんだよ。だからみんなでデミー行くとこ。天才くんもどうよ、って思ったけどお楽しみ中だったな、すまん」
「そ、そういうんじゃないですよ!」
正宗は顔を真っ赤にして誤魔化す。ケラケラ笑う松田先輩の後ろで正宗を睨みつけてくる男子がいた。同じクラスで卓球部の遠藤芳照だ。
普段はただのクラスメイトとしてお互い接していたが、今日の遠藤は明確に正宗に対して敵対の視線を送ってきていた。
「……どうしたよ、遠藤」
さすがにここまで露骨にされると気分が良くないので、正宗は聞いてみた。
「先輩に聞いたけど、夏休み明けからうちにくるって?二年もふらふらしとったんが、どういう風の吹き回しだよ。なんか準備がどうの言ってるけど、準備っていうのは女と遊ぶことか。こっちは本気でやってんだから、あんま波風たてんでほしいな。そのままドロップアウトしとけばいいものの……」
「言い過ぎだ遠藤、何も知らんくせに」
「良いんですよ先輩。おれがふらふらしてたのは事実だし、こんな時期に入部させてくれなんて非常識なこと言ってる自覚もあるんで。ただ、一つだけ訂正させてくれ、おれもちゃんと本気だから。今までふらふらしてた分、しっかり取り返すつもりだから。夏以降は、がっかりさせないよ」
失ったものはプレーで取り返す。それがプレーヤーだ。正宗は覚悟を決めていた。遠藤は少しバツが悪そうな顔で引き下がった。そして星奈に気づいて顔を青ざめた。
「……」
星奈は遠藤に対する嫌悪感を露骨に表情に出していた。正宗も驚くほど星奈の表情には闇があった。
「ご、ごめんなさい」
思わず謝る遠藤、そして松田先輩たちは苦笑いするのだった。
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帰り道、星奈は怒っていた。
「何なの遠藤くんのあの態度!」
歩きながら星奈はずっとぶつぶつ文句を言う。正宗はそれを聞きながら自分は幸せ者なんだとしみじみと感じていた。
「ありがとね、旭」
「う……と、友達なんだし、当然だよ。友達があんなふうに言われるのは、なんか嫌だもん」
「あ――――」
正宗の脳裏に波瑠の言葉がふとよぎった。聞きたかった。本当に自分のことが好きなのか。もしそうだったら自分の想いも伝えたかった。
――――触れないほうがいいかな……
気まずい関係は解消できたが、波瑠の言葉については、星奈のほうからも言ってくることはなかった。もしかしたら波瑠の言ったことを知らない可能性もあるが。
それに、今は卓球に集中したい気持ちもあった。早く勘を取り戻して、二人がカッコいいと言ってくれた姿を見せたい。
「どうしたの?」
何か言おうとして黙った正宗に対して星奈は質問する。
「何でもないよ」
――――早く取り戻さないと
かつて卓球の天才と呼ばれた少年の心は静かに滾っていた。




