第24話 すまなかった
正宗は昼休み、三年生のフロアにいた。正宗は先輩たちに囲まれてキョロキョロと目当ての人を探す。
「すいません、小田桐先輩はいますか?」
正宗は教室の入り口近くにいた三年生に尋ねる。
「小田桐ー?なんか二年生があんたに用があるって来たよー」
「二年?誰だ……って士道くんか。どうしたんだ?」
正宗の前にまぶしいまでのイケメンが現れる。この輝くイケメンは卓球部部長の小田桐昌也で、正宗が入学してきたときしつこく勧誘してきた経緯があってお互いに見知っている。
「一つ確認なんですけど、今からでも入部は可能ですか?」
「あぁ入部ね。そりゃまあ入部届さえ出せば誰でも……ちょっと待て、士道くん、今なんと言った?」
「いや、だから今からでも入部は可能かどうかを……」
「松田!ちょっと来てくれ!」
教室の窓際で友人と話していた生徒が反応する。彼の名前は松田悠一といい、男子卓球部のエースでインターハイ常連選手だ。先日の県予選は準優勝でインターハイ出場を決めている。
「おー、天才くんじゃないか。小田桐、天才くんがどうかしたのか?」
「どうしたもこうしたもない!士道くんがうちに入部したいと言ってきているんだ!」
松田先輩は目を見開く。
「……本気か?もう大丈夫なのか?」
松田先輩と小田桐先輩は瀬能先輩に正宗の境遇を聞いており、事情を知っている。それゆえに正宗の発言に驚いていた。
そこにさらにもう一人先輩が増えた。
「瀬能先輩」
「や、昨日ぶり。士道くんがここに来たってことは、そういうことかな?考えまとまったんだ」
「いや、まだぐちゃぐちゃですよ。でも瀬能先輩の言葉、意外と自分の中で残ってて。信じてみてもいいかなって」
「そうかそうか。とりあえずBIGサイズ分の働きはできたってことかな。ちなみにちゃんと二人には言ったのかな?」
「二人?」
松田先輩と小田桐先輩が反応する。正宗は瀬能先輩が星奈と波瑠のことを言おうとしていることに気づいて止めようとしたが遅かった。
「士道くん、今二人の女の子に愛されててね。ほら、この前の女子の部内戦のときに士道くんと一緒に来てた子。あとウチの一年生の幼馴染ちゃん」
二人に「な、なんだと!?」と衝撃が走る。
「おい士道、お前、卓球やめたと思ったら女遊びしてたのか……いい度胸してんじゃねーか」
「士道くん、入部は歓迎するけど、あれだな、君は一年間球拾いでいいかな」
二人は嫉妬の表情を浮かべる。小田桐先輩のやつはもはや入部する意味を感じないやつだ。
「女遊びなんてしてませんよ!てか瀬能先輩言わないでください!」
瀬能先輩はけらけら笑いながら上機嫌で離れていった。二人は相変わらずやんややんやとイジってくる。
「先輩たちイケメンだし、彼女いないんですか?」
「この前フラれたわ」
「あ、すいませんでした」
―――――――――――――――――――――――――――――――
正宗は入部届に名前を記入し、顧問に提出する。顧問の先生は少し驚いた顔をしたが何も言わずに受理してくれた。
正宗は夏休み明けから入部することが決定した。
あえて夏休み明けと時間をあけたのには理由がある。道具を新調したりとかもあったが他にもやることがあった。
「まずは過去を清算しないとな」
正宗は向き合うことを決めた。まずはかつての師への挨拶だった。かつて所属していたクラブチームのコーチは正宗に過剰な練習を強いて、精神が不安定であったにもかかわらず休むことを許さず、ついには膝を故障させるまでに至った原因となった人物だ。
今思い出すだけでも震える。ただこれは両親に対する感情とは違ったものだった。
「あの人、めっちゃ鬼でこわかったんだよな」
週末、正宗は新幹線で東京に向かった。東京駅を降り、電車に乗り換え、かつて通っていた「大道卓球道場」に向かう。見る景色全てが懐かしかった。
卓球道場に入ると生徒たちが練習に励んでいた。道場の奥でその人は生徒の練習を見ていた。
「正宗……!?」
道場の管理者で正宗のかつての専属コーチをしていた大道蓮司は正宗に気づくと走って寄ってきた。
「……久しぶりだな、正宗」
「お久しぶりです、コーチ」
大道はバツの悪そうな表情で正宗を見る。正宗もまた気まずい感じでもぞもぞする。それを見かねた大道の妻の冴子さんが間に割って入ってきた。
「久しぶりだね正宗くん、広島からわざわざ来てくれたのね。お茶出すから奥においで」
正宗は冴子さんに案内されて応接室に入る。
応接室には数々のトロフィーや賞状、写真が飾られていた。正宗はその中で一枚の写真に目がいった。それは大道と賞状を持った正宗が写った写真だった。
「そいつはおれの戒めだ」
大道が正宗にお茶を持ってくる。後ろには冴子さんもいた。正宗は一礼してお茶を飲む。
突然、大道が頭を下げてきた。
「正宗、本当にすまなかった!」
「え、は、あ?コーチ?」
正宗は困惑する。あの鬼のコーチが自分に頭を下げてきている。あのときあれほど苦しんで泣いても一切聞き入れてくれなかったあの鬼のコーチが頭を下げてきている。
「あ、頭を上げて下さいコーチ」
「おれは、君にとんでもないことをした。謝って済まないことは重々承知している。あのころのおれはどうかしていた。士道正宗という光に目がくらんで大人として正しい判断ができていなかった。君の声にちゃんと耳を傾けるべきだった。休ませるべきだった。コーチとして、一緒に戦ってきた大人として、君を支えるべきたった。全部怠ってしまったがために、君に不本意な選択を強いてしまった。ずっと、反省している。申し訳なかった」
大道の目には涙が浮かんでいた。あのころの鬼にはほど遠い、弱々しいコーチの姿だった。
「顔を上げて下さいコーチ。確かにあの頃はつらかったです。心の底からコーチを憎んだ時期もありました。でも今はそんなことないです。確かにきつかったけど、つらかったけど、あのころの全部が間違っていたとはおれは思っていません。コーチのおかげで卓球っていう最高に面白いスポーツに出会えましたし、一時でも卓球で世代トップになりました。色んな人とも知り合えました。コーチに教わったから今があるんです。だから――――おれはコーチを許します。もう、壁は取り除きます。しっかり向き合っていきます」
「正宗……本当に申し訳なかった……」
「ごめんね正宗くん、私も支えてあげられなくて……」
冴子さんも泣いていた。正宗も釣られて涙を流した。
お互い落ち着いたところで正宗は報告をする。
「今日はコーチに一つ報告があってきました。おれ、夏休み明けから呉翔陽で卓球します」
大道は「本当か!」と目を輝かせる。
「それで、もしよかったら夏休みの間、コーチに練習をみてもらいたいんですけど……」
「いいのか、おれで?」
「はい、コーチにみてもらいたいんです」
「あ、あぁ!いいとも!いくらでも見よう!あ、しかし君は高校生だ。親元も離れてるし、今日ここに来るだけでもお金が厳しかっただろう……」
そこに冴子さんの助け舟が入る。
「あなた、遠征はどうですか。今年の夏休みの道場遠征、まだ決めてないでしょう?広島にしたら?ちょうど正宗くんの高校は女子が日本一だし。調整しておきましょうか?」
大道卓球道場は夏休みは毎年生徒から希望者を募って二週間程度の遠征を行っている。ここの生徒は本気で日本一を狙っている者ばかりなのでこの遠征にはかなりの力が入っている。正宗もこの遠征でよく高校生と練習試合をしていた。
「それがいいな。それなら正宗の負担にもならないし、生徒も正宗も練習を見れる」
話がまとまり、正宗は道場をあとにする。
一つ、わだかまりが無くなり、正宗の中でスッと軽くなるものがあった。
「次は旭と波瑠かな」
――――あの日の態度、ちゃんと謝って、卓球やるってこと報告しよう
ただ、二人からの好意を知ってしまった正宗はどうも胸のあたりがムズムズして、なかなか切り出すことができないでいた。




