第22話 ポテチ(BIGサイズ)で相談
結論から言うと、波瑠は負けた。瀬能先輩にリベンジを果たすことはできなかった。波瑠が予選で敗退して全国に出れなかったのは卓球人生で初めてのことだった。
波瑠は呆然と立ち尽くしていた。敗者は次の試合の審判をするのだが、波瑠は動くことなく立ち尽くしていた。
「一ノ瀬!」
瀬能先輩に呼ばれ、我に返る。
「次、審判。他の人に迷惑だから、反省とかは全部終わってからにしな」
「あ……はい」
波瑠はトボトボと審判につく。初めてのことで受け入れられないまま時が過ぎ、気がついたら観客席に戻ってきていた。
目の前で瀬能先輩が試合をしていた。
完敗だった。ストレートで負けたのは練習試合での正宗以来だった。そもそもベストパフォーマンスではなかった。体がとにかく重かった。
それはただの言い訳。
競技の世界、どんな状況であれその一瞬一瞬でベストを尽くせるものだけが勝ち進む。波瑠はそれができなかっただけだ。
「――――っ。きっついなぁ……」
どんな理由があっても敗者だ。たとえそれが恋絡みであっても。
――――だから恋心は煩わしい
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正宗はこの日、実はこっそり試合を観に来ていた。色々あって気まずくしてしまった手前、星奈を誘うこともできず、さらに事故とはいえ波瑠ともなんか気まずい感じになってしまい、正宗としても負い目を感じていた。
せめて影ながら応援をと思ってお忍びできたが、目に入ったのは波瑠の敗北だった。
公式戦でここまで完敗の波瑠は見たことがなかった。
正宗はそっとアリーナを後にし、帰ろうとする。そこである少年に出くわした。
「お前、士道正宗か?」
「……葉山、か?」
正宗に近寄ってきた少年の名前は葉山慧士。葉山は正宗の最後の全中決勝の相手だった。
「久しぶりだな、ここにいるってことは復帰したのか?」
「怪我はもう治ってるんだけど、色々あってもう辞めたんだ」
「辞めた……そうか」
葉山の表情が曇る。
中学のとき、大会でよく試合をしていたが、この葉山慧士という男はとにかく正宗のことをライバル視してきていたのを覚えている。
全中決勝で正宗が怪我で退場して葉山が優勝になったときも「こんなの認めない、絶対にもう一度やるぞ!」と涙ながらに訴えてきたほどだ。
「非常に身勝手な話だが、おれはあの日の続きがしたくてここまで来てるんだ。何があったか知らないが復帰してくれないか?」
「随分自己中な発言だな」
なんでみんなそっちに行くのか。もう辞めたんだから、そっとしておいてほしい。正宗は内心イライラしていた。
正宗を見て葉山は鼻で笑う。
「ちょっと戻ってこいって言っただけで随分苛ついてるな。他にも言われてるんだろ?」
「……うるさいよ」
「本気で辞めたんならよ、何故ここにいるんだよ。何故そんな未練がましい顔してるんだよ。まだやりたいんじゃないのか?」
正宗は言い返そうとして、口をつぐんだ。
「今の宙ぶらりんの士道正宗には全然興味が出ないな。お前のことライバルだと思ってた自分が恥ずかしいわ。じゃあな、おれはまだ試合があるから。士道正宗のことは忘れてやるよ」
そう言って葉山はアリーナに入っていった。
取り残された正宗は近くのベンチに座って天上をみあげることしかできなかった。
一連の様子を試合を終えた瀬能先輩が見ていた。
瀬能先輩は正宗に近づき、隣に座る。
「士道くん、何か相談したいことがあるんじゃないのかい?」
「……随分とタイムリーですね」
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大会明けの月曜日の昼休み、正宗は体育館に向かった。瀬能先輩から「体育館で話そう」と言われたからだ。
体育館に行くとすでに瀬能先輩は入っており、ストレッチをしていた。
「先輩、何してるんですか?」
「何って、ストレッチだけど?何か体動かしてないと落ち着かなくてね」
流石インターハイ選手。正宗は感心しつつ袋を差し出す。
「ポテチうすしお味BIGサイズです」
「……!驚いた。私がポテチ好きなのを覚えていたのか。しかしBIGサイズとは随分と太っ腹だね。ちょっと背中を押してくれないか?」
そう言う瀬能先輩は開脚前屈のストレッチをしていた。押すも何も上体はすでに床にぺったりとついている。というか彼氏持ちの女性に触れる勇気は正宗になかった。
「からかわないで下さい、瀬能先輩」
「すまない、士道くんの表情が少々硬かったからね。少し和ませようと思っただけだよ……あと一応言っておくけど私に触れていいのは彼だけだからね。士道くんはいい男だけど、もし来てたら本気で投げてたわ」
勇気のない男でよかった。
瀬能先輩は立ち上がるとカバンをあさり、ラケットケースを取り出した。
「私は士道くんがどういう経緯で卓球を辞めたのかは知ってる。士道くんがどれだけ辛い思いをしたのかも知ってる。その上で言うよ。今君に必要なのはこれだと思うんだ」
そう言って瀬能先輩は正宗に自分のスペアラケットを渡してきた。
「分かってるんなら……」
「いいから相手しなさい」
瀬能先輩の声に力が入る。かなり本気で言っているようだ。目が怖い。正宗は恐る恐るラケットを受け取る。
「それでいい。少し打とうか」
瀬能先輩の表情が柔らかくなる。
すでに用意されている台に二人はつき、打ち始める。打ちながら瀬能先輩が話し始めた。
「この前の大会のあと、一ノ瀬が私のところに来てね。謝られたよ、不甲斐ない試合をして申し訳ないって。それで、ちょっと聞いてみたんだけど……士道くんもすみにおけないね。まさか二人の女の子に愛されてるとは」
「ぶふっ!?」
正宗は吹いて、思いっきり空振った。瀬能先輩はニヤニヤする。
「で、どっちがお好み?二人とも可愛いよね。士道くんの同級生の子はこの前の部内戦で顔見ただけだからあんま知らないけど」
「……先輩、おれ、恋バナしに来たんじゃないんですけど?」
「まあまあ、そうつっけんどんに跳ね除けるんじゃないよ。私が言いたいのは、今はあの時とは違うぞってことだよ」
「違う……?」
ラリーがだんだんと速くなる。
「今、士道くんは一人じゃないよ。ちゃんと支えてくれる、気にかけてくれる人がいる。あのころの一ノ瀬は知らなかったから何もできなかったけど、彼女も高校生だ。君の話を聞くことくらいはできる」
瀬能先輩はスマッシュを決めた。球が正宗の後ろをコロコロと転がっていく。
「そもそもだ、この高校に来たのが間違いだよ。本気で辞めるんならここに来るべきじゃなかった。ここは名門、呉翔陽学園だよ。家が近いからとか、もっともらしく言ってるけど、君は幼馴染の試合を観に来るし、熱く応援するし、道具も大事にしまってるし、どう見ても本気で辞めようとしてる人間には見えないんだよ。今だって楽しそうに打ってるんだから」
――――楽しい?
確かに瀬能先輩と打っていて嫌な気分にはならなかった。ラケットを受け取った時、懐かしみをかみしめ、正直なところ心が躍った。
瀬能先輩は満足したのか正宗からラケットを受け取り、ケースにしまう。
「どうするかは士道くんが決めればいいよ。ちなみに私も士道くんのプレーをもう一度見たい側の人間だから」
荷物をまとめた瀬能先輩は、テキパキとネットをたたみ、箱に仕舞う。「あ、台たたむのだけ手伝って」と正宗を使って台を片付ける。
片付け終えた瀬能先輩は荷物を持って体育館を出る。
「そうだ、最後に一つ。私はうすしおよりはのりしお派なんだ。次来る時でいいからまた差し入れてくれないかな?」
「……のりしお派だったんですね」
瀬能先輩は「よろしく」といっていなくなった――――と思ったら戻ってきた。
「あと、あの二人のどっちを選ぶか決めたら、こっそり教えて?私、こう見えて恋バナとか好きなの」
「絶対嫌です」
瀬能先輩は「ふふふ」と今度こそいなくなった。誰もいない体育館で正宗は一人考えた。
「一人じゃない……」




