第21話 何が悪いんですか
応援を終えた正宗と星奈は体育館を後にし、近くのお好み焼き屋で夕食をとることにした。
「お好み焼きとか久々。広島といえばお好み焼きだけど、意外と食べないよね」
「え、おれ月イチでばあちゃんと家で作るんだけど」
「え、そうなの?じゃああれ、できるの?お好み焼きひっくり返すやつ。私あれやると中身飛び出してぐちゃぐちゃになるの」
「慣れたら簡単だよ……今度一緒に作る?」
「いいね!やろう!お好み焼きパーティ!」
二人はお好み焼きを食べながらお好み焼きトークに花を咲かせていた。
お好み焼きトークが一通り終わったところで、星奈が今日の試合の話をする。
「卓球ってほんと凄いね。あんな小さな台で、あんな小さいボール打ち合うんだから。私がやったら空振りの嵐だろーな。一ノ瀬さんが今日やってた中国の子との試合、激しかったね。卓球ってあんなハラハラドキドキさせてくるんだね、知らなかった」
星奈は楽しそうに喋りながらお好み焼きを食べる。正宗は頭の中で次の行動を考えていた。
――――食べたら大通り付近を散策して、それから……
星奈はボーッとする正宗を見て「おーい」と目の前で手を振る。
「聞いてる?ボーッとしないの。せ、せっかく二人でお出かけしてるんだから」
星奈は「二人で」の部分に照れながら正宗を現実に引き戻す。
「あ、ごめん……」
正宗は現実に戻り、お好み焼きを平らげる。正宗が現実に戻ってきたのを確認して、星奈は意を決して正宗に質問をぶつけた。
「あのさ……士道くんて卓球してたんだよね?」
正宗の手が一瞬止まる。
正宗はヘラを置いて「急にどうしたの?」と問い返す。星奈は正宗に例の動画を見せる。
「一ノ瀬さんにも聞いたんだけどこれ、士道くんだよね?たまたま見つけたの」
「また懐かしいやつを……これは、そうだね、おれだよ。それがどうしたの?」
「その、今までもそうだけど今日の試合を見てまたやりたい、とか思ったりしたのかなって。試合見てる士道くん凄く楽しそうだったし」
正宗の顔から笑顔が消える。
「私も士道くんが卓球してるとこ生で見てみたいなーって。ほら、この動画の士道くん、凄く輝いててカッコいいし――――」
「やらないよ」
正宗は星奈の発言を遮るように一言。星奈は正宗の顔を見て黙った。正宗の目が真っ暗に濁って見えた。
「おおかた波瑠と色々話ししてたんだろうけど、おれはもう卓球はやらないよ。卓球は――――クソだ」
正宗の中で先ほどまでのお花畑な気分は消え去り、ただただ不快な感情だけが蠢いていた。旭星奈に対してこのような感情を抱いている自分にびっくりした。
「……この話は止めよう。気分が悪くなる」
正宗は席を立ち、伝票を持ってレジに向かった。
「ごめんけど今日は帰ろう」
帰りの電車はお互い無言だった。駅を降りてからも、二人は気まずい空気で別れた。星奈は寂しそうな顔で「なんかごめんね。また学校で」と帰路についたのだった。
正宗はベンチに座り込み天を仰いだ。
「あー……告白、できなかったな……。おれ、最悪な態度とった……。この件は旭は何も悪くないのに……」
罪悪感に苛まれているその時、正宗のスマホが震えた。画面を見ると、波瑠からのコールだった。
「先輩!今日は応援ありがとうございました!おかげさまで団体戦のインターハイいけます!特に予選リーグのときは助かりました!あのときは頭真っ白でどうなるかと思いましたよ」
「あれぐらいで慌てるんじゃないよ、仮にも世代ナンバーワンでしょうが」
電話越しに聞こえる波瑠の声はどこかかん高い。インターハイを決めて相当嬉しかったようだ。
「波瑠、一個聞いていいか?」
「はい、なんですか?」
「旭に余計なことを吹き込んだり焚きつけたりしてないよな?」
沈黙。それはつまりそういうことだろう。正宗は続ける。
「せっかくの空気に水差すようで悪いけど、もうそういうのはやめてくれ。前も言ったけど、おれはもうプレーヤーじゃないんだ。辞めたんだ」
波瑠のスマホを握る手に力が入る。波瑠が憧れた士道正宗という男は卓球一筋で、何があっても絶対に逃げなかった。今の士道正宗は逃げている。
波瑠は許せなかった。自分勝手で、勝手に理想を押し付けているだけなのは分かっているが、許せなかった。
今を許したら自分の憧れが、恋心が、全部崩れてしまうから。そう思うと波瑠は正宗に想いをぶつけずにはいられなかった。
「何が悪いんですか?士道正宗のカッコいい姿を見たいと思うなにがいけないんですか?私も、旭先輩も、ただ好きな人のカッコいい姿を見たいだけなんです!今の逃げてる先輩は全然カッコよくないです!カッコ悪いです!」
「カッコ悪……っ!?はぁ?え、あ……好きな人?」
正宗は困惑して変な声を出す。通りすがりの人たちは正宗を変な目で見るが、正宗はそんなのは気にならなかった。
波瑠は正宗の反応を聞いて「あ……」と焦った声をあげて電話を切った。
「あ、切られた……好きな人……?旭と波瑠が……おれを……?まじ……?」
正宗は思いがけず想い人と幼馴染の自分への想いを知ってしまった。そんな二人に対して正宗は一人勝手にイライラして当たってしまった。
正宗は好意を知ったことに対する嬉しさと同時にとてつもない罪悪感に襲われるのだった。
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「旭先輩、ごめんなさい!」
「え?」
星奈はことの顛末をその日のうちに波瑠から電話で説明された。
「私が余計なことしたせいでなんか凄く気まずい感じになっちゃいました」
「い、いいよ。まあ、こんな形で士道くんに伝わるのは想定外なんだけども……それがなくても私自身、士道くんとちょっと気まずいんだけどね」
お互いに電話越しにため息をつく。
「しばらく、士道くんには卓球のことは話さないようにしとこう。なんか、地雷みたいだから」
星奈と話を終え、電話を切り、波瑠はベットに転がる。
「先輩、なんであんなに卓球を嫌がるんだろ……」
波瑠はスマホ画面をスクロールし、写真フォルダを見返す。波瑠の写真フォルダは正宗との写真で埋まっていた。
「そういえば、私、いつから先輩呼びするようになったんだっけ?」
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翌週末、次はシングルス・ダブルスだった。波瑠はシングルスに出場し、一、二回戦は難なく勝ち抜いた。
波瑠はもしかしたらと思って観客席を見渡す。
「やっぱ、来てないよね……」
この一週間、波瑠は正宗と一言も言葉を交わしていない。それは観客席で波瑠を応援している星奈も同様だった。
星奈は体育祭のあと少し気まずくなって避けてた時期があったが、それは「好き避け」に近いものであったが、今回は完全に違って、どうしたらいいか分からなかった。
「気持ちがバレたタイミングが悪かったなぁ……」
あんな風に気まずい空気で別れた直後に気持ちを知っても正宗もどうしたらいいか分からなくなることくらいは容易に想像できる。
「このまま――――は、嫌だな……」
星奈はこの一週間正宗と会えず、寂しさを覚えていた。体育祭の一件で正宗への想いが膨れ上がっている分、余計に寂しかった。
「ちゃんと仲直りして、ちゃんと想いを伝えて、そしたら士道くんの彼女になれるかな……」
そんなことを考えているうちに波瑠の番号がコールされ、波瑠がコートに入ってくる。一緒に入るのは瀬能先輩だ。
「一ノ瀬、何か余計なこと考えてるね。それじゃあ私には勝てないよ」
「ちょうどいいハンデじゃないですか?」
波瑠は強がって笑う。
瀬能先輩は「ま、いいけど」と準備に入った。
波瑠も準備をする。この日の波瑠のコンディションは最悪だった。
「はあ……体重た……」
原因は分かっている。波瑠は精神面が脆いところがあり、いつもすぐに表に出てしまう。今回も部内戦のときと同じような感じだった。
――――本当に、恋心は厄介だな
波瑠は瀬能先輩へのリベンジのイメージが一切湧かなかった。




