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ドロップアウト  作者: 野良猫
朝活仲間と幼馴染
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第19話 おまじない

 県予選が近づき、女子卓球部の練習はより熱を帯びてきていた。体育館には檄を入れるがごとく「必勝」の横断幕が掲げられ、保護者やOB会から差し入れが次々に運び込まれていた。


「毎年毎年ご協力頂いてありがとうございます。選手たちもより一層気合が入るでしょう」


「とんでもない。子どもたちが頑張ってるんですから、大人としてそれに応えているだけですよ」


 コーチと保護者らが話す。


「地区予選見ましたけど、今年もいい感じのチームですね。瀬能さんに加えて一ノ瀬さんというものすごい戦力が加わったから間違いなく選抜の雪辱を果たしてくれますよ」


 呉翔陽学園は選抜大会の決勝で東海地区代表の愛知名桜高校に三対一で惜敗した。愛知名桜高校はここ数年呉翔陽学園とよく優勝争いをしている強豪だ。今回の県予選はそのリベンジのための試金石でもあった。


「集合!」


 監督が体育館に入り、瀬能先輩が集合をかける。集合を確認したところで監督がカバンからファイルを取り出した。


「県予選の組み合わせが決まった」


 監督はまず団体戦の対戦表を見せる。


「今回は福山国際が同じブロックに入った」


 福山国際は県内トップ三と呼ばれる強豪校のうちの一校だ。ここには瀬能先輩と毎年全国に行く選手がいる。


「同じブロックか」


「いきなりキツイな」


 選手たちがボソボソとつぶやく。


「敵は福山国際だけじゃない。ほかも強豪揃いだ。そんなんじゃ足元すくわれるぞ」


 その一言で全員黙り込む。


「オーダーは予選のままで行く。今年は瀬能、一ノ瀬のツートップで確実に勝つ。二人とも、いいな?」


「「はい」」


 監督は次に個人戦のトーナメント表を出した。波瑠はトーナメント表を見て瀬能先輩といつ当たるかを確認する。


「あ……」


「うわ、まじ?」


 波瑠と瀬能先輩は三回戦で当たる場所にいた。インターハイに出れるのは個人四枠なので、どちらかは出れないことが確定した。


「一ノ瀬は地区予選がギリギリだったからな。それなりに厳しい組み合わせになると思っていたがまさかこんなに早いところで瀬能と当たるとは思わなかった」


 瀬能先輩は波瑠を見て「フッ」と笑う。


「なかなかいいとこでリベンジの場が来たよ?負けた方は全国は無し。いいんじゃない?」


「そうですね。私としては先輩にはそろそろ後進に道を譲っていただければと思っているんですけど」


 二人はバチバチと睨み合う。


「お前ら、一応おんなじチームってこと忘れんなよ?最初は団体戦だからな?」



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 練習が終わり、波瑠は更衣室に戻ってスマホの通知を確認する。色々と来ている中、正宗と星奈からそれぞれ来ていることに気づき、スクロールする指を止めた。


 内容は二人とも同じで、県予選の応援に行くというものだった。その中でも星奈のメッセージに目がいった。


「士道くんと――――」


 波瑠のスマホを握る手に力が入る。


「先輩と……?」


 波瑠は焦る。確実に関係を深めていっている二人を見て自分の入る余地はもうないのではないかと気が気でない。


「この前まではあんなに逃げようとしてたのに……なんでこのタイミングで接近していってるの」


 個人戦で難敵の瀬能先輩と早々に当たるというだけでも悩ましいのに、星奈が正宗と距離を縮めつつあるという現実が降りかかってきて余計に心が乱される。


「ふうう」


 波瑠は心を落ち着かせて二人に返事を返す。正宗に返事を送ろうとしたとき、正宗からさらにメッセージが来た。


 波瑠はメッセージを見て目を輝かせる。そしてすぐに正宗に電話をかけた。


「今どこですか?今から会いに行ってもいいですか?」



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 波瑠が卓球を始めたのは三歳の時だった。正宗と同じ幼稚園に通い、互いの親が知り合いだったことで正宗が卓球をしていることを知った。


 卓球スクールに初めて顔を出したときのことはあまり覚えてはいないが、ものすごく楽しかったということは覚えている。あと、正宗がものすごく目立っていたことも。


 波瑠は小学校に入学して初めてバンビの部に出場した。この時すでに波瑠は同世代の中では頭一つ抜きん出た存在で、接戦を演じつつも県予選決勝まで進んだ。


 決勝戦は一つ上の子で、前年度全国決勝トーナメントまで進んだ実力者だった。


 ここまでの相手の試合を見て波瑠は完全に怖気づいていた。


「無理!あれは無理!」


「やる前から無理って言うな」


 隣で正宗が波瑠の頭にチョップする。波瑠は「いたい!」と頭を押さえる。


「あんな強い人勝てっこないよ!正宗くんは卓球上手だからそんな余裕なの!」


「それなら波瑠も卓球上手だろ。なんだかんだ第一代表決定戦まで進んでるんだから。上手いやつしか残れないところにいるんだから、自信持てって」


 正宗は波瑠の頭をポンポンとする。だが波瑠はずっとマイナス発言で負のオーラ全開だった。


 正宗は「ちょっと手かして」と波瑠の手を握った。


「え、正宗くん!?」


 正宗は波瑠の手のひらをグッと押す。


「これ母さんから教わったおまじないなんだけど、ここ押したら緊張がほぐれるらしいよ。はい、手を合わせて?」


 波瑠は言われるがままに手を合わせる。すると正宗は波瑠の手を挟むようにバチンと叩いた。


「ひゃ!?いったぁぁ!?」


「どうだ?これで余計な考え全部吹っ飛んだだろ?」


 正宗はニッと笑う。


 波瑠はジンジンする手を振りながら、先ほどまでずっと考えていた「勝てない、無理だ」が頭から消えていることに気づいた。


「波瑠のいいところは馬鹿正直に真っ直ぐ突き進むとこなんだから、くよくよ悩まずとりあえず当たって砕けろ!」


「砕けたらだめでしょ?」


 正宗のおまじないで吹っ切れた波瑠は、ストレートで勝利し、第一代表の座を手にした。そしてそのままの勢いでその年のバンビの部日本一に輝くのだった。そこから波瑠の卓球選手としての輝かしい道がスタートした。正宗への想いも。


 この大会以降、波瑠は試合前にはいつも正宗におまじないをしてもらっていた――――正宗が卓球を辞めるまでは。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 ――――でっかい壁に当たって砕けろ!


「だから、砕けたらだめなのに」


 小学のときと同じことをメッセージで言われ、波瑠は笑ってしまった。そして久々にしてもらいたくなった。おまじないを。


 オンオフの切り替えはあの頃よりきっちりできるようになった。その証拠に正宗のいない一年強、おまじないがなくても日本一になった。全日本でもジュニアトップと競えるようになった。


 でも、それでも、好きな人にしてもらうおまじないの威力は絶大だ。


 波瑠は走った。正宗はすでに家に帰っていたが、近くのコンビニまで来てくれると言ってくれた。


 走って走って、コンビニの駐車場が見え、正宗がジャージ姿で待っているのを見つけた。


「先輩!」


「どうしたんだ波瑠?急に呼び出して」


 波瑠は息を整え、手を差し出す。


「いつものやつ、お願いします」


「え、あれ?ここでやんの?まじ?」


 正宗は狼狽える。この時間は部活を終えて下校する生徒で溢れかえっている。そんななかアレをやるとなるとなかなか恥ずかしい。


 波瑠は期待の眼差しを送る。


 正宗は諦めて波瑠の手のひらのつぼを押し始めた。


「ここ、労宮っていうらしいぞ。この前初めて名前知った」


 波瑠は懐かしいこの感じに感極まり、思わず泣きそうになった。必死でこらえ、正宗に「ありがとうございます」と頭を下げた。


「これでインターハイ予選頑張れます!」


「……ま、ほどほどにな」


 好きな人からのおまじないはやはり色んな雑念を消してくれる。正宗がいなくなる前の日常が少しずつではあるが戻りつつあることが嬉しかった。


「絶対に勝ちます」


 試合も、恋も。


 六月、波瑠の全国を賭けた夏が始まる。

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