第13話 ランニング
ゴールデンウィークが始まり、正宗はとくにやることがなく、部屋でゴロゴロしていた。
「暇だな。大我は家族で旅行に行ってるし。旭は……何してるんだろうな。暇してるかな。連絡しても迷惑がられないかな」
何てことを考えているといつの間にか一時間が経っていた。
「……これはキツイな。走ろう」
正宗はトレーニングウェアに着替えて外に出る。まだ五月が始まったばかりだというのに夏のように暑い。陽射しがジリジリと肌を焼く。
「あっつ……」
少し動いただけで汗が噴き出てくる。正宗はこの感覚が好きだった。
この日はいつもと違うルートを走る。
十分ほど走ると商店街の通りに出た。休暇ということもあって、普段は少ない人通りも今はそれなりだった。
正宗は別の道を行こうとしたところである女性と目が合ってしまった。正宗は気づかないふりをして逃げようとしたが相手がそれを許してくれなかった。
「おーい」
……知らない。こんな人知らない。
「なーに逃げようとしてんの。私一応先輩なんだけど?それも君の知り合い」
女子卓球部副部長の瀬能先輩は正宗の肩をガッチリ掴んで少しキレ顔で圧をかけてきた。
「瀬能先輩、顔怖いです」
彼女は瀬能先輩こと瀬能聡実。正宗が中学のときに少しだけ一緒に卓球をしていた先輩である。
ちなみにキレたらめっちゃ怖い。
「あれ、先輩ゴールデンウィークは遠征じゃ?」
「あー、それ。私は参加しないよ」
瀬能先輩は左手を見せる。瀬能先輩の左手首には包帯が巻かれていた。
「この前の大会でちょっとやっちゃってね。一ノ瀬との試合が相当来たよ。少し休めたほうがいいってことで、今年のゴールデンウィークは久々に暇なの。そういえば士道はこっちに来てからいつも走ってるな。膝はもう大丈夫なのか?」
「もう大丈夫ですよ。走ってるのはただの習慣ですね」
「そうか。てっきりまた復帰するためのリハビリなのかと」
「いやあ、もう卓球はしませんよ」
「そうか……それは残念だ。決めるのは君だからな。仕方ない」
しばらく沈黙する。
「士道、この前の部内戦見に来てたけど、どうだった?」
「どうだったとは?」
「なんかこう……なんて言えばいいのか。卓球をしていたころを思い出したりとか、うーん、どう言えばいいんだ?」
正宗は少し考え、口を開く。
「まあ、正直言うと楽しかったですよ。久々の感覚でした。別に卓球は嫌いじゃないですし。プレーはもうしないですけど。なんか初心に帰ったような気持ちになりましたよ」
「そうか」
「そういえば瀬能先輩はなぜここに?」
「ん?散歩。暇だからな」
なるほど。似た者同士だ。
「君はランニングの途中みたいだね。邪魔したよ。私はそろそろ帰るよ」
瀬能先輩は正宗に背を向ける。
「ああ、そうだ。これだけは言わせて。あの時と違って今は君を支えてくれる人がいるんじゃないか?それだけは心に留めておきなさい。先輩からの助言な。あと相談はいつでも受け付けるよ、先輩価格で」
そう言って瀬能先輩は商店街の人混みに消えていった。
「……先輩価格」
瀬能先輩はポテチが好きだったなー、なんて考えながら正宗は足を動かすのだった。
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しばらく走り続け、市街地を越えると視界がひらけ、青々と輝く海が現れた。正宗は足を止め、海を眺める。
「そっか、そういえばここって海が目の前だった」
正宗の住む街、呉は昔から軍港として栄えた街で、今でも海上自衛隊呉総監部が存在しており、街はセーラー服を来た自衛官がよく歩いている。
「改めて見るとすごい街だなここは」
正宗は海をしばらく眺め、来た道を帰る。これ以上進むと帰るのが夜になってしまう。
じわじわと汗が滲む。正宗は汗を拭い、空を仰ぐ。空は青く、雲がゆったりと動く。正宗は星奈のことを考えていた。
「やっば、連絡してみようかな」
正宗はそう決意し、急いで家に帰る。家に帰り、シャワーを浴び、部屋でスマホを手にし、トークアプリを開く。
「あれ?」
連絡しようと思っていた相手から連絡がきていた。星奈からの通知を確認した正宗はドキドキしながら開く。
――――休み中のどこかで一緒に勉強会しませんか?宿題が捗らなくて……
勉強会の誘いだった。
「まさか旭から誘われるとは」
正宗に断る理由はなかった。
――――いいよ。どこでする?
――――図書館はどうかな?人多いかな?
――――いいよ、図書館ね。多分大丈夫でしょ。
正宗はガッツポーズする。休暇中も好きな人に会えると思うとそうせずにはいられなかった。
翌朝。非常に目覚めの良い朝だった。休み中は会えないと思っていたので正宗の心は躍りまくっていた。
「まさか旭から誘われるとは」
正宗は顔を洗い、上機嫌で祖母に挨拶をする。
「今日は随分とご機嫌だね。なにかいいことでもあったかい?」
「ん?そう見える?」
正宗は祖母が作った朝食を食卓に並べる。
「ばあちゃん、今日友達と遊ぶから昼ごはんはいらないよ」
「はいよ。楽しんでおいで」
正宗はご飯をかきこみ、食べ終わったら食器を片付けカバンに勉強道具をつめる。
「じゃあ行ってくるね」
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いつもより人の多いバスに揺られること十分。バスから降り、図書館に向かうと、星奈はすでに到着しており、入り口の前のベンチで座っていた。
「あ、士道くん。おはよう」
「おはよう、旭。遅くなってごめん。中が涼しいんだから先に入っててもよかったのに」
「えっと、それなんだけどね……」
正宗は星奈と一緒に図書館に入る。
「おぅ……」
図書館の席は全て埋まっていた。やはり考えることは皆同じようで、涼しくて静かで集中できる環境が整った図書館に集まってきていた。
「これはー……無理だね」
「どうする?」
「市内の中央図書館に行ってみる?」
「ここでこれだったら市内はもっと多いんじゃないかな?」
正宗は腕を組んで悩む。せっかく休み中の勉強会だというのに、こうなることを考えて代替案を用意しておかなかった昨日の自分を少しばかり恨む。
正宗が悩む横でもじもじする星奈は、少し考え、「じゃあ」と口を開く。
「私の家で勉強会する?お母さんはいるけど、士道くんが気にならないなら……」
正宗は固まる。
「旭の……家?」
「う、うん。うちは多分大丈夫……あ、一応お母さんに聞いてみるね?」
星奈は図書館を出て電話する。
正宗も少し遅れて外に出る。星奈はベンチに座って電話をしていた。
「うん、うん、そう。図書館が思ったより多くて……え、違うよ。ただ勉強するだけだよ。変な事を言わないでよ……うん、じゃあ家帰るから」
星奈は電話をしながら正宗にオッケーのハンドサインをだす。
――――旭の家!?
お家訪問が決定した。




