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9.拗ねるルイ殿下


女王陛下の部屋へ抜き身の剣を持った兵士が侵入した一件は、瞬く間に城内に広まった。

一体どうして単独でそのようなことをしたのか、私を見た瞬間に狙いを変更した理由、それを詳細に知っているのは一部の方々だけらしい。


私でも分かっているのは2つだけだ。

女王様の治世に反発している一派があることと、その一部が暴徒化しているということだけ。

女王様のもとへあの兵士がやってくる前、城門でも数名の男が暴れたそうだ。


あれ以来、城内の警備が厳重になって、今までよりも騎士達の姿をよく見るようになった。

女王様の部屋の外にも常時騎士がついて、憩いの場として人気の中庭も同様だ。


「ねえ、聞いた?」

「ええ。やっぱり美しい見た目でも怖いわね」

「腕から血を流していたそうよ、何を切ったのかしら」

「あ、シッ! あそこ、女王様の侍女がいるから」


城内は少しだけ物々しい空気になって、その中で使用人達の声もちらほらと私の耳に届く。

感じる視線に気づかぬふりをして、小さく息をついた。


ひそひそと前以上に囁くような会話が聞こえる。

きっとそれは私に対してだけではなく。


「ルイ様! 怪我の具合は? まだ痛いですか?」

「そのように何度もご心配いただかなくとも大丈夫ですよ、白雪姫。ほら、この通り」

「こら、ルイ。お前は全く、そうしてすぐ無理をする」


ちょうど頭に浮かべていたその人の声が届いて、思わず視線を向けた。

ひそひそと、声は一層広がる。


あの日、ルイ殿下は女王様の部屋だけでなく城門での騒動にも立ち会っていたと聞く。

興奮しきって危険性を増した彼らを抑えるために、ご自身も剣を抜き宥めたと。

場を収めるために力を使ったとの噂も聞いた。


この声は、だからなのだろう。

この世界は、どうしたって魔の力には厳しい目を向けられる。

そうせざるを得ないほど、魔の力によって失われたものが多いから。

過去の歴史が物語っている。


”きっと、ルイ殿下は皆の前で力を使っても、魔だとは言われないのでしょう”


以前、私はルイ殿下にそんなことを言った。

けれど、ルイ殿下だって、そうではなかった。

今まで直接的な力を皆の前で使っていなかっただけで、いざ使うと、それが何を目的としたものでもやっぱり警戒はされる。

前と比べ、私の目から見てもルイ殿下を見つめる視線の厳しさに気付けるほどには。


それでも。


「ルイ殿下。申し訳ございません、私共が不甲斐ないばかりに、殿下に怪我を」

「何を言っているんだ、君はできることをやっただろう。私の力に巻き込まれないよう皆を逃がしてくれたね。ありがとう、助かったよ」

「そのような! お礼を言われるほどでは」

「ルイ様の言葉の通りですよ、それにお礼は素直に受け取った方がお互い気持ち良いじゃないですか。私からもありがとうございます」

「はは、ルイとソフィアが言うならば、私も倣おうか。ありがとう」

「ウィリス殿下まで! ご容赦下さい、畏れ多いです!」


ルイ殿下を囲む方々の空気感は変わらなかった。

特にウィリス殿下やルイ殿下と共にこの国へとやって来た方々は皆、心から信頼し合っているように見える。

ルイ殿下が何者であろうが、変わることなく。

ルイ殿下の力を前にして警戒する目にも気にすることなく、以前までと変わらない。

笑い声が響いて、私も目を細めた。


「良かった」


私と同じで、私と違う。

ルイ殿下は変わらず光の中に立ち続けている。

自分を見失うことのない強さに、やっぱり眩しいと思う。

この調子なら、きっと厳しい目を向ける人たちだって、理解していくのだろう。

なぜだか無性に安堵して、その場を立ち去った。


「お前……、顔が真っ青ではないの。また溜め込んだね」

「いえ、そのようなことは……あるのですが」


一方の私はといえば、一向に進展のない自分の現状に苦笑してしまう。

鋭い眼光で女王様に睨まれてしまったので、取り繕うこともできなかった。


「力を制御できないかと思ったのですが、どこから取り掛かれば良いのか」


女王様に促されるままに、差し出された木に力を吐き出す私。

いつもよりも大量に生成されてしまったりんごの実に、力なく項垂れてしまった。

極力りんごを生まずに済むように、我慢をしてみたけれど持たないのだ。

体が鉛のように重くなって、体勢を維持することすら厳しくなる。

そうして女王様に怒られて強制的にりんごを吐き出すのが常だ。


「体を壊しては元も子もないだろう。お前、その自分を追い込むやり方を早々に辞めることだね」

「それは……女王様には言われたくないような」

「ほう? ずいぶん生意気な口を利くようになったものだ」

「心配なんです。女王様、どうかお体労わって下さいね。貴女の身に何かあれば私はとても悲しいです」

「……余計なお世話だよ。お前、人のこと言えるのかい」


ふん、と不機嫌そうにそっぽを向く女王様に苦笑する。

このやり取りも、もう何度目か。

案外、私達は似たもの同士。近いところがあるのだろう。

女王陛下相手に不敬だとは思うけれど。


「で、いつまで監視しているつもりだい、黒カラス」

「え……?」

「何だ、お気づきですか。相変わらず女王陛下は意地が悪い」


パッと後ろを振り返れば、いつの間にかルイ殿下がいた。

つい先ほどまで姫様達と話していたはず。

どうしてここにと、驚き固まる。


ルイ殿下は気まずげに頭をかいて、こちらに来た。

けれど何故だか、私とはきっちり距離を置いて立っている。

気遣うように少し離れた位置から私へ力なく笑って、声を上げた。


「こんにちは、ルル嬢」

「こんにちは、ルイ殿下。あの、どうしてそのように離れて」

「まあ、前は驚かせてしまったしね。これ以上は怖がらせたくないし」


怖がらせる?

首を傾げた私に、女王様は呆れたよう息をつく。


「今さら何を怖気づいているんだか。躊躇いなく裏の顔を見せておきながら」

「陛下、大層不本意なんですよ私も。ああなる前に片付けたかったのに」

「お前、別に人に何を思われても気にしないんじゃなかったかい?」

「……本当に意地悪ですね、例外があるって言ったでしょう」

「ふん、そう隠し通せるもんじゃないことくらい分かっているだろうに。ルルが絡むと途端に青臭い」


ルイ殿下と女王様は私とよりも余程通じあっているように見える。

遠慮のない言い合いに、羨ましいと思うのは浅ましいだろうか。

ルイ殿下にも、女王様にも、両方に羨ましさを感じてしまう。


「あの……、良ければ私にも前と同じようにしていただけると嬉しいです」


我が全面に出て、我儘が口から零れたことに、私自身驚く。

言った瞬間に、ルイ殿下と同じように目を丸くして固まる私。

沈黙が続いたから、なおさら気まずい。


はあ、と心底呆れた様子の女王様のため息でハッと我に返る。


「も、申し訳ございません。厚かましいことを」

「怖く、ない?」

「は……」

「私のことを恐ろしくは、思わなかった?」


慌てて謝ろうとすれば、きょとんとした表情のままルイ殿下が私に問う。

その言葉の内容に、今度は私がきょとんとする番だ。


怖い、ルイ殿下が?

思い返して、あの日の別人のように冷酷な表情を見せたルイ殿下のことを思い出す。

私を襲おうとした兵士を見据えたルイ殿下のこと。

魔の力をもって、制圧した時のことだ。


ああ、それでルイ殿下は私と距離をとっているのか。

私を怖がらせてしまったと、そう思って。

ようやく理解が追いついて、苦笑する。


「私達を守るために使った力を、怖いなどとは思いません。いつもと雰囲気が違ったので、びっくりはしましたが」


そう、何も感じなかったわけではない。

けれど私に差し出してくれた手の、あの震えを思い出せば怖いなどとは思わなかった。

ルイ殿下の本質が、あの瞬間につまっていると思ったから。

葛藤しながらも、自分のやれることをやるルイ殿下の強さを感じたのだ。


「助けて下さり、ありがとうございました」


再度のお礼に、ルイ殿下が苦虫を潰したよう顔を歪める。

じっと見つめていると、やがて諦めたように笑って、ポンッとその場で黒カラスの姿に変容した。

バサバサと音を立てて飛んだのは、私の右肩。

たまらなく可愛く思えてしまって、ふっと笑みが浮かぶ。


「お前も、大概だね黒カラス。その姿じゃないと照れくさいのか」

「……本っ当に、意地悪ですね」


黒カラスのルイ殿下がブツブツと女王様に対して文句を言っている。

快活な印象のある殿下にしては珍しい。

女王様と喧嘩して、女王様に敵わなくて拗ねるルイ殿下が可愛い。

思わずクチバシを撫でてしまう。

そうすると途端に殿下が沈黙して、拗ねたまま私の腕に降りてくるのだ。

慌てて両腕で囲って抱き込むのもいつものこと。


「貴女まで陛下の味方?」


不貞腐れたように小さな体で私を見上げるものだから、笑って首を振る。


「私はお2人とも大好きですから」

「……なんか面白くない」


私にまで文句を言うルイ殿下に、少し遠くで女王様が愉快そうに笑い声をあげた。

ここまではっきりと笑う女王様は初めてで驚く。

ルイ殿下と一緒に視線を向ければ、ハッと我に返り女王様がわざとらしく咳払いをした。


「さっさと仕事を捌くよ。例の襲撃のせいで時間が押してるんだ。黒カラス、手伝いな」

「全く素直じゃないですね、陛下。承知しました」

「煩い。しかし量が量だね、お前の兄も呼ぼうか。対外活動は得意分野だろう」

「……止めてあげてくださいよ。せっかく白雪姫との時間を過ごしているのに」

「ふん、良いご身分だね」

「あー、本当素直じゃない。そのために兄上に時間を作ってあげたのは陛下でしょう? 知ってますよ」

「う、煩いよ!」


楽しそうに会話をしながら、ルイ殿下が腕元から飛び立って人の姿へと戻る。

温かかった殿下の感触が無くなって、ほんの少し寂しい。

目の前で書類を眺めながら、あれこれと難しい話をしているお2人を、やっぱり羨ましく眺めてしまう。


良いなあと小さく呟いた瞬間に、体がどっと重くなった。

ついさっき全てを吐き出したというのに、また体の中が毒を訴えている。

耐えかねて、思わず女王様が用意してくれたままの木に体を預ける。

ポトリと赤りんごが落ちてきて、呻いてしまった。


「お役に立つ前に、ご迷惑にならないよう打開策を見つけなければ」


お2人と自分の落差に落ち込む私。

慌てたように女王様とルイ殿下が私を励まし始めたのは直後のこと。

それがなおさら申し訳なく思えて、力なく笑った。


「……もしかして」


落ち込む気持ちが強すぎて、ルイ殿下のつぶやきを拾うことは出来なかった。

何かを悟ったルイ殿下と、反応した女王様が頷き合って確認したことに私は気付いていない。




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