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8.裏の顔


世の中には人ならざる力が存在する。

聖に振れるか魔に振れるかは、使い手の本質次第。

起源、仕組は謎なれど、それは感情に大きく左右される。


「使い手の、本質」


図書館の奥底に眠っていた本の一文を、声でなぞる。

探し続けてようやく見つけた、唯一の本。

昔、異国の学者が記した歴史書だった。


かつて魔の力によって滅んだ国があった。

かつて聖の力によって救われた国があった。

稀に生まれる力ある者達が、この世界にどれだけの影響を与えたのか。

その痕跡を辿る本だ。

今まで目を背け続けてきた現実を、知らなければいけないと思ったのだ。


……そうして手に入れた事実は、やはり優しくはなかったけれど。


「何を落ち込んでいるのかな、私の姫」

「ルイ殿下、どうしてここに」

「貴女の姿が見えない時は、決まってここにいるから」


隠れた私の庭で小休止を取る私のもとへと、カラス姿の殿下がやってくる。

この方は、本当に私が気落ちしているときに気付いてやってくる。

いつだって情けない姿を見せてばかりだ。


「ああ、懐かしい本を。私も読んだことがあるよ、それ」

「そうなのですね。現実は、厳しいなと」

「魔で滅んだ国の数と、聖で栄えた国の数の話? ただの確率の話でしょう」


私の落ち込んでいた要因に、殿下はさらりと反論する。

手元の本で示されていたのは、いかに魔の力によって多くの国が滅んできたのかだ。

過去に魔の力によって守られた国は驚くほど少なく、稀有な条件が揃った時のみだった。

逆に聖の力によって国が滅んだ事例は存在しない。

自分の持つ魔の力の危険性を再認識しただけの結果に、少し落ちていたのだ。


「ルル。過去の悪い例は、良い結果を生むための教訓にすれば良い話だよ」


ルイ殿下の前向きな言葉に、苦笑する。

本当に、私とは正反対だ。


「そう、なれるでしょうか?」


ちらりと木の根元に置いた籠へと目を向ける。

今日も今日とて、籠いっぱいに実ってしまった毒りんご。

間違えて鳥たちが啄まないよう、布をかけて隠している。


「誰かを傷つけようと願って生まれたものじゃ無いのなら、何か意味があるはずだ」

「……はい」


いつものように優しい言葉に、曖昧に笑んで頷く。

そうすぐに信じるのは、難しい。

いつだって人を怯えさせ、命を奪い、信頼を失わせてきた力の象徴だ。

本心で言ってくれているだろうルイ殿下の言葉であっても、どうしても負の感情が消えてはくれない。


「それよりも、ルイ殿下。今日はウィリス殿下の護衛では」

「うん、もうすぐ出るよ。その前に貴女に会いたくて」

「っ、そ、その……、どうかお気を付けて」

「ありがとう」


どうにもうまく取り繕えず真っ赤に顔を赤らめて、動揺しながら送り出す。

殿下は満足そうに笑い声をあげてから、すぐに飛び立った。

時間は本当に無かったようだ。


ぼんやりと彼の方が去っていった空を見上げて数分。

ハッと我に返り、女王様の元へと私も立ち去る。

給仕の時間が迫っていたのだ。


「お前、今日はやたらと外を気にするね。あの黒カラスがそんなに心配かい」

「え!? そ、そのようなことは」

「本当気に入らないね」


舌打ちしながら不機嫌そうな女王様に、動揺するしかできない私。

本当にここのところの私はおかしい。

少し気を緩めるとルイ殿下のことばかりだ。

追及するような女王様の視線に耐え兼ねて、本音を告げる。


「初めてだったのです。女王様以外で、こんなに心を砕いて下さった方は」

「絆されたのかい」

「そう、かもしれないけれど。でも、あの方は魔の力だろうと私の力だろうと、何でもないことのように仰るから新鮮で。世界がひっくり返るような思いです」

「……まあ、あれぐらい図太い方がこの世界は生きやすいだろうさ。特に私達のような異端はね」


女王様はため息交じりにルイ殿下を肯定した。私も頷き苦笑する。

ルイ殿下の在り方は羨ましくもあるけれど、なかなか私達が模倣するには壁が高い。

実際に口にしたことを表立って実践するのは、そう簡単なことではない。


現に私達は、こうして多くの時間を費やしてしまった。

国内の不和を解消することも出来ないままに。

魔の力を脅威でないと示すことがどれほど難しいことなのか、私は知っている。

きっとそれは、女王様だって誰よりも、痛いほど分かっているはずだ。


「ルル」

「はい」

「あの黒カラスの元に行きなさい、お前はそっちの方が似合いだ」


だから女王様が痛みを伴った笑みで私に告げる。

ルイ殿下を黒カラスとは呼ぶけれど、ルイ殿下のことをきっと女王様は誰よりも認めている。

自分と同じようで、けれど自分とは違うルイ殿下のことを眩しく思うのは、私だけではない。


”お前は離れていかないわね、ルル”


人の美醜を見分ける魔法の鏡が白雪姫の名を口にしたとき、女王様は絶望に染まった顔で私に縋った。

震える手で体が壊れそうなほどに強く抱きしめられた日のことを今も覚えている。

私のことを、そうやって頼って下さった初めての人。

私の力を、初めて拾い上げて抱えてくれた人。


「ずっとお傍におります、ローザ様」

「お前ね」

「私は、女王様のお傍で女王様のお役に立ちたい。私が知る最も美しい人は、やはり女王様だから」


どこまでも優しい女王様に即答で笑う。

もっとも毒りんごの魔女だなんて呼ばれる私など、お役に立つどころか無気味がられているばかりだけれど。

それでもそんな私をここまで大事にしてくれた女王様が、私の一番であることには変わりがない。


陛下至上主義とルイ殿下に言われた言葉を思い出して、ふっと笑ってしまう。

あの方は、そういう私のことをよく理解してくださっているのだろう。


「……馬鹿だね、お前は」

「そもそも、一介の侍女が一国の王子様とだなんて、分不相応にも程がありますよ」

「そういうの気にする男に見えるのかい、あれが」

「それは……、そ、それでも、です」

「馬鹿だね、本当」


女王様はくしゃりと歪んだ顔で笑う。

痛みを伴ったようにも見える笑みに気付かないふりをして、お茶を淹れなおす。

少しだけ苦みを強めて、ぬるめにしたお茶。


「苦いねこのお茶」


いつもの調子で顔をしかめる女王様に笑んで、頭を下げる。

あと少しで、宰相様がいらっしゃる頃だ。

仕事の話となれば、国家の機密に関わることも多くある。

その場に、私が立ち会う権限は無い。

宰相様がいらっしゃる前に、この場を去らなければ。


「陛下!」


けれど今日は、いつもより随分早く宰相様がいらっしゃった。

扉をバンと荒々しく開けるのも、息を切らしたその姿も、いつもの宰相様の姿とは似つかない。

片眉を上げて怪訝そうに宰相様を見つめた女王様は、ハッとしたように立ち上がってどこか遠く、一点を見つめたままじっと固まった。

その間に宰相様が私に気付いて、バツが悪そうに視線を外す。

その理由が分からず首を傾げる私をよそに、女王様が大きく舌打ちをした。


「宰相、衛兵を呼びなさい。間者もだ」

「はい、ただいま」


バタバタと廊下でも人が慌ただしく動き回る音がする。

ただ事ではないと、私も後ずさった。

緊急時に戦闘も手当も出来ない私に出来ることはほぼ無い。

邪魔にならないように引いて、命令が下るのを待つのが賢明だ。

そうして人の往来が激しくなるであろうこの部屋で怪我をしないよう、用意したワゴンを端に寄せる。

機密性の高い話が始まりそうならすぐに部屋から去れるよう、ドアの近くへと移動する。


「ルル。お前はここにいなさい。いいね、絶対に動かないよう」

「え? ……は、はい。かしこまりました」


声をかけられたのは初めてのことだった。

こういう時、何だかんだと女王様は国のことを第一に動く方だ。

公私では圧倒的に公を優先される方のはず。

私的な部分での使用人に過ぎない私を、ここで引き留めることなど今まで無かったことだ。

驚いて動きを止めた私に、宰相様が何か言いたげに視線を向ける。


「あの、一体何が」

「別に、何でもないよ」


思わず問いかけても、こちらを見ることも無く女王様は返してきた。

これ以上は聞くなと言われているように思えて、私もそれ以上は口を閉ざす。


「……尻尾は掴めそうなのかい、宰相」

「いいえ、それが。ルイ殿下もギリギリまで詰めて下さったようですが」

「今対峙しているのは」

「あの者も正体が掴めません、何か情報を持っていたら良いですが」

「チッ、後手だね」

「申し訳ございません。ルイ殿下にもご迷惑が」

「アレはこの手のいざこざには慣れているだろうよ」

「陛下。ルイ殿下のことをアレなどと仰っては」

「ふん、お前たちの前でしか言わないよ」


小声で女王様と宰相様が話している。

内容は私にはまるで分かるものではない。

けれど端々にあがるルイ殿下の名前に、びくりと肩が揺れた。


殿下が、何……?

心臓の裏側を撫でられるような、無気味な感覚で落ち着かない。


「陛下はこちらにいらっしゃいますか!」


扉を挟んですぐ外から兵士の声がする。

緊迫する大きな声に、私の肩も再度大きく揺れた。

程なくして入ってきた大柄の男性は、すでに手に剣を鞘から出している。

距離の近い私と、目が合った。

瞬間、何故だか憎悪に満ちた険しい顔で睨まれる。


「な、に……」


思わず後ずさると、何故だかその兵士は私の方に体を向けて剣を構えだした。

何が何だか、訳が分からず動けない。

昔の、お父様から追い出された日もこうだった。

同じような表情で、同じように剣を構えて、私と対峙していた。

冷や汗が背中を伝う。

足の感覚が分からない。


「ルル!」

「陛下! なりません!」


名を呼ばれたような気がして、視線をさ迷わせる。

飛び出すようにこちらへ駆ける女王様が目に映って、咄嗟に首を振った。

女王様を、この国の主を、危険な目には合わせたくない。

後ずさる足を必死に留めて、目の前の兵士をにらみ返す。

それしか出来ない自分が情けなくはあるけれど。


「女王陛下の御前です。剣をおしまい下さい」


精一杯強がって、兵士を見つめる。

振り被る動作が見えた時には、さすがに目を閉ざしてしまった。

しかしそれ以上、体に衝撃は来なかった。

沈黙が場を支配する。


恐る恐る目を開けば、目の前の兵士は剣を片手に固まっていた。

驚愕の表情を浮かべ、額から汗を流して動かない。

それもそのはずだ、彼の首筋に短剣が突き立てられていた。

あとわずかでも動こうものなら肌を突き刺しそうな距離で、止まっている。

短剣を辿って、その主を探せば、黒い髪目が目に映る。


「ルイ、殿下……?」


今までに見たことのないような、冷淡な表情の殿下がそこにいた。

感情をすべて削ぎ落したような顔が、いつもとあまりに違う。

的確に兵士の首元を捉え、短剣を向けている。


「どう、して……貴殿が」

「答えろ。お前の主は誰だ」


声も、あまりに淡白だ。

透き通るような涼し気な声が、ここではなおさら鋭利に思えて、息をのむ。


「私に主など」

「このところ無限に湧く一派はお前の仲間だな。主を知らないなら、上官を吐け」

「そのような」

「お前に無駄口を叩く権利はない。逝くか?」


弁明の余地など一切与えない問答に、部屋の空気が一気に冷え込んだ。

ジリジリと嫌な汗が体を濡らす。

先に耐えられなくなったのは、兵士の方だった。


ああああ……! と叫び声が聞こえたかと思えば、振りかぶりかけた腕が動いている。

剣が私に向かって動きだして、目を見開いた。

パリンと音が鳴ったのは次の瞬間。

鈍い音が鳴って、目の前で巨体が倒れる。

私と対峙していた兵士がその場で倒れこみ、何故だか剣が折れていた。


「……やったのかい、ルイ殿下」

「いえ、命は残しました。陛下、後手に回り申し訳ございません」

「いや、助かったよ。噂通り切れるね、お前」

「嬉しくはありませんがね」


淡々と女王様とルイ殿下が話している。

他の者は、数名いるけれど、口を開けない。

呻く声を見下ろして、ようやく事態が飲み込めた私はそこでようやく実感した。


がくんと足から崩れて、その場に蹲る。

襲ってきた兵士との距離が近づいて、思わず声をひきつらせた。


「ルル嬢」


慌てたように伸びてきたのは、男性の大きな手。

ハッと見上げれば、ルイ殿下が心配そうにこちらを見つめていた。

先ほどまで見ていた表情とまるで違う、私が見慣れて来た殿下の顔。

理解が追いつかず茫然としている私を見下ろし、ルイ殿下は苦笑した。

カタカタと、よく見ると指先が震えている。


……殿下も、怖かったのだろうか?

表情にも声色にも、一切出てはいないけれど。

たまらなくなって、その手を両手で掴む。


「ありがとうございます、ルイ殿下」


手を借りて立ち上がる。

まさか両手で掴まれると思っていなかったのだろう、ルイ殿下が一瞬目を丸くして、また苦笑した。


「貴女が無事でよかった」


心底といった様子で吐き出された言葉に、つられて私も笑う。

周囲が私の表情に驚いたよう息をのんだことにも気づかず。


城内の雰囲気が少しずつ変わっていることにも、この時はまだ気付いていなかった。



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