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4.ルイと黒カラス


ウィリス殿下がこの国へとやってきてから、城の雰囲気は変わった。


「姫、こんにちは。何をしているのかな?」

「ウィリス様! ごきげんよう。森へ出かけようかと、木の実を用意しているのですよ」

「木の実?」

「はい! リスたちが喜ぶのです、お城の木の実は森の中の木の実とは味が違うみたい」

「はは、姫は本当に多くの友人がいるのですね。もし良ければ、私もご一緒しても?」

「ウィリス様もですか? ええ、喜んで! あ、でも」

「大丈夫。陛下や宰相殿には伝えているよ」

「ではぜひ!」


ウィリス殿下と姫様を中心として、城が照らされているようだ。

陽だまり。言葉にするならばそんな感じだ。

お2人を囲んで従者達も和やかに笑んでいる。

この国の未来は明るいのだろう。

お2人の相性は予想以上に良さそうで、ほっと安心する。


邪魔にならないよう、私はそっとその場を離れるだけだ。

あの場所は、私には少し眩しすぎる。

影をさしたくない。


今日は少し遠回りしよう。

踵を返して、人気のない道を探すのはいつものこと。

けれど今回は、いつもと少し違った。


少し薄がりの通路の向こう側、影が見えて隅へ寄る。

そっと頭を下げれば、声がかかった。


「貴女は陛下の……こんにちは、ルル嬢」


真っ黒な髪目の美男子、ルイ殿下。

ウィリス殿下と比べ少しだけ鋭さの見える王子様だ。

まさか声がかかるとは思わず、動揺しながら顔を上げる。


「ご挨拶もせず失礼いたしました、殿下」

「ご丁寧にありがとう。けれどもう少し砕けても問題ないよ。私のことは一護衛として見てください」


どうやらルイ殿下は随分と気さくな性格のようだ。

表情ひとつ変えない私の言葉に耳を傾けながらも、柔く笑っている。

私にも気軽に話しかけ笑ってくれる人、少し姫様とも似ているだろうか。


”魔”と呼ばれる特性を持った人だけど、この人はどこか違う。

光の属性を持った人に見えて、やっぱり私には少し眩しい。


「あの、ウィリス殿下ならばあちらに。姫様とこれからお出かけのようです」

「ああ、そのようだね」

「護衛に付かれるのでしたら、急がれた方が良いかと」

「大丈夫、うちの仲間は皆優秀だし私が出る幕も無いでしょう」


にこにこと笑ったまま、その場を動かないルイ殿下に私は困ってしまう。

こういったやり取りなんて誰とも経験がない。

沈黙の時間の繋げ方なんて知らないのだ。


「ふ、あはは、そんな分かりやすく困った顔をしなくても」


くすくすと、やはり柔らかく笑う殿下を見上げる。

……本当に不思議な人。

この方と話していても、体は震えない。


「あの、ルイ殿下。もし何かお探しでしたらご案内いたしますが」

「ありがとう。けれど大丈夫だよ、城の配置を覚えようと散歩していただけだから」


ルイ殿下がウィリス殿下の護衛として役割を全うしているのは本当のようだ。

人の気配がない場所までこうして足を伸ばしているところを見ると納得する。

穏やかな口調からはとても武人には見えないけれど。


「ところでルル嬢こそ、こんなところで何を?」

「私は女王陛下にお茶の準備を。新しい茶葉が入ったと伺ったもので」

「新しい茶葉を? そうですか」


少し怪訝な表情を見せるルイ殿下に、思わず後ずさってしまう。

この方は、柔らかな表情に反しかなり鋭い方なのかもしれない。

目元が急にスッと細まったところで、空気感が変わったことが怖くなり慌てて目線をそらす。


新しい茶葉が入ったのは本当のこと。

女王陛下のお好きな、渋みの強めなお茶。

けれど、それが侍女である私のもとに届けられることはまず無い。

茶葉が届き次第すぐに準備できるようにと用意していたワゴンはボロボロの酷い有様だった。

グシャグシャに乱された布巾に染み込んだ茶葉は、さすがに取り寄せたものでは無いだろうけれど。


城に入った食品が一時的に保管される倉庫への途中、この道は人の通りがとても少ない。

日の当たりが悪く、だから倉庫としての意味合いが強い一角だからだ。

積荷の入る時間でもなければ食事の準備時間でもないこの時間帯はなおのこと人気が失せる。


普通ならば女王様への嗜好品は、侍女である私か側近へと直接届けられるもの。

茶器などもすぐにお出しできるよう女王陛下の部屋から比較的近くに奉仕の準備をする部屋がある。

だから遠く離れた倉庫まで探しに来る時点で不自然だ。

ルイ殿下ほど高貴な身の上の方がそんな臣下達の事情をどこまでご存じかは分からないけれど、疑いの眼差しを向けてくるということは少なからず何か察してはいるのだろう。


「女王陛下がお待ちですので、私はこのあたりで失礼いたします」


……この方と長く話すのは危険かもしれない。

誰に対しても偏見のなさそうな優しい方に見えるけれど、鋭い方でもありそうだ。

私が下手なことをして、心象を悪くしてしまうのは本意ではない。


再度頭を下げて、失礼にはならない程度に足早にその場を去る。

そうして振り切れば、ルイ殿下はそれ以上追ってはこなかった。

しばらく視線を感じはしたけれど。


「女王陛下への茶葉? ああ、確かに昨日入ったが」

「申し訳ありませんが、探させていただいてもよろしいでしょうか?」

「……侍女のアンタが?」

「あ、他の物には不用意に触りませんので。もしご不安ならば見張っていただいても」

「俺はここの門番だ、この場を離れるわけにはいかん。事情は分かったから、さっさと探してくれ」


倉庫の門番である年配の男性は、私が話せる数少ない人物だ。

言葉は少し荒いかもしれないけれど、私に変に怯えたり怒ったりすることもなく接してくれる。

あまりにこの場所に来過ぎて顔なじみになっていた。

私の見た目にも多少は慣れてくれたのか、何だかんだと融通をきかせてくれる。

優しい人だ。


「良かった、見付けられて」


目的の品は、倉庫の隅の方に置かれていた。

他と比べて小さな袋だから、見落とすところだった。

袋の表面に書かれた少し不格好な文字は、この茶葉を作っている農家のもの。

以前視察で出会ったのだと女王様が教えてくれた。

袋の文字を見せれば、女王様はいつも目元を緩めて優しく撫でる。

女王様にとって、大事なつながりなのだろう。

失くしてしまったら、女王様が悲しむ。

大事に抱え込んだ。


門番の男性にお礼を告げて、今度は洗濯物の回収だ。

人気のない道を逆戻りし、やはり人気の少ない洗い場へと戻る。

女王様にお出しするのに必要なナフキンを取り出して、籠に詰めた。


クスクスと遠くで笑い声が聞こえる。

人の気配が薄いと思っていたけれど、どうやらどこかから見られていたようだ。


「見て、あの魔女、今日もあんな薄暗いところで1人何をしているのかしら」

「怖いわねえ」

「今度は誰を呪う気かしら」


ああ、何度聞いても心が擦り切れていく。

聞き流す振りだけは上手になったけれど、平気にはなれない。

聞こえてしまった言葉に一瞬固まり、何とか呼吸を整えた。


バサバサと、どこからともなく黒カラスが飛んでくるまでがいつもの流れだ。

私の肩に止まるといつものようにクチバシで器用に私に頬ずりする。

ふっと心が軽くなった。


「ありがとう、やっぱり優しい子。一緒に行く?」


告げれば、こてんと首を傾げる姿が可愛らしい。

離れていく気配も無いので、そのままにさせて歩き始めた。

ひそひそとまた何か言葉が聞こえたけれど、今度はもう大丈夫だ。


「遅い」

「も、申し訳ございません」

「お前ね、少し所用で抜けると言って何分経ったと思うんだい。何があった、何をされた」

「何も! 何もないです!」


女王様からの詰問もいつものこと。

私の心身を守ろうと、いつもご自分のことを投げ出してしまうような方だから、余計な心配はかけたくない。

ぐんぐんと迫る女王様に慌てて訂正を入れて、バッと茶葉の入った袋を掲げた。


「こちらをお届けしようと少々離れておりました。そのほか、少し雑用を済ませたく」


女王様の視線に文字が入るようお渡しすれば、女王様が途端に目を丸くする。

そうして大きくため息をついたあと、やはり目元を緩めて文字を追うのだ。

いつだって女王様はこの文字をお見せすると、落ち着きを取り戻される。


「ふん、相変わらず下手な字だね」


そう言いながらも嬉しそうだ。

私にも伝染しそうなくらい、柔らかな声。


「ただいまお淹れしますね。少々お待ちください」


頭を下げて、再び茶葉を抱え込む。

今日は少しゆっくりお茶を淹れよう。

きっと女王様は、手紙を書くだろうから。

他の人には見られたくないだろうし。


「お待ち、ルル」


けれど、今日は何故だか引き留められた。

いつもと変わりのない風景なのに、途端に女王様の気配が張り詰めている。

殺気立ったようにも見える雰囲気に首を傾げる私。

女王様がじっとりと見つめる先は私、の肩にのるカラスだ。


「お前、いつまでそうしているつもりだい、黒カラス」

「女王様?」

「いい加減、本性を現したらどうだい」


そうして杖をカラスに向けた。

驚いて私は女王様を見つめる。

杖の切っ先を向けるのは、威嚇行為。

いつでも魔術を放てる臨戦体勢なのだと、知っているからだ。


「女王様、落ち着いて下さい。この子は」

「お黙り、ルル。今日は呑気にカアカア鳴いて済むと思わないことだね」


ぴしゃりと言い切り、杖を下ろさない女王様。

肩のカラスは、ひと鳴きもせずじっとその切っ先を見つめている。

やがて優しく私の頬に身を寄せたあと、肩から飛び立った。


……驚くのは、次の瞬間だ。


「やれやれ、陛下も人が悪い。このタイミングで私に正体を明かさせるなど、計画が狂うではないですか」


目の前で、その姿が変わる。

黒カラスの輪郭がぼけて、眼下で黒い大きな塊に変容した。

驚いたまま固まっていると、やがて姿ははっきりと人の形へと変貌していく。

響いた声は、どこか聞き覚えのある柔らかなもの。


「どう、して」


思わず呟けば、心底居心地悪そうに笑う男性の姿が見えた。

黒い髪目を持った、美しい男性。

先日この国へとやって来た、ルイ殿下が立ち上がる。


「だから言ったでしょう、少しは警戒しろと」


呆れたように女王様が言う。

それに対し少しむっとしたように女王様を見つめたのは、ルイ殿下の方だ。

初めて見る表情に驚く。


「本当に、やりにくいったら無いですよ。貴女を通さねば近づけないなど、少々その鉄壁崩していただけませんか?」

「うるさい。お前のような輩がいるから、おちおち崩せないんだよ」

「あーあー、本当に過保護ですね。まあ、そうやってずっとこの子を守って下さったことには感謝しますが」

「話が通じないのかい、お前も排除対象だよ」

「あはは、残念ながらそう簡単にはいきませんよ。そのために未だ王族としての地位を固めているのですから」

「チッ」


私の動揺をよそに、ずいぶんと親し気にお2人は会話をしている。

謁見の間で話した時とはまるで違う、とても砕けた話し方。

お互い空気が殺気立っているのに、怖いとは不思議と感じない。


呆然と立ち尽くす私に、先に気付いたのはどうやらルイ殿下のようだ。

目の前で、そっと膝をつき私の手を取る。


「驚かせてすまない。改めまして、私の名前はルイ」

「えっと、その、あ、貴方は、いえ、殿下は」

「私のことは”黒カラス”でも良いよ。いつも通り話してくれると嬉しいな」

「そ、それ、は」

「この姿の私にも慣れてくれると嬉しい」


そうして懇願するように、頭を垂れるものだからいよいよ混乱してしまう。

どうすれば良いのか分からず、思わず助けを求めるように顔を上げた。

向かう視線の先は女王様だ。

女王様は苦虫を潰したような渋い顔で私を見つめるばかり。


ぎゅっと、取られた手に力が入る。

気を取られて咄嗟に視線をルイ殿下へ戻せば、少し拗ねたように私を見上げている。


「こちらを見て、私の姫」


……私はもうどうすれば良いのか分からず、固まる他無かった。



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