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3.王子様の来城


この世には聖なる力と悪なる力がある。

人を癒し守護する聖なる力。

人を害し痛めつける悪なる力。


聖なる力はもてはやされ、悪なる力は畏怖された。

聖なる力は聖君、悪なる力は魔人、そう区別される。

けれど誰に何の力がどうして宿るのかは、分からない。

分かっていることは一つだけ。

悪なる力は厭われる、それだけだ。


「見て、毒りんごの魔女よ」

「本当。今日も真っ黒な服で気味が悪い」


私に宿った力は、分かりやすく悪なる力だった。

そのつもりが無くても、私は人を傷付ける力を持って生まれてしまった魔女だ。


「女王様と何を企んでいるのかしら」


ハッと聞こえた言葉に反応して、思わず声の方を見つめた。

女王様の悪口はどうしたって許せない。


「まあ、怖い」


けれど、それもまた害意にしか受け取られず、ひどく歯がゆかった。

どこからともなくカラスがまたやって来る。


「私はともかく、女王様が魔女ではないと、どうすれば伝わるのかな」


仲間にしか言えない言葉を呟けば、カラスが怒ったように私を小突く。

「ごめんなさい」と軽く謝り、歩を進めた。

ヒソヒソと、カラスを連れる私にまた囁き声が届く。


今度は知らぬふりを決め込み、歩いた。

今日はウィリス殿下がやって来る大事な日。

準備は山のようにある。

急がなければ。


そうしてパタパタとあちこちを走り回っていると、どこからともなく歌が聴こえる。

綺麗な、透き通る声。

窓の外を眺めれば、庭の木陰で姫様が動物達と戯れていた。

歌声に惹きつけられ、自然と姫様の周りには人も動物も集まり賑やかだ。

癒やしの力を持つ、紛れもない聖なる力。


「……良いなあ」


私に宿った力も、人の役に立てる何かだったならば。

いや、役に立てなくても害のない力だったならば。

思わず本音がこぼれて、首を振る。

考えても仕方のないことだ。


白雪姫を見ていれば分かる。

彼女は分かりやすく善性の塊のような人。

何から何まで私とは違うのだから。


「カア」

「うん、そうね。準備しなきゃ。ウィリス殿下が少しでもこの国に好意を持って姫様と仲良くなれるよう」


カラスに促され、視線を外す。

慰めるようにくちばしで頬ずりするカラスに微笑んだ。


「温かな歓迎、感謝いたします。セレドア王国第二王子、ウィリスと申します」

「ようこそ、ウィリス殿下。歓迎いたします」


爽やかな微笑みで恭しく礼をとるウィリス殿下は、お噂通りの美しい王子様だった。

純白の衣装がよく似合う王子様。

光の差し込む謁見の前で、恭しく頭を下げるその姿も随分と様になっている。


「……姫、挨拶を」


惚けてただただその姿を見つめる白雪姫に、女王様が咳払いし鋭く指摘した。

はっと我に返った姫様がスカートをつまんで、礼をする。


「お初にお目にかかります。ソフィアと申します。ウィリス殿下、ようこそ我が国へ」

「初めまして。お噂通り、美しい姫君だ。お会いできて光栄です」


柔らかな笑みと共に滑らかな誉め言葉が続き、姫様の顔が赤く染まる。

日向のように柔らかな雰囲気は、どちらも同じ。

美しい王子様に美しい姫様、絵になるお二人だ。

誰もが微笑み、お似合いだと認めるほど。


「遠路はるばるようこそ参られました。本日はゆっくり休まれるが良いでしょう」

「お心遣い感謝いたします」

「……姫、ウィリス殿下に城内の案内を。失礼の無い様に」

「はい。ウィリス様、よろしければ庭を案内させてください。庭師たちが整えたそれは綺麗なお花畑があるのです」

「ありがとう。それではお言葉に甘えましょう」


白雪姫が傍により、ウィリス殿下を見上げる。

初対面にしては少しだけ距離感の近い姫様に、女王様はほんの少し眉を寄せた。

隣国の、この国よりははるかに栄えた大国の王子様相手に、無礼はないだろうか。

きっと女王様の胸中は、心配だらけなのだろう。


はたから見れば、顔が強張り怒っているようにも見える女王様。

けれどウィリス殿下は、物怖じすることもなく、女王様に笑み綺麗な礼をした。


「陛下。私はまだ若輩者にて、至らぬ点もございましょう。ですが、温かく迎えてくれたこの国の支えとなれるよう、精進してまいります。どうぞ、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます」


本当に、よくできた王子様だ。

まだ年若いのに、全方向に気遣いを忘れない、誠実な王子様に写る。

この方ならば、この国をしっかり率いてくれるかもしれない。

私でもそう期待を抱かずにはいられなかった。


女王様は、やはり変わらぬ表情で、ウィリス殿下を見下ろしている。

けれどその瞳は少し柔らかく見えて、彼女もまた安堵しているのだと分かった。

女王様が小さく頷くのを待って、ウィリス殿下も頷く。

そのまま去るかと思ったその方は、にこりと笑んだままその場に留まっていた。

白雪姫も、その場の従者たちも数名が首を傾げる。


「皆様に1人紹介させていただきたい」


そうして続いた言葉に、周囲がざわついた。

言葉と共に、人影が1人現れたからだ。

全身真っ黒なローブを被った、背の高い人物。

華奢に見えるけれど、男性だろうか?

袖から覗く手の骨格を見て、そう思う。


「弟を連れてきたのです。今は私の護衛として行動を共にしております」


ウィリス殿下が振り返り、男性の背を包む。

殿下の動きを受けて、その人はフードを上げた。

その瞬間、再び場が騒然となる。


真っ黒な髪と、目。

ウィリス殿下とはあまりに似つかない色。

この国では魔の象徴とも言えるような、私や女王様が有する色だ。


けれど私達と明らかに違うのは、彼の方の表情に闇が無いこと。

周囲の動揺を受けても変わらず笑んで恭しく礼を取る。


「お初にお目にかかります、ルイと申します。現在は王位継承権を放棄し兄の護衛をしております。お目通り叶う機会もあることと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」


声も、表情も、仕草も、何もかもが柔らかい。

魔の象徴を持っていながらなお、そうは感じさせない雰囲気をもっていた。

白雪姫が「まあ」と声を上げて、ルイ殿下を見上げている。


「ルイ殿下はウィリス殿下によく似ていらっしゃるのね! 目元の綺麗さが特にそっくりです」


姫様が無邪気に笑う。

ルイ殿下は、その様に軽く目を見開き、やがて笑みを見せた。


「噂はかねがね、初めまして白雪姫。どうぞ兄上をよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いいたします。ルイ様もよろしければお庭を案内いたしますよ」

「大層魅力的なお誘いですが、兄上に拗ねられてしまいます故、また今度の機会に」


にこやかに談笑を交わすルイ殿下に、警戒を示していた周囲の兵士達も毒気を抜かれた様子だ。

同時にセレドア王国からの他の護衛達からも、警戒の色が抜けたように見える。

お互いに、張り詰めていた緊張の糸が緩んだのが分かった。


「……ゆっくりされるが良い」


女王様が一言そう告げれば、ウィリス殿下とルイ殿下が揃って礼を取る。

ウィリス殿下は、姫様に導かれるまま謁見の間を後にした。


その一部始終を、女王様の側で見ていた私。

圧倒されてしまって、動けなかった。

同じく魔を持っていても、光の中に堂々と立っていられる存在。

女王様以外に、そんな人会ったことがなかったからだ。


「女王陛下」


ウィリス殿下が去ったあと、自然とその場に残る形となったルイ殿下。

笑みを絶やさぬまま、女王様を見上げ声を上げる。

頷きも返事もしない女王様だけれど、視線をルイ殿下に合わせれば、声は続いた。


「私には少々稀な力があります故、皆を驚かせる機会もありましょう。しかし、この力はウィリス殿下およびこのフォーン王国を守るために使うと誓います。この場でそれだけはお伝えしたく、ウィリス殿下にも我儘申し上げました」

「稀な力とは?」

「空間転移、および変装、でしょうか? 未だ黒の色は警戒される時もあります故、そのような時には見た目を偽ることもございます」


あちこちから息をのむような、驚きの声があがる。

ルイ殿下が告げたその力は、一般的には”魔”と呼ばれる側の力だ。

それを堂々と公の場で発する人など、それまでいなかった。

忌むべき、人々に厄災を招く力だと言われてきたから。


「恐れながら、ルイ殿下」


たまらずといった様子で宰相様が声を上げる。


「そのお力に惑わされ、暴走するといったことはございますか? その力が、人の害となるようなことは」

「私の心が軸にある限りは、暴走などありません。どのような力でも使い方次第で善にも悪にもなり得るもの、私はそう思いますよ。宰相様」


……初めてだった、こんなに堂々と自分の力を肯定できる人は。

自信に満ち溢れ、誰にも臆さず向き合う人など、初めてだ。

あまりにきっぱりと言い切るものだから、誰一人として、宰相様でさえそれ以上口が出せない。


「とはいえ、国によって事情も歴史も違いましょう。私の生まれもった力は消せはしませんが、いたずらに使って恐怖を煽るのも本望ではない。ご理解いただけるよう努力は惜しみません。ご不安がおありでしたら、遠慮なく仰ってください」


そうしてまた綺麗に礼をする彼の方へ、厳しい視線を向ける人はいなかった。

呆気にとられたというのもあるけれど、それ以上にその誠実さを感じ取った人が多かったからなのだろう。

見た目こそ違えど、ウィリス殿下と変わらない真っすぐさが見えたから。


何て眩しくて強い人なのだろうか。

生まれ持ったものに惑わされず自分を貫ける人。

私とは明らかに違う。


「ウィリス殿下、およびルイ殿下を歓迎します。部屋を用意させましょう」

「ありがとうございます、陛下」


静まり返った空間で、女王様が締めの言葉を告げる。

丁寧に答えたルイ殿下は、そこでようやく視線を女王様から外しその場を去るべく身を翻す。

その瞬間、何故だか下座に控える私と目が合った。


「……っ」


柔く微笑まれて、硬直してしまう。

そのような反応を、異性からされたことなど無かった。


「私も政務室に戻ります。皆も持ち場に戻るように」


女王様の言葉にようやくハッと我に返って、頭を下げる。

後に続いて歩く道中、頭をずっと離れることはなかった。


「不思議な、人」


思わずぽつりと呟いて、胸元で手を握りしめる。

ほんのりと温かく感じる心臓を、どう収めれば良いのか分からなかった。


政務室が近づき人気がぐんと少なくなる。

そうすれば、どこからともなくまた黒カラスがやってきた。

慣れたように私の肩に乗って、頬ずりする。


「……あったかい」


そっとカラスを腕に囲って抱きしめる。

身じろぐこともなく大人しく収まってくれるカラスに、ゆるく息を吐いた。


その様を、前方で盛大なため息をつきながら見守る女王様がいたことに気付いたのは、少したってから。

少しずつ、日常が変化し始めていた。









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