女子の茶の湯
海堂家由縁のものは組み立ての野点の茶室と縁者として唯一逃れたわたしだけとなりました。あれだけの名物の茶道具はすべて区別のつかぬ土器に崩れ、勇猛を鳴らした男たちはすべて死に絶えたのです。
「逃れたのではありません。あなた様と茶の湯のこと、この二つをお父上様と吉法師様は今生に逃したのです」
お点前を差し出した箭吹の申したいのは分かってます。此処が今生なのかどうかと、わたしがそれを見定めぬ眼になったとき、禅寺の警策のように放つ箭吹のいつもの繰り言です。
わたしは背筋を伸ばします。
逃したのはわたしひとりの身体ではない、お二人の茶の湯を語り継ぐものとして残されたのです。一服の前の繰り言にそれを含めずとも、それくらい邪推できます。
天下様になられた吉法師様もあれから間もなくあのような最期となられた。
いまは新たな天下様の御代となりましたが、いまだ硝煙の昇る都の掌の届かぬ山里で、こうして女掌ふたつ、野点の茶室を組み立て日々の活計の什器をよりどころに茶をたてております。
すでに灰燼となられたあのお二人は、今生にわたしたちを逃したのです。女子ふたりの夜伽がたりを浮かべるために逃したのです。吉法師様はその生前に一度も生身のご尊顔を拝したことのないお方となりましたが、お父上様を思い浮かべれば必ず一緒に現れ出でるお方でした。戦と恋に命懸けの真の武士であったお二方は、現せ身であろうと黄泉のくにであろうと、今生に身を置く女子にとっては何ひとつ変わらぬお方たちなのです。
お点前を終えた箭吹は今度は己れの茶碗にさらさら茶をつくります。女子ふたりの茶の湯ですもの、亭主と客の垣根はありませぬ。夜伽ばなしのどちらがどちらの口と耳のなのかを探る垣根はありませぬ。
「お二方様に限らず武士たる男というものは、戦場臥所の肌刺す中も、こうして静寂の一服の茶を分け合う中も、その先には殺し殺され死ぬることと繋ごうておるのは同じなのです。武士とはそうした生類なのです」
「わたくしども女子には金輪際わからぬこと・・・・いいえ、あたまで分かろうとしても無理でございましょう。遠い南の奄美の海に一方のみ脚を浸しながら、片方では遥か津軽の海鳴りを浮かべる絵空事のような顔は拵えませぬゆえ、な。たとえ、脛に纏る温かな水面に霙の拵えた波の花を見定めようとしても、み脚にたゆとうの温かさを感じているうちは敵いませぬ。けれど、男というものは、それが出来る生類なのです、飾らぬ言い方をするなら叶うと思っている生類なのです。真の男として武士として、ありもせぬものをあるがごとくに己れに落とし込むことが・・・・・」
「・・・・・今日は、ひとつ、いいことをお教えしましょう。吉法師様がなりふり構わずに所望された平蜘蛛は名物などではありません。湯を沸かす茶道具ではありませぬ。あれはあの方たちの符丁なのです、方便なのです。元服をすぎても禿がする呆けた口を残したままの宗右衛門をどうしてもおのれひとりのものとしたい取り合いなのです。あれほどのお方たちが、城もお国もたった一つの命まで横にしてなぜにあれほど宗右衛門に恋焦がれるのでしょう」
「そこまで言われるのであれば、宗右衛門とて符丁でしょう。あの方たちのの恋焦がれるものにかたちなどありはしませぬ。美しい身体の男子ではありませぬ。どれもこれもおのれの愛しさにつけた呼び名に過ぎませぬ」
「・・・・こうもおっしゃっておりました。お家の跡継ぎを残す残さぬの喧しい世事とは切り離せぬ女子との間では、恋は生まれても育ちはしない。もののけを除いてふたりよりほか誰ひとり寄せ付けぬ恋に命懸けになる男こそ、第一等の数寄ものなのだと」
「男と男、女と女、結ばれても子をなさぬ恋は、この世の理からは外れたもの。所詮は儚い波の花、あぶくが消えれば失せる白い花なのです。肌身が離れたあとの生身を茶の湯の静謐の中に鎮めなければ震えが高じ何処のうちに気が狂ってしまうことでしょう」
「宗右衛門の呼び名をつける相手は、生類や物ではない方がむしろ良いのです。幼い日の大人たちの視線の届かぬ低い眼差しの狭間に焼き付いた焼き尽くすような曼珠沙華の紅を、名を付けずに思い続けていれば良いのです」
「平蜘蛛にしろ、宗右衛門にしろ、その名を口にし己れの執着を付けたときには恋はもう坂を下っている・・・・戦の勝敗など・・・いいえ、命のやりとりの代わりの丁半博打まで、右と左に水を振り分ける勝負事はすべて時の運、各々のどちらが灰燼になろうと、残った方が天下様になろうと、いずれは順序の中のこと。白髪の大年寄まで生き長らえ、果ては絹地の臥所でひとり身罷るなどこの上ない恥辱ですから」
「大殿さまはおっしゃいました。己れを虚しゅうしないまま、戦の下知はしてはならぬ、と。勝ち負けのことわりでない、欲するものの欲が曇りとなって一番の大事が逃げていく、勝ち負けなどよりも慈しむ大事が。それを足蹴にしたのなら一足先に黄泉の国へ行ってた顔も知らぬ雑兵どもによってたかって嬲り殺しにされるだろう、と」
「父上様はおっしゃいました。茶道具ばかりでない、国にせよ城にせよ、男子にせよ女子にせよ、誠に欲するなら、けっしてその身の名を口にしてはならぬ、と。いったん口から出たものはもう二度と中には戻らぬのだから、と」
「それが、わかれば」
「それが、叶うなら」
「みちを誤またずに歩みを進めるものを」
「荷駄に積んだ重荷に踏まれた哀れな屍をさらさぬものを」
女子ふたりの茶の湯は続く。続くのは、女子ふたりのの茶の湯だけ。
天下様が武士一代で終わりを告げる御代は仕舞いになった。暁に今日一日の今生と生きていた武士たちは、臥所の中の絹地に包まれ、たったひとりで死に絶える。
そうした父祖の安らかな死に顔を見た子どもらに、それを否という心持ちは生まれはしない。
茶の湯は残り、衆道も残った。が、命のやりとりのない中でのやりとりは、歓喜に震えその名を口にすれば転げ落ちるヒリヒリしたものはなく、各々のかたちのみが継承されていった。
箭吹とわたしの女子ふたりの茶の湯は変わらない。どちらの口か耳かの区分を必要としないのも変わらない。汲んだ水に秋の時雨を感じ、あたまのしんよりそれを身に纏う日々のたつきの繰り返し。
もう、齢がいくつかさえ離れてしまった。
こうして隠れた女子は、山姥に変わり、物の怪が生まれていく。
あの城を出た日まで手繰っても、それもまた良いと思った。




