外道を邁む
大八車に組み立ての茶室茶道具を荷駄に押し続ける日々をはじめてからどれほどが経ったのでしょう。
紅蓮の炎に包まれたお城の茜色が下火になる前に、吉法師様の軍勢が海堂家の残党狩りを始める前に、箭吹は再びわたしをおぶい紐に結び、わたしたちは道から外れた森の奥へと抜けて往きました。一度も休まずに駆けて辺りが白々してきて、木々に囲まれながらもそこだけは大きな丸窓から覗くように開けた道が現れました。紐を解かれ再び大地に足を付けたわたしは、いままでの姫御座などではなくて別の生者の生まれてくる胎動がしました。
「思ったよりはお元気そうで安心しました。さぁ、その籠を解いてください」
荷駄を積んだ車が楽々すれ違える大きな道に大八車はありました。わたしたちを待っていたようにありました。こうした大八車が行き交うほどの大きな道のその片側を塞いでくように被ってた籠を剝ぎ取りと、荷駄に乗っていたのは組み立ての茶室でした。
すぐに、それだと分かりました。
九十九茄子の返礼にと吉法師様から頂いた野立ての茶室です。どのように組み立ていくかの順序も、その途中から垣間見えるその胎内に茶道具一式を抱えてるのもわかっていました。
「わたしは前を、あなたは後ろを」
これからのことはなにひとつわかってはいませんでした。なのに、これよりのすべてははっきりしているのだと感じました。
箭吹が、わたしを姫様ではなく、「あなた」と呼んで呉れたから。
荷駄も車も先の棒を引く箭吹がほぼほぼ引いてくれていますから、後ろに回ってるわたしは飾りです。これほどに広くても御定法にはない道ですから、外道ですから、行き交うものには誰ひとり出くわしません。本当はいるのかもしれませんが、影の者たちが使う道だから、道では御定法の内のひとには遭わないのだと、箭吹は教えてくれます。
「常道では出来ぬ速さで成さねばならぬのです。わたしたちとて切れば血の出る生身のもの、手妻のように内輪を隠して成しているだけですよ」
それを隠すための森に覆われ空を見せず他の険峻からも隠された峠にも轍はあります。日の高さが分からずにずっと曇りのままの今が何時時分か分からないことを除き、わたしたちは難なく抜けていくことが出来ました。
国を出たのです。わたしは一度として足を踏み出したことのないこの国を出たとき、この世ではないあの世とやらへの吃水を超え息のできぬ水中に潜った気がしました。息が変わり鼓動が変わったのです。
「安心なさい。ここでも息はできますから」
荷駄に隠れて見えない箭吹のクスクス笑いを抑えなくなった声がします。箭吹にはわたしの心音が聞こえているのでしょうか。大げさに止まったピクピクを感じたのでしょうか。戯れと独り相撲する子どもに言い含めるように諭されました。わたしは水底に手を付けた感触のまま静かにあがり、再び息の出来る水上に浮かびあがることが出来たのです。