序章
『無垢であれ』と願われてきた。
人のような欲望を持たず、けれど人の善悪を解する。
―そんな、存在であれと。
長い、夢を見ていたような気がする。
目が覚めて1番に思ったことはそれだった。内容はよく思い出せないが、思い出したら何かが変わってしまいそうな…
自分が、自分でなくなってしまいそうな。
それくらい長い、…永い夢だった。
まだ残る眠気を振り払うように体を起こす。まだ外は薄暗く、眠りに落ちてからそれほど時間は経っていないことがわかる。予定していた起床時間より大分早いがどうも二度寝をする気分にはなれない。
だが、幸いというべきか短い睡眠時間の割に眠気は残っていない。
さして問題はないだろう、と身支度を進めることにした。
…目が覚めてから、長い間失くしていた大切ものの置き場所を思い出したときのような充足感と、なにか大切なことを忘れているときのような焦燥感を同時に感じている。これまでずっと代わり映えのしない日々を送っていて、今日もそれが続く。ただ、それだけだ。
……ただ、それだけのはずなのに。
なぜだか自分でも理解のできない感情が、胸に渦巻く。
──なぜ、こんな感情を抱くのか。
──この感情は、どんな言葉で表現すればいいのか。
いくつかの疑問は浮かぶが、なぜだかその答えは知ってはいけないような、─知ってしまうと、自分の中の何かが決定的に変わってしまうような─
そんな、予感がした。