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タイトルとかとか、いただいて書きました。

とある悪魔に芽生えた、無自覚の恋。




「っ、何なのよ!」


 ――――ん、今の怒りはいい味だな。


 貴族というのは良くも悪くもプライドが高い。

 持ち合わせている生命エネルギーは、平民の数十倍。

 それらが発する怒りや羞恥といった感情には更に数倍のエネルギーが乗る。


 人がサシが沢山入った牛肉が美味いと思うように、動物性脂肪とチョコレートを山程使ったケーキが美味いと思うように、俺は人々の『怒り』や『羞恥』の感情が美味いと思う生き物だ。

 まぁ、色々な呼び方があるが、一般的に『悪魔』と呼ばれるモノだな。


 普段はある程度の強い感情を適当に食べて満足と思うようにしているが、社交シーズンに入った今は俺の本拠地である王都に貴族たちが溢れ、食べるものを選べるようになった。


 中でも高貴な紳士淑女が集う夜会は一味違う。

 今は社交シーズンということもあり、毎晩のように開催されているソレに、俺は食事目当てで今宵も参加していた。


 様々な感情が溢れ入り乱れる中から、好みに合うものを探していた。本来俺はガツンとくるドロドロしいものが好きなのだが、会場に入って直ぐに飛んできた「っ、何なのよ!」に、いま酩酊しかけている。

 

 強い辛さの中に仄かな甘さ。

 怒りの中に、少しだけ交じる愛情のせい。


 俺は、怒りが持つ辛さと、恥ずかしさが持つ酸味が好きだ。

 愛だの恋だのの甘さには一切の興味がなかったのに……。


 ――――むふ。


 スパイス程度の甘さならありかもしれないと、声の主を見る。


 燦然と輝きそうな金色の巻髪に真っ赤なドレス。

 顔は見えないがスラリと伸びた手足、しっかりと括れた腰から見るに、醜いわけがないな、と思う。

 そして、こちらを睨むように振り向いた令嬢は、やはりキツめの美人と称せるものだった。

 

 人々に混じり生きるようになり、人の趣味趣向はある程度の把握はしている。

 俺たち悪魔にとっては、美味いエネルギーを発するかどうかしか興味はないがな。


「殿下は用があると仰っていたじゃないですか!」

「…………用は済ませて手が空いたから、顔を出しただけだ」

「他の女を連れてですか!」


 ああ、本当にいい怒りだ。なのに、少し甘い。

 この甘さが妙にクセになる。


 なんとなく見えてきた。

 この国の王太子と婚約者だな。

 そして王太子が侍らせているのは………………リリスか。あの女、また面倒なヤツに取り憑いてるな。


「ハァ…………リュリーとはたまたまここで会った」

「たまたまお会いしたにしては、親密そうですが?」

「少しダンスをしただけだろう? 婚約者が王族の社交にまで口を出すのか?」


 金髪の令嬢がギリリと下唇を噛み締め、内心で暴れ狂っている怒りを必死に抑え込んでいた。

 直後、王太子に言われた「お前の余裕の無さを見ると、このまま婚姻して王族籍に入り、やっていけるのか?と、心底不安になる」という言葉で彼女の心は羞恥心と悲しみで溢れかえった。


 ――――ほぉ?


 酸味も強すぎるとえぐ味になり、飲み込むのが少し辛いのだが、この令嬢の羞恥心は痺れるほどの甘さで包まれている。

 この羞恥心は、人生……いや、悪魔生で一番と言っていいほどに美味い。

 

「リュリー、あちらに行こう。ここは空気が悪い」

「はぁい、殿下」


 リリスがチラリとこちらを見てきた。わかっている。悪魔同士は不可侵。破るつもりはない。




 別の日、王城夜会でまた金髪の令嬢と王太子が、何やら口喧嘩をしていた。

 金髪の令嬢からは、先日と変わらず美味い怒りの感情が溢れている。 

 

 間接照明で幻想的に彩られている庭園に、金髪の令嬢は逃げ込んだ。

 闇夜に紛れて啜り泣く令嬢から溢れるのは悲しみ。

 私はそんなものは食べたくない。


「――――ハンカチを」

「貴方は……?」


 王太子とのやり取りを見てしまった者だ、気にせずハンカチを使って欲しい。と伝えると、令嬢は少し頬を染めながらもお礼を言ってきた。


「殿下はもう少し、貴女に目を向けるべきだな」

「っ! 見ず知らずの方に、そのように言われたくありません。殿下は……色々と考えられているのです!」


 狙っていた怒りの感情は得られたが、なんとなく味が違うし、持っていこうと思っていた話の流れとも違う。


「あのようなお見苦しい姿を見せてしまい――――」


 あ、美味い。


「――――大変申し訳ございません。ですが、私ども二人の問題ですので、どうか立ち入らないでいただけますと幸いです」


 違う、この味じゃない。


「っ、これは失礼した。先日から心配していたので、つい」

「あっ、いえ。その……ありがとう存じます」


 ふわりと微笑みかけられた。

 甘い、匂いがする。


「少し話さないか――――」

「――――何をしている! こんなところに男を連れ込んで!」

「っ!?」


 王太子が俺たち二人の会話を邪魔する。

 怒りを露わにし、金髪の令嬢に詰め寄っている。

 夜の庭園に男を連れ込んだと。


「違います! 決してそのようなことは!」

「ハッ、そうやって瞳を潤ませていれば、男を誘えると思っているんだろう?」


 令嬢の中で感情が爆発する。

 気持ちいいほどの怒りの波動。

 そして、やっぱり、少しだけ甘い。


「…………失礼だが、王太子殿下」

「間男が気軽に――――っ、貴殿は……」


 人に扮している俺は、隣国の公爵家嫡男で、この国には外交を学ぶための留学という形で滞在している――ことになっている。


「私を巻き込まないでいただきたい」

「っ……」

「淑女が涙を流していた、だからハンカチを渡した。ただそれだけだ」


 王太子と隣国の公爵家嫡男、双方が微妙な立場過ぎて王太子は引くに引けないのだろう。面倒に巻き込まれるのは嫌いだ。


「それから――――」


 リリスを侍らせていることについて、チクリと一言だけ「見苦しい」と伝えてその場を去った。

 不可侵の関係性だが、リリスごときが私の餌場を荒らすのは、鼻持ちならない。


 ――――はぁ。


 しばらくは、王族が来そうな夜会は避けるか。




 社交シーズンが終わり、王都は通常営業。

 ときおり昼間の茶会に顔を出して、淑女たちの怒りの感情をつまみ食い。


「やだっ、もぉ」

「はははは! フローラはそそっかしいな」


 心地の良い酸味を感じてそちらに視線を向けると、金髪の令嬢と王太子がいた。

 王城茶会。

 いるだろうとは思っていたが……。


 低木に髪の毛を取られ恥ずかしそうにしている令嬢。

 柔らかな表情でそれを解く王太子。


「「あっ」」


 二人がこちらに気付いてしまった。

 軽く礼をしてその場を立ち去る。

 令嬢から溢れるのは幸せな感情ばかり。

 

 俺は、怒りが持つ辛さと、恥ずかしさが持つ酸味が好きだ。

 それが自分に向けられているものなら、なおさら。

 だが、あの令嬢から発せられる好みの味は、いつでもあの王太子が引き出してしまう。

 

 ――――つまらん。


 甘そうな唇、ほんのり色付いた頬、『幸せ』としか形容のしようがない目元。

 全てが王太子に向けられている。


 俺は、俺に向けられた感情を食べるほうが好きだ。

 なぜか脳裏に焼き付いている、令嬢の笑顔を消し去りたくて、新たな怒りの感情がどこかに涌いていないか、人混みの方へと歩き出した。




 ―― fin ―― 




最後までお付き合いありがとうございます!

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