軽い朝食
カーテン越しに陽光を感じ、私は朝の訪れを知った。
隣に置いてある時計に手を伸ばすと、針は朝の5時を指している。いくら早起きが習慣になっているとはいえ、朝の5時は流石に早いと感じてしまう自分がいた。
このまま二度寝するのも気が引けるので、重たい体をたたき起こし朝の準備に取り掛かる。
覚めきっていない頭で、昨日のことを思い出す。
あの出来事の後、教室に戻ると、白けた目で私を見つめる同級生達の視線が降り注ぐ中、教員からきついお叱りを受けた。きつい、と言っても日頃あまり目立った行動を取らない私のような人間に対しての処罰は、どんなに酷くても厳重注意に留まる場合が多い。教員からは予想通りの処罰が下され、その結果、私は事なきを得るのだった。
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一通りの準備を終えた私は、軽い朝食を取るために寮を出て校舎まで向かうことにする。
この王立コルテシア共同学園は基本的には寮制で、勉学面においてだけでなく、生活面においても様々な階級の者達が無差別に関わり合うことで共同性を学び合おう、というのが表向きの校風だ。
実際には、東の寮が庶民、中流階級用、西の寮が上流階級、更には王族関係者用とくっきりと分けられ、似た価値観の者同士だけが交流しあえる空間が成立している。余りにも違い過ぎる価値観は時に衝突を生んでしまうこともあるため、面倒ごとが起こらないよう学校側が試行錯誤した末の構造らしい。まれに、そこまで配慮がされている寮すら利用せず、毎日送迎をしてもらう者もいるようだが、噂話でしか聞いたことがない。
そして、そんな異質の校内において、唯一平等な造りをしている建物が勉学の場である本校舎だ。とは言っても、本校舎自体も東と西では使われる階が違うため、実質同じ建物にいても、その存在を意識したことはほとんどない。
時々、庶民の出や、中流階級出自の者が西側の人間達に憧れ、交流を図ろうとする場合もあるが、基本的に西側の人間は東側の人間を相手にはしないのだ。だから例えばそう、これから向かう食堂なんかは、共有スペースとして設けられている場所の1つではあるが、お互いにお互いを干渉し合わないのが暗黙の了解だったりもする。
そもそもこんな朝も早くから、誰かとの鉢合わせをすることのほうが難しいとも言えるが……。
そんなことを考えながら、軽い足取りで3階にある食堂へと向かった。
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食堂には、想像していたよりも多くの人が点在していた。
校内で朝活でも流行っているのだろうか、と思えるほど、食事をしながら勉強をしている者の姿が多く見受けられる。
その中の1人に、友人を見つけた。
「エメット、おはようございます。早いですね」
「あ、メルヴィン! おはようございます。昨日は大変でしたね」
友人は寝起き、ということもあるのだろうが、いつもならしっかりと結われているはずの上部の髪の毛が、今にも落ちてきそうである。
「私がやってしまったことですから、当然の報いです」
「そうそう、そこなんですよね。メルヴィンにしてはとても珍しい。最初に聞いた時は私も驚きました。一体あの才色兼備なメルヴィン・ローズに何があったのかしら……?」
「その言い方は止めてください。何があった、ですか。一体何があったのか実のところ私にもよく分かっていません」
「あらあら、そんなこともあるものなんですねぇ」
「それよりもエメット、髪の毛が今にも落ちてきそうです。私が直してあげますので、後ろを向いていただけますか」
「あら、それは大変だわ。では遠慮なくお願いしますね」
そう言って友人は私に背を向ける。私は友人の隣の開いてる席へと座り、彼女の薄茶色の髪の毛へと手をかけた。
「あの……エメット、アランから婚約破棄をされた話はもう既に周知されていますか?」
「はい、それはもちろん。私も誰かの噂話から情報を得ましたの」
「では、私の家の事情も?」
「ええ」
「そう、ですか……」
やはり、そういった噂は出回るのが早いものだ。分かっていたこととはいえ、今後自分を見る周りの目が変わってしまうことに、少し怖気づいてしまう。
「私で力になれることがあったら言ってくださいね?」
「お心遣い、ありがとうございます」
家柄的には中流階級の中でも群を抜いて上位に位置しているエメット・ブラウンがそう言うのだから、きっと彼女の言葉は本意なのだろう。
けれど、出来ることなら彼女とはずっと対等の立場でありたいと私は願っている。彼女はこの学園の中で出来た、忖度を交えずに話すことの出来る数少ない友人なのだから。
「ところでエメット、あなたは学園外において西側の方々とはそれなりにお付き合いがありますよね?」
「ええ、流石に学園内で表立って、という訳にはいきませんが、外の社交の場でしたら父に連れられて何度か行ったことがありますので。
まさかメルヴィン! 上流の殿方を紹介してほしいというご相談ですか!?」
なぜだか急に興奮気味に話す友人に私は気圧されながらも、自分が気になる話題へと話を戻していく。
「違います。つい先日お会いした方について聞きたいことがありまして、西側の方々ともお付き合いのあるエメットなら何か分かるかな……と、そう思っただけです」
「なるほどなるほど。そうでしたかメルヴィン。そういうことなら、このエメットにお任せあれ! ですわ」
友人は、私の話を聞くや否や、その優し気な声色を愉快に弾ませるのだった。
「分かりました。ではまず初めに、私がお会いした方の特徴から。その方は、銀色の髪に青色の瞳を有していました。私の予想では、上流階級または王族関係者ではないかと思っています。この予想についてエメット、あなたの意見を聞かせてください」
「そうですね。その方の特徴を聞いた限りではメルヴィンの予想通りだと思います。けれど、銀髪碧眼ですか……」
渋い顔をした友人は、そこから更に言葉を続ける。
「私もそこまで顔が広い訳ではないので断言は出来ませんが、少なくとも私が参加した上流階級の社交の場において、そのような方をお見かけしたことはありません」
「なるほど、そうでしたか……」
では一体、彼は誰だったというのだろうか。
もう二度と会うことはないと分かっていても、せめてその存在だけでも確認しておきたいと思ってしまう愚かな自分がそこにはいた。
「では次に、その方のお名前ですが――――」
言葉を続けようとしたその時、ゴーン、ゴーン、という重く鈍い鐘の音が辺りに響き渡る。
「あら、もうそんな時間でしたか」
友人の声で、朝礼の時間がもうそこまで差し迫っていることに気が付いた。
「……そうみたいですね。丁度髪の毛も結い終わりました」
「ありがとうございます、メルヴィン。そういえばあなた、まだ朝ご飯を食べていないのでしょう?」
「そういえば……忘れていました」
「では、私はこの辺で失礼しますから、後はゆっくりとしてくださいな。とは言っても優雅に朝食を楽しむ時間はあまりなさそうですが」
「どうやら、そのようですね」
「お話の続きはまた今度にしましょう。私とても楽しみにしていますから」
そう言って、友人であるエメット・ブラウンは早々に席を立っていってしまう。
どうやら気を使わせてしまったようだ。
話に夢中になるあまり、ここに来た目的すら忘れてしまうなんて……。
食堂に1人取り残された私は、部屋の中央に置かれたビュッフェカウンターから小さめのパンを取り、まるで作業のように黙々と食すのだった。
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