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二番目に大切な日。

作者: AgimOliver

 社会人になって最初の誕生日が来た。7月16日。人生の中で二番目に大切な日だ。


 学生の時が終わってから、人生はさらに流動的に加速していく。


 あの頃は何だったんだろう。学生時代とは何だったんだろう。


 当時を思い出す度、そんな思考が頭の中を支配する。


 目的、信念、生きがい。そう言ったものが、当時の自分には欠落していたように思えた。


 ただ朝六時に起き、学校に行って帰ってきてバイトに勤しむ。


 休日という休日もなく、かといって平日学校で遊ぶ友達もなく。


 成績だけは落とすまいと常に勉強だけは続け主席を維持し、同級生に威張り散らかすだけの日々。


 誇れるものは頭の良さだけ。それ以外には何もない空虚な人生だった。


 たったひとつ、趣味だった小説だけは二年半も続けた。


 ほとんど家に入れていたバイト代の残りカスでようやく買った安物のPCを愛用し、ファンタジーを中心にただ当時の感情を書き連ね。


 自分を表現する場所は、リアルではなく小説の中なのだと思っていた。


 しかしそれも、ただ惰性で続けていたにすぎない。今となっては、学生時代の自分がただ居場所を求めて物語を紡いでいたのだとわかる。


 友達はTwitterのフォロワーさんだけ。それも、吹けば飛ぶような軽い交友関係。親密な人など誰もいなかった。


 けど、そんな希薄な交友関係すら手放したくはなくて、皆に付いて行くため小説を書き続けた。


 毎日更新してPVは一桁。累計でも四桁には届かない。そんな典型的なド底辺。


 コンテストに出しても一次選考にすらかすりもせず、周りは良い成績を出して湧く。


 リアルで天才と持て囃された俺は、小説の世界ではモブだった。


 そして何の疑問もなく、その立ち位置に甘んじた。


 最初から、俺が名だたる作家様に並べるような存在だとは思っていない。


 ただそれでも、何か記録を残したいと思って、Twitterの皆に置いて行かれたくはないと思って縋り続けた。


 ……しかし無慈悲なことに、時間というのはすべての人間に平等に過ぎ去っていくものだ。


 学生の時は終わったのだ。


 俺はきっと、社会人になっても小説を書き続けるのだと思っていた。

 死ぬまでずっと、たとえ読まれることはなくともこの趣味を誇りに思うのだと信じていた。


 けれど、環境の変化というのは自分の想像よりも遥かに劇的なものだった。


 気が付くと、小説を書く手は止まっていた。未完成の作品を九本も残して。


 どれも誰にも読まれることのない空虚な物語。面白さも上手さもない素人の文。


 それらを残して、キーボードを叩く手は一切動きはしない。


 続けるどころか、再開しようとすらしなかった。


 二年半も熱中したあの世界に、こんなにもあっさり決着をつけたのだ。


 俺はTwitterで引退を宣言した。


 きっと、引くに引けなかったのだ。


元々才能なんてかけらもない。本気で小説家を目指す気概もなければ信念もない虚ろな男だ。


 たったひとつきっかけさえあれば簡単にやめられる。


 熱中していたというのは、ただの思い込みだった。自分にそう言い聞かせていただけだった。


 今だって、当時よりもさらに拙い文章を綴ることしかできない。自分の感情を叩きつけることしかできない。


 そこに、読み手に対する意識や配慮は一切存在しない。


 自分本位な文章。いつか、誰かに言われた言葉だ。


 こんな人間では、誰かの心に届く美しい物語などかけようはずもない。


 小説以外でだって、きっとこれからの人生大成することはないだろう。そんな信念欠片も持ち合わせていないからだ。


 学生時代が終わった最後の日。3月31日。人生で一番くだらない日。


 AgimOleverは物語の世界に蓋をした。


 社会人になって最初の誕生日。7月16日。人生で二番目に大切な日。


 AgimOliverは人生の美しさに蓋をした。


 人生で一番大切な日。7月16日。生まれた意味を理解した日。


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