第61話 竜王と幼稚な神様
――約1万年前に遡る
竜王はイライラしていた。
好物のランドタートルの卵が満足に食べられないのだ。
本来ならば牙で卵をかみ砕いて、その魔力と生命力に満ちた芳醇な中身を、なんなく食せるはずだったのだが。
歯が痛いのである。食事のペースが落ちてしまったため、卵から孵化して逃げ出す個体もあった。竜王はいらだちついでに子亀をつぶす。
ランドタートルは100年に一度産卵をする。つまり滅多に食べられない珍味である。
それに個体数も多くない。竜族の次に強い種族ではあるが。基本的にランドタートルは動かない、数年単位で眠り、たまに起きて食事をして、すぐに眠るのである。
ランドタートルは竜族にとっては捕食対象ではあるが、まれに、愚かで幼い竜族の子供は産卵期のランドタートルに襲い掛かり、親亀に返り討ちにあうということがあるが。それでも基本的には彼らは温厚である。
「ち、目障りなやつらだ」
ランドタートルは成長すると味が落ちるため、竜王としてはそんなものはもはや食料ではない。卵こそが最高の美食であると竜族は認識している。
今しがた孵化した子亀が竜王の指の隙間から逃げていく。
残り一匹、つぶし損ねた子亀は一目散に駆け出し人影に隠れる。子亀とはいえ、その人影と大きさはさほど変わらないが。子亀は本能的にその後が安全地帯だと確信したのだ。
――ち、奴がきたか。
竜王はますます不機嫌になる。
その人影は、子亀を持ち上げながら、不敵に笑い竜王に話しかける。
「やあ、竜王、調子はどうだい?」
竜王は、それでも姿勢を正し、いつでも行動できるような体勢を取る。子亀よりも若干大きいかどうかの存在に対し最大限の警戒をする。
「ふん、しらじらしいことを、我の牙に傷をつけておきながらよくも……」
竜王の牙には、神による罰で永遠に消えない傷がつけられていた。神経の隣の絶妙な位置に。普段は痛みを感じないが、牙に衝撃が入ると響く、実にいやらしい傷が。
「おやおや、それは君が僕に牙をむいた罰だよ。食事のたびに思い出すだろうね、キーンってなるだろう?
でも好物の卵を食べたい、うーん。つらいだろうね。でもね、それくらいで勘弁してあげてるんだ、君は僕に感謝すべきさ」
竜王はかつて神に背いたことがあった。大勢の竜族を束ね、人類よりも遥かに強大な勢力になり、調子にのっていたのだ。神に挑戦する者としての自負を持ってしまった。
とうぜん、創造主である神にその牙は届くわけはなく。彼らは一瞬で滅亡寸前にまで個体数を減らした。
神への挑戦によって個体数を減らした竜族は衰退し、ひっそりと勢力を伸ばしていた下等な生き物である人類に今や地上の覇権を奪われそうになっていた。
「それより、人類は確実に強くなってるよ? なんだっけ、メカドラゴンなんてカッコいい兵器を作り出したそうじゃないか」
「ふん、人間どもめ、おぞましい、我が同胞の屍に機械とやらを植え付けて生きる屍にされ、やつらの下僕にされた。まさか、貴様のさしがねか」
「いや、どうだろうね。少なくとも僕は直接関与してないよ。なぜなら、僕が今の人類に興味を持ってるくらいだから。それよりあれに勝てるかな?」
神は嘘は言わない。本当のことなのだろう、竜王も人類に対して少なからず評価を見直している。ここ数十年の間に、竜族で人間と戦って敗北した個体は少なくない。
それは王族の子も含まれた。だが、やつらは数でしかその価値はない。ならばこのランドタートルのように一匹残らずつぶせばいいのだ。
それに、やつらはこちらを滅ぼそうとしている。ならばこちらも滅ぼす以外にすべがない。当たり前のことだ。神には娯楽でしかないのだろうが。
だが、神の力は本物だ、我らが再び力を蓄えて、息子たちが我と同等の力を持つまで成長しても……勝てないだろう。
――ふ、忌々しい。
我は神に負けたのだ。だからといって人間には負けられぬ。
竜王は体を起こす。人類に対してはもはや慈悲はない。侵略しておいて反撃されれば慈悲を乞い自分たちの権利を主張する。それも自分たちの利益ばかりを主張するやつら。
言葉は話せても愚かである。……ふ、まあ精霊の声が聞こえない出来損ないの末路か……。いや、今の人類は脅威だ。我らも滅ぼされるかもしれない。ならば!
竜王は覚悟を決めると立ち上がる。
「我を誰だと思ってる? 最強のドラゴンである我に人類など勝てるはずもなし」
「それ、負ける感じのセリフだね、子亀ちゃんもそう思うだろう?」
神は子亀を持ち上げ頭の高さまで上げると目と目を合わせて話す。しかし子亀は状況を理解するはずもなく手足をパタパタさせるのみだった。
「ふっ……、愚かな種は滅びるがお前の口癖だったな、我がそうなら、きっとお前もそうなるだろうな、 ハハハ! 我にはできなくてもお前はいずれ誰かに滅ぼされる気がする。
それを思えば我も愚か者として堂々と飛べるのだ! さらばだ、神よ、いや……父上」
竜王は翼を広げ空の彼方へと消えた。
「さよならだな、ふう、僕の子はどいつもこいつも結局死にたがるんだよな。なあ子亀ちゃん、君は生きたいかい? うん? そうかい、なら頑張るといい。そうだな亀は何年生きるんだろうね」
亀は神に抱かれながら空中で手足をバタバタさせるのみであった。神は気まぐれにこの生き物に対しては何もせずにこの場を去った。
別に殺してもいいし、しなくてもいい、ならしないを選択しただけのただの気まぐれであった。




