5 特殊個体
ロックリザードは鉱石を主食とする魔物で、時には冒険者から奪った得物まで食べてしまうらしい。それらの成分が体内で結晶化したものは武器の加工に適した性質を持っているのだとか。
ダンジョンは基本的に階層が進むたびに生息する魔物が強くなる。
ロックリザードの危険度は第二階層の魔物にも引けを取らないという。
逆を言えば斃せさえすれば第二階層でも通用する実力を持っているということ。
腕試しには持ってこいの相手でもある。
ただ懸念があるとすれば。
「さっきの冒険者が言ってたことが気になるな……」
「今日はダンジョンが騒がしい、ですか」
「魔物が少ないルートを通って来たから幸いまだ魔物とは遭遇してないけど、懸念材料ではあるよな。まぁ、相手がロックリザードだからそんなに気にしなくてもいいとは思うけど」
「映画なら第一犠牲者の台詞ですね」
「前振りじゃないから。俺もちょっと不用意な発言をしたと思ったけど」
とはいえ、素材を持ち帰らないことにはダンジョンから出られない。
慢心を斬り捨て、過信を引き剥がし、用心してロックリザードの生息域に向かう。
「いよいよ実戦投入だな」
腰に差した星薙に手を掛け、軽く息を吐く。
速く試してみたいと思う反面、そう思うのは野蛮だろうかと自分を律する自分がいる。
冒険者なんて元々野蛮な職業なのだから、考えすぎかも知れないけれど。
「そもそもの話、実戦で使える代物なんですか? それ。質の悪い剣、ナマクラだと、言っていましたけれど」
「打った本人はそう言ってたけど、俺にはとてもそうとは思えないんだよな」
「具体的には?」
「……そう言われると説明はできないんだけど」
剣の製法なんてまるでわからない素人が、何年も剣を打ってきた鍛冶師の意見を信じられないなんて片腹痛いことだとは思う。
制作者本人が駄作でありナマクラであるというのなら、実際そうなんだろう。
でも、それでも、俺は素直にそれを認められないでいた。
この星薙と星の魔法で共鳴したから、なのかも知れない。
「まぁ、実際に使ってみればわかるさ」
「そんな賭けに出ずとも剣を置くのが賢明だと思いますが」
「置いたら星教会に持って行かれるだろ」
「人を泥棒のように言わないで。一声掛けます」
「結局、持って行ってんじゃん!」
油断も隙もない。
元星教会所属とあってシオンの思考はある程度理解できる。俺もまだ信奉者を続けていたら、同じ考えになっていたかも知れない。
星で作られた剣だ。星を重んじる星教会にとって、出来の善し悪しなど関係なくこれ以上の剣はない。
是非にと考えるのは自然なことと言える。
しかし、やっぱりこの星薙を渡す気にはならない。
「ダメだからな。星薙は末代まで受け継がせて――」
言葉を途中で途切れさせたのは、なにもシオンに言い換えされそうになったからじゃない。
悲鳴。
通路を反響してこの耳にまで届いた悲鳴が聞こえてきたからだ。
「シオン」
「えぇ」
緊急事態と見て当然のように体は悲鳴がした方向へと欠けていた。
この先はストーンリザードの生息域だったはず。
決して強い魔物ではないはずだけど、このダンジョンにおいて油断していい状況なんてない。万全の警戒をしていても、それでも命を落とすこともある。
ダンジョンに選ばれないというのはそういうことだ。
この通路の先にいる冒険者もダンジョンからの選別を受けて排除されようとしている。
「見えた」
前方に見えて来た二人の冒険者。
一人は尻餅をつき、それを庇うようにもう一人が剣を構えている。
守られている側は足を、守っている側は左手を、それぞれ負傷していて赤い。
遠目でややわかりにくいが流れ出る血の量は多いように見える。
相対しているのはやはりと言うべきか、ロックリザードだった。
見に纏う無骨な鱗はその色合いもあって、一塊の岩に目と口が付いているかのように映る。見た目通りの防御力を有していて生半可な武器では歯が立たない。有効なのはメイスやハンマーと言った鈍器で、岩を打ち砕くほどの膂力があれば苦戦するような相手じゃない。
もちろん攻略法はほかに幾らでもあるけれど、彼らはそれを持っていなかったみたいだ。
「待て。あいつ、なんで立ってるんだ?」
一塊の岩のように見えていた姿は、近づいたことにより解像度が増す。
ロックリザードの基本姿勢は四つん這いのはず。
だが、その個体は立ち上がっていた。
四足歩行から二足歩行へと移行し、人と同じ方法で頭部を持ち上げている。
あの特異な姿は。
「特殊個体か!」
魔物の突然変異によって誕生する特殊個体は、通常個体よりも遙かに強化されている。
肉体の強靱さ、骨の密度、鱗の強度に加えて凶暴性すら比較にならない。
特殊個体が相手では通常ロックリザードに用いる戦法は通じないし、どころか第一階層に挑戦しているような冒険者ではまず太刀打ち出来ないだろう。
「負傷者は私のほうで保護します。あの特殊個体を斃してください。出来ますよね、あなたなら」
「あぁ、もちろん」
鉱石を削り取って捕食するために発達した鋭利な爪が掲げられ、負傷した冒険者たちへと振り下ろされる。
消耗しきり、憔悴した冒険者たちには防御も回避ももはや現実的じゃない。
ただ死を待つばかりとなけなしに構えた剣の先が地を向いた刹那。
「ホロスコープ」
星の輝きがこの手元に集い、形を成して顕現するは弓。
「射手座」
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