3 星の刀
ずらりと並んだ刀剣の中から一振りの刀を選ぶ。
特筆して何かを語れるほどの特徴もない素朴な剣。
通常なら鍛冶屋の背景の一部として埋もれ、目にも付かない代物だ。
きっと今後俺意外にこの剣を意図的に選ぶものは現れないだろうとさえ思うほど、その刀は何の変哲もない。
強いて言えば鞘の模様が夜空に似て綺麗なことくらい。
けれど、たしかにこの刀から何かを感じてしまう。
「そいつは止めときな、兄ちゃん」
工房のほうから声がして、老年の男性が現れる。
白髪頭に白い髭、年齢を感じさせる皺を持ちながらも、その目付きは鋭い。
「こんなところに紛れてたのか。そいつを渡しな、蔵にしまわねぇと」
「売り物じゃないんですか? これ」
「とんでもない。そいつは俺が趣味で打ったもんだ。だが材料がよくなくてな」
「材料? いったいなにを?」
「星だよ」
「星?」
ぴくりとシオンが反応する。
星教会の信奉者としてそのワードは聞き逃せないらしい。
「夜に空を眺めているとたまに星が走るだろ? ある日、それが落ちてきたんだ。ただの石ころかと思いきや鉄で出来てやがる。とくりゃ打ってみたくなるのが鍛冶屋の性だ。それで出来たのがそのナマクラだ」
星。流星。隕石。
なら、この刀は隕鉄を打って作られたのか。
もちろん、隕鉄だけで刀は打てないだろうから、ほかの金属も混じっているのだろうけれど。
けど、それで納得がいった。
俺がこの刀に対して感じていた何か。
それは星の引力とも呼べるもので、星魔法の使い手としてこの刀と共鳴したんだ。
「素晴らしい剣ですね。是非とも星教会で買い取りを――」
「待て待て! 抜け駆けをしようとするな! この刀は俺が買う!」
「だから売り物じゃねぇって」
「そこをなんとか!」
最後の台詞は二人声を揃えてしまった。
星教会の信奉者とだけあって、星と名の付くものに目がない。
そう言えば隕石が衝突して出来たクレーターを聖地だとかなんとか、言っていた気がするし、隕石そのものを蒐集していたりもしていたっけ。
隕鉄の剣は言わば星の剣。
星教会としては欲しい代物だろう。
「いや、ダメだ。こんなナマクラのせいで死なれちゃ困る」
「では、なおさら星教会に。芸術品として丁重に扱いますので」
「それこそ困る。星教会に質の悪い剣を売ったとあっちゃ鍛冶師の名折れだ」
シオンが交渉する中、ふと隕鉄の刀に目を落とす。
奇妙な話ではあるけれど、呼ばれた気がしたからだ。
改めて見た隕鉄の刀はナマクラとは思えないほど美しい刃をしている。
まるで空に星雲が浮かんでいるかのような波紋は隕鉄を使用しているが故なのか、今まで見たことがない見事なもの。
芸術品という観点から見れば間違いなく名刀の位置づけだ。
だが、可笑しなことにこれらの特徴は、俺が実際にこの刀を手にするまで認識できなかった。俺が手にしたからこうした特徴が現れたとさえ、思う。
「やっぱり」
刀を持ち直し、縦に真っ直ぐに構える。
刀を見据え、峰を凝視し、神経を研ぎ澄ませると、また声が聞こえたような気がした。
「こうか?」
握り締めた柄から魔力を流す。
瞬間、星の輝きのように刀身が淡い光を纏う。
隕鉄の刀はこの瞬間を待ちわびていたかのように声を上げた。
いや、実際に音は発生しなかったけれど、たしかに胸の内に響いてくる。
「ナマクラだなんてとんでもない。この刀、買わせてください。お願いします」
「……」
誰の目にも止まらない素朴な剣は、今や誰もが目を惹かれる名刀へと変化した。
その事実に鍛冶職人の彼は目を見開き、かと思えば瞼を閉じて腕を組む。
それからすこしの間、沈黙が流れ。
「理屈はわからねぇが、剣がお前さんを選んだみたいだな。俺が打った時よりも剣が冴えてやがる。その状態ならダンジョンに持っていっても問題ないだろう。持っていけ。」
「やった!」
「ただし」
そう上手くはいかないか。
「今から俺が言う魔物の素材を持ってこい。そいつでその刀を打ち直す」
「そんなことができるんですか?」
「あぁ、まぁ一度打った刀を溶かしたところで使える鉄は限られてるが、それを補うための素材だ。俺にも鍛冶師としての意地がある。やっぱり一度ナマクラと断じたものは渡せねぇ。だから、立派な剣に打ち直させてくれ。それでいいか?」
「もちろん! あと、それで代金は……」
「趣味に値なんて付けられるか。打ち直しも俺の我が儘だ。いらねぇよ」
「いや、でもそれは」
「文句は受け付けねぇ。嫌ならこの話はなしだ」
そう言うことであれば致し方なし。
「大事にします」
「おう」
「蚊帳の外……でも、しようがありませんね。こればかりは」
不服そうだけど、シオンも納得してくれた。
「そうと決まればすぐにダンジョンに行こう。元から行くつもりだったし、ちょうどいい」
「骨と剣は拾ってあげますから安心してください」
「俺がヘマをして死ぬ前提で話を進めるな! あるいはお前に殺されるのか? 俺は!」
「あぁ、なるほど」
「その手があったか、じゃない!」
隙あらばって感じだ。
星教会にしてみればそのほうが都合がいいのはたしかだけど。
冒険者組合の深い懐によって忘れかけてしまうけれど、俺、追放された身だし。
「ちゃんと生きて帰ってこいよ」
「はい」
隕鉄の刀。星の剣。
この出会いはただの偶然ではないような気がする。
夜空に輝く星々の一部に呼ばれたような奇妙な感覚だ。
これは星魔法を持って生まれたことによる直感なのか、ただの気のせいか。
ともかく、使って確かめて見よう。
この出会いに意味があったのかどうか。
「そうだ。この刀に名前とかはあるんですか?」
「あぁ、名前か。そうだな」
一瞬、思考が挟まる。
「星薙」
腰に差した星薙を携え、必要素材のメモを片手に鍛冶屋を後に。
足は軽快にダンジョンまでの道のりを辿り、左手は星薙の鞘から離れずにいた。
「少しは落ち着いてください、足が速いです。子供ですか、あなたは」
「しようがないだろ。幾つになってもこう言うのが好きなんだ。わくわくする」
それは一度も途切れることなく、ダンジョンに辿り着いた。
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