2 鍛冶屋へ
「星詠みの巫女様による本日の預言をわかりやすく解説! 本日注意が必要な人はどんな人? ずばりコーヒーを飲んだ人でーす! 気を付けてないと取り返しの付かない事故に見舞われるかも知れませんよー! 最悪死にまーす!」
「なんだそりゃ」
街の真ん中に位置する魔晶板に映し出されてたのは、ここから離れた位置にある放送局内部の風景。通信魔法の発達によってここ数年の間に魔晶放送は急速な勢いで市民権を獲得した。
煉瓦造りの街並みに聳える、ある意味時代錯誤な最新技術。
初めて見たときはぎょっとしたものだけど、今となっては見慣れたものだ。
「うわぁ、マジか。今朝飲んじまったんだけど」
「俺なんて毎日飲んでんだぜ? 回避不可だろ、こんなもん」
「あたし上司に連絡して預言休暇もらおうかな?」
「つーか預言見る前に飲食するとか危機感足りてないんじゃないの」
「そんなこと言ったってこの前は朝食がまだの人とかあったぞ」
「もしもし? お世話になっております。えぇ、はい。先ほどの預言で、はい。はい。ありがとうございます。それでは……やった! 預言休暇だ!」
預言休暇は星詠みの巫女による預言によって出社または登校が困難となってしまった人に与えられる休暇である。社会人にとってはゲリラ的に発生する有給休暇のようなものでありがたい制度なのだとか。
預言休暇が発生するか否かは星詠みの巫女による預言に左右されるので特定の日付を狙うことができず、通常の有給休暇と被ることもしばしばあるようで魔晶板の前で悲鳴があがることも珍しくない。
運の良い人は三日連続で預言休暇になることもあるようで、昼間に学生がうろついていることもあったりする。かくいう俺も学生時代はよくこの制度を利用させてもらったものだ。
「ちなみにあなたは?」
「俺? 飲んでるけど」
すっとシオンは俺から距離を取る。
今にも爆発しそうな爆弾かなにか、危険物を見るような目をして。
「今日は止めにしましょう。きっと碌な事にならない」
「いや、そりゃシオンは星教会側の人間だからそうしたいんだろうけど。生憎、俺は星教会から追放された異端者だからな。べつに預言に従わなくったって平気だ」
「よく、そんなことが言えますね。かつてとはいえ星教会に属していたというのに」
「だからだろ。予言の的中率なんてせいぜい三割くらいだって知ってるはずだ。星教会の力で水増しされてるだけでさ。天気予報のほうがよっぽど信憑性があると思うぜ、俺は」
「確率が低いからと言って平気なわけではないでしょう。空砲になる可能性のほうが圧倒的に高くても、自分の頭に向かって引き金を引ける人は多くない」
「大仰な例え話だな。俺は星教会を抜けてから預言に左右されない人生を歩むことにしたんだ。ほら、見ろよ。コーヒー片手に平気な顔して歩いてる人だっている。まぁ、そんなに嫌だって言うなら帰ってもらっても構わないけど」
「……わかりました、説得は諦めます。ところであなたの身長は?」
「なんだ? 急に」
「亡くなったあと棺桶の中で窮屈しないようにという配慮です。まぁ、その頃には多少短くなっているかも知れませんが」
「いらない配慮だ! 絶対に教えるもんか!」
とはいえ、シオン自身の身長から目測である程度の当たりは付けられてしまう。
絶対に死なないようにしないと。
これは預言とか関係なく、ダンジョンに挑戦するなら常に持っているべき心構えだけれど。
「さぁ、行くなら行くでさっさと行きましょう」
「やけに物わかりが良くなったな」
「よく考えれば預言に反したのはあなただけですので。何があろうとも私は助かります。あなたが死ねば私も監視任務を終えられるので良いことばかりだなと」
「お前、人の貴い命をなんだと思ってるんだ」
「嫌なら帰ってもらって構いませんが」
「ぐぬぬ」
言い負かされてしまった。
それも珍しいことじゃないけれど。
「棺桶も預言も必要ない。今朝コーヒーを飲んだだけで死んでたまるか」
先を歩き始めたシオンを追い掛けるように魔晶板前から移動する。
ふと道の片隅に設置されたゴミ箱に目をやると、半端に口が付けられたコーヒーが大量に捨てられていた。
「あーあ、もったいない。新品も混じってるぜ、これ。後日にでも飲めばいいのに」
「持って帰りますか? 止めはしませんが三メートルほど間隔を開けて歩いてください」
「人を常識のない奴みたいに扱うな。流石にそんなことはしないから」
持って帰ることすら嫌になるのかと、そう思いながら無意識に足が止まった。
多くの人々が預言に従い、その日の行動を決めている証拠だ。
血液型占いなんて比じゃないくらいの影響力を持っている。
預言で殺し合いをしろと言われたら本当にやり始めそうな危うさすら感じるほどだ。
それに気がつけたのは皮肉にも星教会から追放されたからだったりする。
現状を変えようなんて大それたことは考えていないけれど。
「ライトさん」
「ん、あぁなに?」
「この地点で三メートルほどですが」
「持って帰らない! 持って帰らないから!」
あらぬ誤解を受けるところだった。
危ない、危ない。
「あ、そうだ。ダンジョンに行く前に寄りたいところがあるんだ」
「次のゴミ箱ならたしかあっちに」
「コーヒーの件はもういい! 鍛冶屋だよ、鍛冶屋。この前ふらっと立ち寄ったらいい剣があったんだ」
「あぁ、それで帯剣していなかったんですか。てっきり忘れているのかと」
「忘れてると思ってたなら指摘してくれよ。そのままダンジョンに行ってたらどうするつもりだったんだ」
「私の監視が終わります」
「その時は何が何でもお前を道連れにしてやるからな!」
そう決意を固くしていると件の鍛冶屋が見えてくる。
創業二桁は優にある年季の入った貫禄のある店構え。
店頭には数多の刀剣が並び、奥のほうではほんの少しだけ工房が見えている。
窯の熱気がこちらまで伝わってきそうだ。
「あった、これだ」
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