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牙をなくした獣

 ヘビの毒って、噛まれないと体にまわらないそうですね。

 ……だからと言って、飲みたいとは思わないけど。

 横から叩かれる水の礫を、外套についた頭巾を深く被ることで守る。ただ服が水を吸い、冷たさと重くなった服が自由を奪っていく。


 「すみません、道に迷ってしまって…………入ってもよろしいでしょうか?」

 岩場の影に隠れた灯りに声をかける。

 「……随分と珍しい。若者はここらに来ることなんてないのに、それに他所から来るとは。まず入りなさい、話は中で聞こう」

 しわがれた老人の声に従い、中にお邪魔させてもらう。


 *


 中は意外と綺麗な形をした穴だった。中央には机と椅子が置かれており、周りには寝具や本棚がぎっしりと詰まっている。


 「すまんな、外のものにはちと狭かろう」

 「いえ、ありがとうございます。こんな天気の日に雨を凌げるばかりか、暖をとれるなら何も言うことはありませんから」

 お爺さんはその言葉に、にかっと笑う。

 「それなら良い、にしてもここら辺にわざわざ来るとは何のようじゃ」

 「実は学者でして…………ここら辺の土壌調査を」

 予め用意してた言葉を口にする。学者ではないが、この下に用があるのであながち間違いでもない。


 「ほっほ、そうかい。その身なりからして、良いところのでじゃろ。それが、わざわざこんな田舎の過疎村に来るだなんて酔狂なヤツじゃの」

 「確かに、まあ部屋に居続けるのも退屈ですからね」

 互いに笑い声を上げて、反響音に辺りが満たされる。


 「実は、人文学にも興味がありまして…………、宜しければお話をお伺いしても?」

 「ほっほ、それより体を乾かすのが先じゃろ。そんなに急いても爺は逃げはせんよ」

 「ああ、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」

 近くにある箪笥を引き出しを開けようとするお爺さんを止める。


 「うん? お主、器用なやつじゃの。実に羨ましいわい」

 「と言っても、これくらいしか取り柄はありませんよ」

 外套は中に入る前と違い、布地は乾いている。


 「…………そうじゃの、ではそこに座れ。話なら、ごまんとあるがお主が知りたそうな辺りのことを話すかのう」

 「お願いします」


 *


 昔々のいつの頃か。

 原初の人々が集落を作り、小競り合いをしていた時代。

 天から落ちた落雷を剛力で捻じ伏せた鬼の王・大獄丸、輝く空を駆ける流星と呼ばれた鞍馬天狗、地を焼き払う劫火の火車。三強が互いの土地を奪い合うために争っていた。

 そして、そのどれもから怯えて囲まれてしまった蛟の一族。お陰で、毎度のように地が割れて砂塵が舞い、石の礫ですら鱗を突き破り、我々には防ぎようもない凶器であった。


 数々の蛟が影も残さず散っていった。当時の長は三強に迫る実力を持っていたが、守りを手薄にすれば不意を突かれ、一族が滅んでしまう。

 彼は牙を持っていようと、全面的に参加すれば苛烈な戦いに生き残るのは自身だけとも悟っていた。


 しかし、ある日その戦いに調停者が現れる。

 頭の上に耳はなく、尻尾もない。老婆よりも白い髪と赤い目をした体付きの細い男だ。

 初めは調停者に反発した者たちが次々と挑んだが、彼はのらりくらりと躱した。

 次からも調停者は手出しせず、酒を持ってきた。

 そして、それが何日も続くうちに輪が生まれ、大きくなり、最後には獣人族全体が酒を飲み始めた。


 男は後に常夜の基盤となる各長たちの議会を作った。男はすぐに消えたが、後にも続くことになる。


 だが、種族の格差がなくなったわけではない。どの種族も特徴はある。しかし、蛟の一族は危機察知能力は高いが、臆病な者たちが多かった。

 それは、今までの争いの傷跡。そして、今日まで背負うことになったものだ。


 陰鬱として、閉鎖的。そして、他の種族を知ったことによる劣等感。集落ではますます排他的な思想が蔓延り、過激なことを考える者たちも増えた。

 だが、嫌なことから逃げる性質は変わらないまま腐敗してゆく。


 時代は進んでゆき、外に出た一部のものが一時帰省してきた。

 彼らは我らの武器である毒を上手く使い、医者として大成した者たちだ。集落の者たちは彼らを妬んだ。眩しい場所にいる彼らを地の底でずっと待ち続け、暗く淀んでしまった目が憎しみを宿した。


 医者たちから知識を奪い、より高みへ。ただ相手を苦しめ、相手を殺すためだけの毒を作ろうとした。

 長い時間、研究を重ねた果てに、彼らは毒に呑まれた。

 恨みも毒の澱と混ざり、禍々しいものが生まれた。


 だが、それは近づくだけで精神を侵食していき、限界まで苦しませ、最期は激痛でもって死に至らせる。

 作ったものたちは既に混ざり合い、周囲へ徐々に染み込む。ただ世界を真っ黒に染め上げようとするどす黒い成れ果て。


 狂った歯車が全て溶け落ちて、衰退の一途を辿る一族に一条の光が差し込んだ。

 調停者がふらりと現れて、今や沼と言えるほど杯から溢れた中に進み、根源を破壊した。根源は蛟の多種族への妬み。故に、彼は三度ここに来ることがないよう、様々な場所に集落を作らせ、交流を求めた。


 *


 「……じゃが、また不穏な空気が蔓延しとるの。外が潤うたび、ここは荒んでゆく。子供を盗られたと見当違いのことで相手を睨み、偏見と頭の硬さを持つ者たちだけが今もここにおる。…………はぁ、バカばっかじゃ、若いもん達に嫉妬までしおって」

 悩ましげに目を下げ、深々とため息をついている。


 「あれ? 珍しいですね、黄金の君が出ないなんて」

 「ふむ、確かに彼女は話によく出てくるが…………実際はそこまで何もしとらんと聞いておる。あの建国話はそのままらしいが、他の話は脚色であろう」

 お爺さんは目を細め、遠くを眺めている。


 「そうじゃ、お主化けられるか?」

 「ええ、一応」

 突然の質問に驚き、そちらを向くとお爺さんはにかっと笑う。


 「下の道案内してやろうか?」

 「っ! いいんですか?」

 願ってもない申し出だ。このお爺さんが何であろうと、メモに書かれた場所に隠れて潜入するよりはお爺さんの付き添いでいた方が安全だ。


 「でも、…………何故?」

 お爺さんは髭に手をやり、しばしの沈黙の後、

 「歳をとると遠くがよう見えるようになる。未来ある若いもんの為になるならば、このぐらいはな」

 「そうですか、ではよろしくお願いします」

 「気にするな、年寄りの節介じゃからな」

 毒と薬は表裏一体。

 でも、あの毒と言って良いのか? は薬にはならなそう。


 関係ないけど、毒って紫のイメージあるよね。

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