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8.

「夜ご飯もすっごい豪華だったし、お風呂もすっごく広かったし、理夢ちゃんの家、やっぱりすごいね!」




 と、藪から棒に、茜が言う。




「それはようござんしたです」


「高級そうなステーキに、スープに、こんなどっかりとしたパン! もう、一生そんなもの食べられないんじゃないかな、って思うくらいだった!」




 それは大袈裟だ。と、言いたいところではあるのだが、これは私の価値観と主観が入り乱れたものによる物差しではかっているわけである故、実際にどうなのかはわからないので否定はしないでおこう。否定してしまうと、逆に嫌味だと思われてしまうかもしれないし。




「あとはもう寝るだけです。使用人の方に来客用のベッドを私の部屋まで運んでもらいました」


「来客用のベッドまであるんだね」


「ああ、そこはもう驚かない感じですか?」


「驚くことがいっぱいありすぎて、比較してしまうと、そこまで驚くことでもなく感じちゃってさ。感覚がマヒしてるのかな?」




 茜はそう言って、ベッドにダイブした。




「ん~ふかふか、やば~。すぐに寝れちゃいそう」


「電気、消しますね」




 スイッチを押し、照明を消す。視界には暗闇が広がる。




「……ねえ、茜。……茜?」




 私が呼び掛けても、返事がない。寝てしまったのだろうか。




「……理夢ちゃん」




 しばらくして茜の声が返ってきた。寝てしまったわけではなさそうだ。




「どうしましたか?」


「今、私、気づきたくないことに気づいちゃった」


「……なんです?」


「なんか、こ、怖い!」




 茜が叫ぶように言う。私はそれを聞いて、クスッと笑ってしまった。




「怖いのですか?」


「うん。こう、部屋の広さもあってさ、寂しさが急に心に押し寄せてくる感じ。暗闇が周囲を隠している、この感じ。そのせいなのか、寝ようとしても、怖くて、ね、眠れない……」


「それは大変ですね」


「落ち着かないから眠れない、なら良かったんだけど、怖くて怖くて眠れないんだよ!」


「まあ、でも、私はいつもここでこんな風にして寝ているわけですから」


「理夢ちゃんは……強いね!」


「……強い?」




 私はその発言の意味がよくわからなくて、訊いてしまう。




「あっ、べつに深い意味はないんだけど……」


「それは……わかっています。茜のことですから」


「わかってくれているんだ。なんだか……嬉しい?」


「嬉しい?」


「うん。お友達に自分のことわかってもらえるのって、嬉しくない?」


「……さあ?」




 私は素っ気なく返していたが、茜に言われて、私の頬が熱くなっていることに気づく。




「……早く、寝てください、です」


「寝たいんだけどね~……」


「寝れないときは夢の中で羊を数えるです」


「それ試したことあるけど、結局、羊を一億飛んで七万五百八十九匹数えて、気がつけば朝になってたよ」


「一秒あたり一匹だとしても……その数はさすがにおかしいのではないですか?」


「途中から、三レーン、五レーン、十レーンって感じで、羊を数えながら他の列の羊を数えるってことやってたよ」


「まさかの数え方です!?」




 器用な数え方に思わず私は驚いた。




「ということは、素数を数えていく方法も無駄に終わりそうですね」


「うん。そもそも、私のない頭だと素数じゃない数も数えちゃいそうだし」


「頭を使うと、余計に目が覚めてしまうかもしれませんね。……ふむ。では、どうしたら良いものか」




 結論が出る前に、私が寝てしまいそうだ。眠気も結構まわってきたし、茜のためにも早めに解決策を考えてあげなければ。




「……ねえ、一つお願いしても良い?」


「……なんでしょうか?」




 何か、厄介事の香りがする。これは、返事をせずに寝たフリをしてしまった方が良かっただろうか。




「理夢ちゃんと同じベッドで寝ても、良い?」


「……何故です?」




 理解不能だ。言っていることがわからない。




「いっしょに寝たいから」


「……まあ、良いですけど。私は隣に茜がいようが、たいして支障はないですから。一旦、灯を灯しましょうか」




 私は自分のベッドのすぐ横にあるテーブルランプのスイッチを押す。うっすらと灯が灯り、視界に広がっていた暗闇を灯が何処かへと追い払ってくれていた。




「添い寝、するね?」


「はいはい。です」




 私は面倒くさそうに言葉を返す。




「灯は点けっぱなしの方が良いですか?」


「……うん」


「では、このままにしておきますです」




 私は私の隣に茜が潜り込んできたのを確認して、再びベッドに寝転がる。すぐ隣に茜がいる、という感覚が私に伝わってくる。茜も同じことを思っているだろうか。




「あ、落ち着く……」


「それは、良かったです」


「ねえ、理夢ちゃん?」


「今度はなんでしょう?」


「ぎゅっとしても、良い?」


「は?」




 急に何を言い出すのだろう、と思った。眠気がまわってきていたのに、段々と私の目が冴えてきてしまう。




「それは……ダメに決まっているです」


「どうして?」


「さすがにそんなことをされてしまうと、体勢的に寝れないからです」


「そっか……じゃあ、諦めるよ……」




 茜は悲しそうな顔をして、俯いた。




「……仕方がないです。もう、どうとでもしてください」


「良いの……?」


「ええ。寝てくれないと、こっちが困りますので」




 言っていて、私は「アレ?」と思ってしまっていた。何故、私は茜が寝てくれないと困るのだろうか。その理由がわからない。理由はわからないのだけれど、でも、何故だか、茜が寝てくれないと困ってしまう。

 理由……理由……。……そうだ。きっと、茜が寝てくれないと、私が起こされる可能性があるから、困ってしまうのだ。そうにちがいない。

 私はそう思って寝返りをうち、茜の方を向く。




「茜……」


「ていっ!」




 茜の方を向いた瞬間に、私は茜に抱きつかれてしまう。やれやれ。私はベビーシッターさんではないのだが。




「寝れそうですか?」


「うん。なんか、怖くなくなってきた」


「それは良かったです」




 私はまたクスッと笑う。それはきっと、茜が子どもみたいなことを言うものだから、あまりにもおかしくて笑ってしまったのだろう。そうだ。そうだと思う。たぶん。




「理夢ちゃんが笑ってくれてる~」


「これは笑ったのではありません」


「えー、じゃあなんなの?」


「嘲笑したのです。茜を」


「酷ッ!」


「酷くないです。えっへん」




 私はそんなことを言いながら、茜の目を見た。茜の目は爛々と輝いていて眩しい。私みたいに、曇りのある目ではなかった。




「……あっ、良い感じに眠気が来てくれたよ。良い感じ……良い感じ……もうちょい、もうちょい……」




 そう言って、茜は目を閉じていく。もう、心配はいらなさそうだ。では、私も寝ることにしよう。




「…………」




 今度は私が眠れない。ミイラ取りにされてしまった……いや、茜は眠れているわけなのだから、茜に眠れない気、というやつを押しつけられてしまった、と言った方が良いのだろうか。しまった。まさか、今度は私が茜と似たような状態になってしまうなんて。似たような、とは言っても、茜とはちがって怖くて眠れないわけではないのだが。




「茜。茜……?」




 私は目を開けて、茜のことを見る。茜は寝息を立てて、ぐっすりと寝てしまっていた。




「寝てしまいましたか。あんなに寝れないと騒いでいた本人が」




 なんだか、ムッとする。この感情は……何処かに捨て去っておこう。今、こんな感情を抱いてしまっては、本当に眠れなくなってしまう。

 私は茜の方を向いたまま、再び目を閉じた。目を閉じれば、自然と眠くなってくるはずだ。生物というものは、そういう風にできている……のかは知らないけれど、たぶん、そういう風にできているのだから。




「……眠れない」




 ぽつりと呟いた。目を閉じても、なかなか眠れそうにはない。これは、緊急事態だ。どうにかして眠らなければ。でなければ、明日に響いてしまう。明日も一応休日だけれど、暇をしている時間はないので、それだけは避けなければ。


 ……羊。羊を数えよう。そう思い、私は羊を思い浮かべてみる。

 しかし、ここで、先程の茜の発言が蘇ってきてしまう。結局、朝になるまで数えてしまっていた、という発言だ。

 眠るために羊を数えているわけなのに、眠れない。つまるところ、羊を数えれば寝れる、というあの有名な謎理論は、嘘なのかもしれない。個人差はあるのかもしれないけれど、茜にはその理論が通用しなかった。茜が例外な存在であると仮定したとしても、例外が存在するということは、私もその例外に当てはまる可能性はある。羊を数えてみたところで、眠れないかもしれない。

 そんなこんな私は考えてしまい、結局、私はまた眠るために策を考え始める。負のループの完成だ。これの繰り返しで、私は眠れずに朝を迎えてしまうのだろう。

 まずい。まずい。まずい。沼に引き摺り込まれてしまった。この沼から抜け出すことは、容易くはない。




「…………」




 とか、そんなことを思った直後に手のひらを返すように眠気がやって来てくれた。

 訂正。沼から抜け出すことは、案外、容易くなくないようである。




 □■□■□




 そんなこんなで朝を迎える。グッドモーニング。一日の始まりだ。




「じゃあ、またね」


「はい、またねです」




 私と茜はそんなやり取りをして別れた。……はず、だった。




「ね、ねえ、理夢ちゃん……」


「あれ、どうしたのです?」


「帰り道、わからないんだけど……」




 それもそのはず。私の家はそもそも山奥にあるわけだし、私の家まで箒で飛んできたわけだ。おまけに、茜は方向音痴ときた。茜一人の力で、本人の自宅まで、帰れるはずがないのである。




「……乗ってください」


「また箒ぃ~!?」


「こっちは親切に茜を家まで送ってやるというのですよ。文句を言わないでください」


「あっ、そうだね……ごめん……。でも、箒は無理無理無理無理!」




 すっかり箒嫌いになってしまったようである。




「どーん、です」




 私は茜を無理矢理押して箒に乗せ、上昇し始める。決して、嫌がらせのつもりでやっているわけではないので、お間違えのなきよう。




「それでは、行きますですよ」




 私は箒を発進させた。結局、茜は帰りも空中から吐瀉物をぶちまけてしまった。今度も吐いた場所が人のいない山の中で助かった。……茜は助かっていないが。

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