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4.

 嗚呼、なんとも愚かな。人間の欲にまみれた感情というものがそこかしこに漂っていて、どうにも私には合わない空間がつくりだされている。拒否反応が尋常ではない。これは、生まれつきの習性、というものだろうか。

 だが、そんな習性を、私は多少なりとも変えたいとは思っている。このまま、窮屈に生きていくのはつらい。というのが、私の気持ちだ。




「…………」




 最近、人と関わりざるを得ない状況となってしまったことが、いくつかあったからだろうか。私の歩く世界が少しだけれど、変わってしまっているように見える。常に鬱屈とした気持ちでいたのに、何故だか最近はそんな気持ちが和らぐときがある。

 ……手遅れになる前に、これは捨て去らなければ。心から追い出さなければ。さもないと、これで私の心を掻き乱されてしまい、私自身が破壊されてしまうだろう。破滅へ、破滅へ、どんどん向かってしまうことになる。そうならないように、絶対に回避しなければならない。


 そう、思っていたところなのだが……。




「理夢ちゃん、理夢ちゃん!」


「あら、良かった。千夜泉さん。学校でも、お会いできましたね」




 最近、見知ったばかりの人間が、私の周りに近寄ってきていたのである。これは、バッドイベント。早急にこのイベントを済ませ、私にとっての脅威を払い除かなければならない。




「……あれ。そちらの方は?」


「邑夕和茜です! 理夢ちゃんのお友達の!」




 茜は早速私とお友達であるということをアピールしている。やはり、彼女も人の子、ということだろう。穢い。穢らわしいぞ、人間。




「『理夢ちゃん』……? そう。私も千夜泉さんのお友達の、熊昼野姫流よ」


「よろしく!」


「茜。熊昼野先輩は二年生です。親切な先輩さんです」


「わっとと! これは、失礼しました、熊昼野先輩!」


「ええ、よろしく。邑夕和さん」




 熊昼野先輩は笑顔で言うのだけれど、私にはその笑顔が邪悪に染まってしまった何かに見えてしまっていた。




「あっ。そうだ。熊昼野先輩。昨日はお世話になったので、これ、昨日のお礼です」


「あら、いいのに」


「魔女サブレと蜂蜜クッキーとチョコタルトです」




 私はそう言って、お菓子の入った大きい手提げ袋を熊昼野先輩に手渡した。




「もしかして、理夢ちゃんの手作り?」


「ええ。もちろんです。……茜、それがどうかしましたか?」


「はわ~」


「……茜?」




 キラキラした目で見られている。落ち着かない。これは、おそらく茜にどうしたのかともう一度聞いた方が良い場面なのだろう。




「……どうしたのです、茜」


「理夢ちゃんって、お菓子づくりができるんだねぇ~」


「まあ、そうですね」


「そうだ。折角だから、二人とも。これ、部室で食べましょうよ」


「部室ですか?」




 私はその単語を聞いて、首を傾げた。

 普通に考えて熊昼野先輩の部の部室なのだろうけれど、私は熊昼野先輩が何部に所属しているのかは知らない。今は放課後。大勢が所属しているような部活動であれば、その部室にはたくさんの人間がいる可能性がある。それは、私にとってまずいことだ。




「熊昼野先輩は何部に所属しているのでしょうか?」


「バドよ」


「バドミントン部ですか」




 それは、人が多そうな部活動だ。メジャーな名前の部だし、人は当然多いと見て良いだろう。ということは、今、私は差し詰め、ピンチ、といったところだろうか。




「……人が多そうな部活ですね」




 思わず、私の口から本音が漏れていた。一部分ではあったし、聞かれてまずいような部分ではなかったのが幸いだ。




「そう、思うじゃない? でもね、ウチの高校にはバドミントン部が二つあるのよ」


「へえ。そうなんですか」


「私は人が少ない方のバドミントン部の部員でね、私たちの方は部員が三人しかいないの」


「三人、ですか」




 その言葉を聞いて、私は少し安心したような顔をする。




「そう。三人しかいないから、だから、お願い。千夜泉さん、入ってくれないかな?」


「……それは、できない相談ですね」




 私はきっぱりと言っていた。




「……ああ、そうだ。茜は何か部活動に所属していたり、するのですか?」


「私? 茶道部だよ!」




 茶道部……茶道部……? 私は茜のペカペカした笑顔をジローッと見つめながら、頭の中を茜への疑問で埋め尽くしていた。




「……率直に言いましょうです」


「なあに?」


「茜。あなたは茶道ってイメージではないです。イメチェンするにしても、もっとマシな手段があると思うのです」


「酷い言われようだぁ……」




 茜はシクシクとその場で嘘泣きをしていた。




「……というわけで、熊昼野先輩。茜が茶道部を辞めてバド部に入るので、それで手を打ってくださいです」


「私、理夢ちゃんに売られた!?」


「邑夕和さんは……いいや……」


「…………?」




 熊昼野先輩と茜の間に、謎の隔たりがあるように感じる。さっきも、熊昼野先輩は茜に対して憎々しげな笑みを浮かべていたし、過去に何かあったのだろうか。お互い、初対面だと思ってはいたのだけれど、この感じを見るに、初対面ではなさそうだ。仮に初対面だとしても、熊昼野先輩は茜のことを一方的に知っている、ということになる。どちらにせよ、熊昼野先輩は茜のことを知っていた、という事項は確定的なものだ。




「あの、熊昼野先輩」


「うん? 何かしら?」




 意を決して、私はストレートに訊いてみることにする。




「熊昼野先輩って茜と何かあったのですか?」


「……えっ?」


「表情に出ていましたよです。浮かない顔をしていた、というか、苦手そうな顔をしていた、というか」


「そうね……」




 熊昼野先輩の顔から笑みが消えていく。人間の怖い部分が見えてきた。




「それは、またあとで話しましょう」




 熊昼野先輩はそれだけ言って、またニコリと微笑みを浮かべていた。




「茜。何か、やらかしたのですか?」


「ほええ? 心当たりはないんだけど……何か、粗相があったのなら、ごめんなさい! 熊昼野先輩!」




 額を自分の脚につけるくらいまで頭を下げて、ペコリと謝っていた。私もその茜の様子を見て、一応ペコリと謝っておく。




「あっ、いえ。なんでもないから。気にしないで」


「そうですか! それなら良かったでーす!」


「……なんでもないから」




 茜が見ていないところで、熊昼野先輩はスン、とまた真顔になり、茜のことを見ていた。やはり、何か因縁のようなものがある……?




「千夜泉さん。行きましょう?」


「は、はいです……」




 考えていても、謎は深まるばかりだった。




 □■□■□




「パクパクパクパク。美味しい~!

 理夢ちゃん、お菓子づくり、上手なんだねぇ!」




 茜はチョコタルトをパクパクと食べ進めていた。私と熊昼野先輩もお菓子を食べ始める。




「千夜泉さん、今度、お菓子のつくり方、教えてもらえないかしら?」


「ええ、良いですよ」


「ふふっ。千夜泉さんは、お料理系の才能があるのかもしれないわね」


「うんうん! 理夢ちゃんは、将来、私のためにお菓子屋さんを開くべきだよ~!」


「茜のために、お菓子屋さんは開かないでおきますです」




 茜だけ、食べ進めるペースが異様だし。私が茜のためにお菓子屋さんを開いてしまったら、茜に商品をすべて食い尽くされて赤字経営になってしまうことは間違いない。そもそも、お店というものはいろいろと大変なのだ。賃料、材料費、光熱費、人件費……他にもあるだろうけど、どれも、バカ高い額になることは間違いない。儲かれば良いけれど、儲からなかったら借金で自分の身が押し潰されてしまうだろう。


 ……あれ。そういえば、私は何故茜が店員前提である話をしているのだろう。茜がお客の立場であればこの話、むしろ食い尽くされてしまった方がうまい、というのに。


 ……茜という人間に、心を乱されている。しっかりしなくては。私は、人間とは相容れない存在。そういう存在であるということを、しっかりと意識しよう。私。

 自分の脳内に刷り込ませていけ。刷り込むのだ。刷り込むのだ。私が魔法使いであるということを。




「千夜泉さんは、秀でたものがあって羨ましいなぁ。私は特にないから……」


「熊昼野先輩もきっと、何か秀でたもの、あるですよ」


「あら、ありがとう。そう言ってくれると、嬉しい」


「見てくださいです。茜も取り柄が無いように見えて、場を騒がしくすることに関しては右に出る者がいませんから」


「何か、バカにされている気がする!?」


「……褒めています」




 たぶん。おそらく。褒めている、と思う。




「……ふふっ」




 私たちのやり取りを見て、熊昼野先輩はクスリと笑っていた。それを見て、私もどういうわけだか笑みを溢してしまう。




「ああっ!? 理夢ちゃんが笑ってる!?」


「な、何かおかしいことなのですか……?」


「ううん、嬉しい!」


「…………」




 嬉しい? 人間の考えることは、よくわからないものだ。




「ねえ、パクパク。理夢ちゃん、パクパク。これ全部、パクパク。食べちゃっても良いんだよね、パクパク」


「ええ、構いませんけど……茜、さすがに一人で食べ過ぎでは……?」


「えっ、そうかなぁ?」


「お菓子は砂糖の塊です。その砂糖は炭水化物の塊です。パクパク食べ過ぎてしまったら、ブクブクと太ってしまいますよ」


「そ、それは困るよ、パクパクパクパク」




 茜の考えることは、相変わらずよくわからない。困るよ、と言いながら、パクパクと食べ進める手を止めないのだから。

 行動が矛盾している。茜は、普通の人間とは少し、ちがうのかもしれない。




「太っちゃうのは困るけど、でも、理夢ちゃんがつくったお菓子が美味しいんだから、しょうがないよ!」


「……しょうがなくはないと思うのです」




 まあ、美味しい、美味しいと食べてもらえるのは悪くはないことだ。つくった側としては、そう言ってもらえるのはとてもありがたいことである。




「……たまにはこういう日も、悪くはないものですね」




 私はフッと笑みを浮かべて、私がつくったお菓子をパクパクと美味しそうに食べてくれている茜を眺めていた。

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