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2.

 ウトウトしそうなくらいのお昼寝日和。今日はまったりしたい。

 しかし、私は女子高生。平日は学校というものに通い、勉学に勤しまなければならない。私は魔法使いでもあるので、そっちの方も頑張らなければならないときた。

 となると、私にお昼寝する時間はない。それは、生まれたときから決められていた必然。お昼寝したい、という生理的欲求に私は逆らい、生きていかなければならない。これが、如何に苦に感じるものか。ええい。魔法使いなんぞ、今すぐにでもやめてしまいたい。何処かの誰かに譲ってやるから、私に自由と平和をくれ。切実に、そう思う。




「やあ、お悩みのようですね!」


「……あなたは、茜ですね。学校でもあなたは私に絡んでくるのですか。学校ではやめていただきたい」


「なんで?」


「あなたも……危ない目に遭ってしまいますよ」


「へっ?」


「ほら、見てくださいよ。周囲の目線。こちらに、注目が集まっているじゃありませんか」


「どれどれ……」




 茜は私に言われて、キョロキョロと周囲を眺めた。そして、また私の方に向き直る。




「たしかに、理夢ちゃんは、注目の的だね! やっぱり、学内のスターは私とはちがうね!」


「スター?」




 茜は何を言っているのだろう。あれは、スーパースターを見ている、のではなく、薄汚れた獣のような視線をこちらに向けている、というのが正しいはずだ。

 恐怖。震えが止まらない。きっと、あの者たちは、私を悪用しようと企み、今か、今かとチャンスを窺い、下種な思考に耽っている野蛮な輩にちがいない。今の状態のあの者たちと関わってしまえば、私はもちろんのこと、茜にも危害が加わってしまうだろう。そう。だから、私はなるべく目立たずに、端っこの方にいて、静かに過ごすのだ。それが、ベストな過ごし方。それを、茜に伝えなければ。




「あ、茜……」


「どうしたの? そんな、始業式の日に遅刻して教室を覗いたら誰もいなかったとき、みたいな怖い顔をして」




 私の表情を見るなり、茜はやけに生々しい例えを出した。あの、まさかとは思うのだけれども、それ、もしかして、実話なんじゃないのだろうか。




「バッチリ実話だよ!」


「茜。何故、私の心が読めたのです」


「うーん、直感?」




 あらま、末恐ろしい子。直感で私の考えていたことを当てられてしまっていた。しかも、それだけではなくて、返答まで考えていたなんて、彼女、まさか魔法使いとか超能力者とかだったりするのではないだろうか。




「茜。実は、魔法使いだったり、するのです?」


「んえ? そんなわけないじゃん」




 即答された。たしかに、読心術は魔法ではできないことだ。整合性は取れている。嘘をついているような素振りは見えないし、私を利用しようと考えているようにも見えない。茜は純粋な気持ちで発言しているのだ。




「ねえ、理夢ちゃん」


「なんです?」


「今日、放課後、いっしょに帰らない? なんなら、ウチ来て遊ぼうよ」




 茜は純真無垢な人間だ。たしかに、それは認めてあげよう。だが、これはさすがに罠だろうか。罠に引っ掛かってしまいそうな予感がプンプンする。茜の家にお邪魔したら、いきなりトラバサミとご対面してしまい、横から茜の両親が出てきて、生け捕りにされてしまう可能性は十二分にある。トラバサミは痛い。痛いのは嫌だ。それに、生け捕りにされて私の力が悪用されてしまうのは、魔法使いとしての汚点にもなってしまう。それだけは、避けなければ。




「失礼。私には用事があるので、お断りさせていただきますです」


「えー!? そんなぁ……」




 やめて。茜。そんな、捨てられた子犬みたいな目で私のことを見ないで。ウッ。そんな目で見られてしまったら、私は……。




「……仕方ありませんね。少しだけですよ」


「本当!? イェーイ、やったー!」




 あ、まずい。まんまと誘いに乗ってしまった。なんてことだ。もしかして、茜って意外に策士であるのだろうか。なんとも手強いヤツ。




「本当に、少しだけですよ?」


「うん、うん。おっけー、おっけー」




 お気楽な人間である。まあ、こんなお気楽な人間であるのなら、罠なんて、さすがに用意していないか。

 だが、私は警戒を怠らない。人は見掛けによらない、という言葉がある通り、茜に、実は裏の顔が存在している、という可能性は否定できない。どんなケースも想像して対処できるようにしていなければ、私は【私】として、生きることはできないのだ。内面は私、でも表面は狂って壊れてしまった道化を演じている何か……に成り下がってしまったら、それは、私にとって、幸せとは言えない。

 だから、必死に自分の心のプライベートゾーンを守らなければ。




「なるほど。心のプライベートゾーンかぁ」


「……茜。私の心、読まないでくださいです」


「へっ? 読んでないよ? 直感で当ててみただけ」


「じゃあ、当てないでくださいです」


「えー、ケチ」




 ケチ? ケチ……私はケチなのだろうか?




「私はケチではないと思いたいですが……」


「あっ、そっちのケチじゃないよ」




 どっちのケチだ。意味不明だが、茜自身に解説を任せるとしよう。




「えー、ヤダよ。解説とか面倒だし」




 そうきっぱりと言われて、私は「……うん?」といった感じで、頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされてしまっていた。




「まあ、とりあえず、今日はウチ、来て!」




 中々に強引に言われるので、私は面倒くさく思いつつも、茜の家に行くことに決めた。




 □■□■□




 放課後。チャイムが辺りに鳴り響き、授業の終わりを告げている。




「んじゃ、行こっか。理夢ちゃん」


「ああ、はい」




 私は茜に手を引かれ、半ば、飼い犬にリードを引かれてしまっている飼い主のような状態になって、そこら中を駆け抜けていく。




「あの。茜の家というのは、何処にあるのでしょうか」


「もうすぐだよ。あと二キロくらい」


「それは、もうすぐ、とは言わない距離なのではないでしょうか」


「まあまあ。細かいことは気にしなーい! 細かいことを気にしていると、逃げちゃうよ、幸福が!」


「……それは、大変ですね」




 とても、大変なことだ。




「あと二キロもあるのなら、箒を使いましょうかです」


「箒?」


「ええ。箒です」




 私はそう言って、懐から小さな棒を取り出した。




「これ、箒?」


「まあ、見ていてくださいよ」




 私はその小さな棒を空中に放り投げた。すると、棒は見る見るうちに大きくなり、ある程度の大きさにまでなると、今度は箒状に変形していく。




「うわぁ、すごい! これも、魔法?」


「いいえ。これは、魔法でもなんでもないですよ。こちらの棒に、特殊な術が掛かっているだけです」




 言いながら、私は箒をギターを持つような体勢で構えていた。




「急に、どうしたの?」


「箒におまじないを唱えます。そうすると、箒で飛ぶことができますので」


「へぇ~!」




 茜はワクワクした様子で箒のことを見ていた。




「それじゃあ、飛ぶ準備ができましたので、乗りますですよ」


「うん!」




 私たちは箒に股がり、地上に一旦さようならを告げる。




「道案内、よろしくですよ」


「了解!」




 箒は五階建ての雑居ビルよりも高い位置まで浮き上がり、発進準備が完了する。




「二キロなら、到着までだいたい二分といったところでしょうか」


「ええっと……一分あたり一キロだから、時速……」


「時速六十キロですね」


「車くらいの速さ?」


「ええ。それくらいは出るので、しっかり掴まっておいてくださいね? 物理法則の常識が通用しない代物で、空を飛んでいくわけなので」


「えっ」




 私が箒に「動け」という念を込めると、箒が勢い良くぶっ飛んでいく。障害物が目の前にあっても、お構い無し、と思えるくらいのスピードで。




「うわうわうわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ~ッ!?」


「振り落とされないように、本当に気をつけてくださいよ」


「それは無茶だってー!」


「道案内も頼みますよ」


「無理無理無理無理無理無理ーッ!」




 なんだか、一人で空を飛ぶときよりも、楽しいような気がする。こんな気分、はじめてだ。




「オロロロロロロロ……」


「茜、具合悪いです?」


「うん……箒酔いしちゃった。でも、ほら、あそこ。あそこが、もう私の家だから……」


「そうですか」


「ゆ、ゆっくり箒、降ろしてね?」


「もちろんです」




 私は、茜がこれ以上気分を悪くしないように、慎重に箒の高度を落としていった。




「さ、三半規管強いんだね、理夢ちゃんは……オロロロロロ……」


「ええ、鍛えていますから。それに、箒は、魔法使いの間では主な移動手段として用いられるので、これで酔ってしまっては、魔法使いとしてやっていけませんですし」


「そ、そうなんだ……オロロロロロ……」




 さっきから、数秒毎に吐いているので、私は茜のことが心配だ。まさか、こんなにも箒で酔ってしまうなんて、想像もしなかった。これは、私のミスだ。




「し、心配しないで、理夢ちゃん。私も意外に強いか……オロロロロロ」


「強いようには見えないですけど……」


「だ、大丈夫、大丈夫。船酔いに比べればへっちゃ……オロロロロロ」


「……へっちゃらではなさそうですね」




 今度から、茜を箒に乗せるときは、細心の注意を払うことにしよう。




「というわけで、いらっしゃーい!」


「お邪魔します、です。……あと、茜。元気になるのが早いですね」


「うんうん。元気だけが取り柄みたいなものだからねー。お菓子とジュース用意するからちょっと待っててね」


「……お構い無く」




 何気に、他人の家に上がるのは、はじめてだ。新鮮。これが、お友達同士の空気、ってやつなのだろうか。




「オレンジジュースとアップルジュース、どっちが良い?」


「どちらでも、お好きなように……」


「うんうん。じゃあ、メロンソーダにしとく」


「まさかの選択肢外が選ばれるのです!?」


「あれ? オレンジジュースの方が良かった?」


「炭酸飲料は苦手なので、では、オレンジジュースで……」


「おけおけ」




 なんやかんや、私はしばらく茜の家で過ごしていた。

 茜の家に、トラバサミが無いようで、ホッとした。良かった、良かった。

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