1-06 失墜
くそ! くそ! くそっ!!
どうしてこうなった!!
計画は順調だったはず。
あの馬鹿女が出てこなければ、夜会での婚約破棄なぞ仰々しいことはせず、でっち上げた不貞の証拠であのまな板女と婚約破棄できたのに!!
いや、この際、あの女は馬鹿だから仕方ない。
それよりどうして封筒に入っていたのが俺が偽装した写真ではなく、俺と女共の写真だったんだ!?
いつ撮られた?
いつすり替えられた?
誰が、何のために……!?
くそっ!
このままじゃあのことまでバレかねないじゃないか!!
「っ!」
廊下を勢いよく歩いていたクロフォードは動揺と混乱から前をよく見ていなかったため、横から姿を見せた少女とぶつかってしまう。
正しくいうとぶつかったのは、クロフォードと少女が接触する直前に間に割って入ってきた従者らしき男だが、今はどうだっていい。
後ろに飛ばされたクロフォードはイラつきのあまり相手の顔を確認することなく声を荒らげた。
「てめぇ! ちゃんと前見て歩け……よっ……」
しかし、ぶつかる予定だった少女の姿を目にするなり、クロフォードの語尾が萎んでいく。
その少女が驚くほど美しかったからだ。
歳は十七ほどだろうか。
腰まで伸ばした艶やかな白銀の髪を煌めかせ、人形かと思うほど整えられた美しい顔に埋め込まれたセレストブルーの瞳でクロフォードを真っ直ぐ見据えている。
天使。
その言葉が彼女のためにあるものだと思えてしまうほどの美しい少女がそこに佇んでいた。
「……オ、オリヴィア・ローウェル?」
目の前に舞い降りた天使はあの男が見せてきた写真の少女、オリヴィア・ローウェルであった。
写真でも綺麗だとは思ったが、写真以上に美しい……まるで芸術作品。
本当にこの世のものなのか……?
先程の怒りはどこへやら。
思わずオリヴィアに釘付けになるクロフォード。
「お怪我はありませんか?」
そして自身にかけられた男の声でやっとクロフォードは意識を取り戻す。
声の主は先程オリヴィアとの間に割って入りぶつかってきた従者。
顔をよく見ていなかったため気がつかなかったが、こちらもオリヴィアには及ばないながらもそこそこ顔立ちは整っていた。
紫がかった黒髪に、鋭い目つきの緋色の双眸。
こちらも見覚えがあった。
「おまっ!」
クロフォードは青年を指差してしまう。
何故なら青年はセドリックと一緒にいた従僕。
クロフォードが魔法で転ばせた使用人の男だったからだ。
わけがわからない。
なんでオリヴィア・ローウェルがここにいる?
なんでセドリックのところの従僕がここにいる?
ローウェル家とエバンス家は繋がりがあったのか?
だったら婚約者の俺が知らないはずがない。
何が、一体、どうなって……!?
あっ。
その時クロフォードはふと、オリヴィアという名前でひとつ噂を思い出した。
ギリスティア王国には神の愛し子と呼ばれる令嬢がいる。
誰もが目を奪われる見目麗しい容姿に、誰もが羨む多彩な才能を持つ令嬢。
しかし彼女は全てを兼ね備えているにも関わらず、婚約者がいない。
理由は婚約話が上がっても必ず流れてしまうから。
そう、彼女と婚約しようとすると相手の秘密が暴かれ婚約どころではなくなってしまうのだ。
人の運命を良くも悪くも変えてしまう彼女についたあだ名は。
『神の愛し子、起爆剤のオリヴィア』
ま、まさか!!
クロフォードはオリヴィアに向かって引きつった顔を向けると、オリヴィアは悠然と微笑んだ。
何も知らないとシラを切るような余裕なこの態度。
噂では数々の秘密の暴露は偶然だと言われていた。
もし、それが意図したものだとしたら?
自分の害になる者を、その噂を隠れ蓑に処分していたとしたら?
そう考えるとこの従僕がエバンス家にいたのも。
オリヴィア・ローウェルが目の前にいるのも。
全て説明がつく。
……ああ。
こんなことなら婚約破棄なんて考えなければよかった。
後悔先に立たず。
背後から聞こえてくるリアーナの金切り声を耳にしたクロフォードはオリヴィアの目の前から。
ただその場から逃げ出すことしかできなかった。