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オリヴィアお嬢様は婚約できない  作者: 玻璃斗
第1章 ウィリアム
3/15

1-03 大嫌いな婚約者


 ミーシャ・エバンス。


 彼女はクロフォードの婚約者であったが、クロフォードは金のことを抜きにするとミーシャのことが大嫌いだった。


 理由は三つ。


 一つ目は性格。

 ミーシャを一言で表すと気が強い。

 意見があれば相手が誰であろうと進言するし、不満があれば抗議もする。

 人によっては芯があると褒める者もいるようだが、クロフォードが伴侶に求めているのは男を立てる慎ましさ。

 そんな度胸、不要でしかなかった。


 二つ目は容姿。

 ミーシャは青みがかった灰色のショートヘアにスラッとした長い手足。

 顔も愛らしい見目ではないが、悪くはない。

 金のため目も当てられない不細工と婚約した奴に比べればまだましだとは思うが、問題が一つある。


 胸が()()()()

 男ではないかと思ってしまうほど発育していないのだ。


 豊かなものが好みのクロフォードにとって、あの体型のどこに興奮すればいいのか。

 将来の夫婦生活を考えるとため息しか出てこなかった。


 最後に。ミーシャの兄に対する敬愛だ。


 確かにあいつの兄。

 セドリック・エンバスはかなり有能だ。


 十年前に起きた革命戦争で共和国になり平民でも多少意見が言えるようになったとはいえ、まだ貴族の権力が強いアリアス。

 しかもエバンス家はミーシャの父親の世代で称号を買ったのでまだ爵位を拝命してから数年しか経っていない。

 貴族としての歴史も浅く、なおかつセドリックの歳は二十七と若い。

 そうなると他の貴族との繋がりはそこまで深くないはず。


 にも関わらず彼はこのアイリア共和国の政治に口出しできるほど、政府内で地位を持っているのだ。


 本人が優秀だからこそ得られた結果だろう。

 そんな敏腕な兄を尊敬するのはわかる。


 だとしてもクロフォードがミーシャと会うたびにやれ


『兄のように未来を見通す幅広い視野を持ち、無駄遣いは控えてください』

 だとか。

『兄のように地位に溺れず、権力の笠に着た行動は控えてください』

 だとか。


 兄を引き合いに、自分の行動にいちいち口出ししてくるミーシャをクロフォードは煩わしく思っていた。

 同じ空間にいるのも嫌になってくるほどに。


 今もこうやって。


「クロフォード様。また領民への税をお上げになったと伺いましたが如何なものかと思います」


 ミーシャと顔を合わすことも。


「兄も申しておりましたが、民が私達を豊かにしてくださるのです。ですから私達は民のために尽くさなければなりません。苦しめる行為は言語道断。即刻お止めになるべきです」


 会話を交わすことさえも。


「聞いておりますか?」

「ええ。勿論」


 クロフォードにとっては苦痛でしかなかった。


 だったらあの麗しき令嬢に乗り換え終わるまで会わなければいいだろうと思うところだろうが、婚約破棄の目的を果たすためには事前にミーシャに会う必要がある。


 だから、クロフォードは『顔を見たくなった』となど自分で口にしていて背筋の凍るような理由をつけミーシャに会いにわざわざエバンス家まで足を運んだのだ。


 はぁ……あれを手に入れるために少し顔を出しただけなのに、どうしてこんな小言を聞かされる羽目になるんだよ……


 目的があるとしても、苦痛なものは苦痛。


 とっとと帰りてぇ……


 エバンス家の客間に向かう廊下で機嫌の悪さを露骨に顔に出すクロフォード。


「クロフォード様……!」


 一向に耳を傾けようとしないクロフォードにミーシャは再び物申そうとする。


 が、クロフォードの願いが通じたのか、説教が始まる前にミーシャの注意は突き当たりの角を曲がった先に現れた人影に向いた。


「お兄様!」


 そこには青みがかった灰色の長髪を後ろで一つにまとめ右目に眼帯をした青年が立ち話していた。

 彼はミーシャが尊敬してやまない相手であり、本日のクロフォードの目的の一人。


 セドリック・エバンスだ。


 ミーシャは婚約者であるはずのクロフォードを放ってセドリックに駆け寄った。


「お兄様、何をされていますの?」

「え、ミーシャ? あ、ああ。ちょっとね」


 慌てて相手との話を切り上げるセドリック。

 ミーシャの後についてくるクロフォードに気がついたようで驚いたように目を瞠った。


 ん? なんだ?


 クロフォードが怪訝顔をすると、セドリックはすぐに笑顔を繕う。


「クロフォードさま、いらしていたのですね。ご挨拶できず申し訳ありません。ご無沙汰しております」


 セドリックはクロフォードに対し右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出す。

 なんとも貴族らしい丁寧な一礼。


 クロフォードは作り笑顔で応えた。


「いえ。セドリックさんが最近政治にご執心なのは存じておりますから。しかし最年少で外務事務次官の地位に就かれるとは。流石鬼才と呼ばれるだけある」

「そんなおそれ多い。私なんてまだまだ若輩者ですよ。クロフォード様は最近いかがでしょうか? その、領地の地代を引き上げたと伺いましたが」


 ……お前もか。


「ええ。ご存知の通りクルーニー家は年中金策に走っておりますゆえ」


 この話題を避けたいクロフォードは皮肉混じりに返す。

 セドリックはその意図を察したのか気まずそうな表情をしたが、話を変えることはしなかった。


「ご気分を害してしまったのであればお詫びいたします。ですが、限度というものがあるかと」

「限度?」

「はい。ブノア領民達は今年の凶作で明日の生活さえままならないほど苦しんでおります。もっとその。ご自身の生活も鑑みられてはと……」

「なるほど」

 クロフォードはセドリックを睨み付けた。


「あなたは俺に人をやめろとおっしゃるんですね? がりがりに痩せた上にみすぼらしい服を来て舞踏会に出席しろと」

「そ、そういう意味では……!」

「少しでも生活の質を落とせばすぐに噂になりますよ。上級階級の地位を保ちたければ、醜聞は厳禁。貴族の仲間入りを果たしたあなたならご存じかと思いましたが」

「ですが……!」

「クルーニー家が没落して困るのはあなた達もでしょう。多少の犠牲は致し方ないとは思いませんか?」


 クロフォードはセドリックに歩み寄り、彼の肩に手を置いた。


「今の我々の地位を保つためには」

「………………」

 下唇を噛みしめ言葉に詰まるセドリック。


 全く、お前らこそ爵位を金で買ったくせに。

 貴族の俺に金がどうとか意見するなんて、図々しい。


 クロフォードが鼻を鳴らすとふと、セドリックの後ろにいた燕尾服に身を包んだ青年が目に入った。


 先程までセドリックと会話をしていた相手だ。


 青年もクロフォードに気がついたようで会釈をする。


 紫がかった黒髪に切れ長な緋色の目。

 加え、長身に端正な顔立ちという見目の良さ。

 年は二十……もしかしたら十代後半。

 燕尾服に付き従うような態度を見るに貴族ではなく労働階級者。


 容姿、年からおそらく従僕だろう。


 なんだ。人には節制しろというくせに、自分達はこんな容姿のいい奴を新しく雇い入れているとはな。

 赤目で安上がりかもしれないが、そんな金があるなら俺らに寄付すればいいものを。


 クロフォードがそんなことを考えていたその時。


 面を上げた使用人の男が小馬鹿にするような笑みを浮かべたのだ。


 はぁ!?


 クロフォードが再度青年に視線をやると、青年は既に無表情に戻っていた。


 こいつ、まさか。

 使用人の分際で俺を馬鹿にしたのか……!?

 お前のところの教育はどうなってるんだ!


 クロフォードは目で抗議するが、セドリックは俯いたまま。


「立ち話もなんですから客間にでも」

 目を合わせず客間に足を向ける。


 ……地代のことといい、使用人のことといい、人を虚仮にしやがって!


 歯を軋ませたクロフォードは、セドリックを歩き出すのを見計らい、左手でズボンの左側のポケットの中にあったビーズのような小さな玉を取り出し、音を立てないよう床に散らばした。


 次に右手で右側のポケットに入っていた小箱に触れると頭の中で念じる。


『這え』


 と。


 その命令に反応した小さな玉達。

 蛇のように細い縄の形に姿を変えるとうねり出し従僕の青年の足に向かい廊下を這いだした。


 そしてセドリックと青年が重なる時を狙い。


()()()


 クロフォードの指示に合わせ蛇は震え出すと。


 パンッ。


 乾いた音を立て小さく破裂した。


 その音に足を取られた青年の身体が揺らぐ。


 いけ……っ!


 クロフォードがほくそ笑むと青年はそのまま前にいるセドリックにぶつかり……


 そうになったが、クロフォードの予想とは違い、倒れたのは青年一人だった。


 後ろを歩いていた青年が突然倒れてきたことにセドリックは驚きの声を上げる。


「だ、大丈夫!?」


 青年を助け起こすセドリックを見下ろしながら、蛇が煙のごとく消えるのを横目で確認しながらクロフォードは眉にシワを寄せた。


 ……こいつ、まさか俺のやろうとしたことに気づいていたのか?

 いや、だったら魔法を使って自分も転ばないようにするだろ。


 現に。


「怪我とかない?」

「問題ございません」

 青年はクロフォードに責めるような態度を向けてこない。


 勘違いか。


 そう結論付けたクロフォードは、青年からセドリックに視線を変え一方的に告げた。


「セドリック様。申し訳ありませんが私の用は終わったので客間は必要ありません。失礼いたします」

「え?」


 クロフォードは踵を返す。


「クロフォード様!?」

 セドリックは戸惑いの色を浮かべながら、床に膝をついたままの青年と玄関に向かおうとするクロフォードを交互に見やる。


「気にしないでください」

 すると青年が膝の埃を払いながら遠くなるクロフォードの背中を呆れた表情で見据えた。




()()()()()()()()()()


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