1-02 隣国の美しき令嬢
くそっ! くそっ! くそっ!
どうしてこうなった!?
ミーシャとの婚約破棄の計画は順調に進んでいたはず。
それなのに何故。
俺の方が断罪されなければならないんだ!
あの馬鹿女が舞踏会に乗り込んできたからか?
封筒の中身が入れ替わっていたからか?
それとも……!!
冷たい大理石の床にへたり込んでいたクロフォード・クルーニーは目の前に立ちはだかる少女と青年に視線をやる。
どちらも目を奪われるような器量の良い顔立ち。
この状況でなければ恍惚と嫉妬の視線を向けていただろうが、今のクロフォードには見惚れる余裕などない。
何故なら彼女らの端正な顔に浮かべられているその笑みが、どこか不気味さを帯びているように感じたからだ。
……やはり。
こいつらは俺の計画を知っていたんじゃないか?
俺は嵌められたのか……!
この女。
『起爆剤のオリヴィア』
に!
=====
「オリヴィア・ローウェル?」
それは取引を終えた後、男が口にした名だった。
いつもの物を引き取り悠々とソファにふんぞり返っていた茶髪にタレ目の青年。
クロフォード・クルーニーは首を捻った。
「聞き覚えがあるような気がするが……誰だ? そいつ?」
「アーネスト伯爵の令嬢です」
「ああ、隣国の辺境伯のか」
「はい」
男は頷きながらクロフォードの目の前に一枚の写真を差し出す。
写っていたのは一人の少女。
透き通った白い肌にサイドを三つ編みにした滑らかな長い白銀の髪。何より印象的なのは宝石のように煌めくセレストブルーの大きな瞳。
惚れ惚れする美しい少女がそこに映し出されていた。
クロフォードは写真を手に取り感嘆の声を上げる。
「うおっ、すげぇ美少女」
「お気に召しましたか?」
「そりゃあ、これだけの綺麗な女。男ならならものにしたいって思うだろ」
しかも少女はクロフォード好みの豊満な胸を持っている。
ここまでの上物は高級娼館でもなかなかお目にかかることができない。
この顔立ちとスタイルに加え伯爵令嬢となれば社交界では引く手あまただろう。
「けどこの美少女がなんだっていうんだ?」
噂話好きな貴族の夫人方ならまだしも、クロフォードは取引のためにここにいる。
美人は目の保養になるといっても、わざわざ知り合いでもない令嬢を話題にする理由がクロフォードにはわからなかった。
怪訝顔のクロフォードに対し、男は笑みを浮かべ思わぬことを口にした。
「彼女をあなたの婚約者にしませんか?」
「はぁ?」
クロフォードは片眉を上げた。
貴族で身分が高く、容姿もスタイルもいい女なんてそうそういない。
婚約できるものなら立候補したいとクロフォードも思うが。
「俺にミーシャっていう婚約者がいることぐらい知ってるだろ?」
クロフォードには将来を誓った相手がいる。
といっても愛を育んだゆえの結果ではない。
クロフォードの生家。
クルーニー家は、アリアス王国時代から代々ギリスティア王国国境付近に領地を持つ由緒正しきブノア子爵。
しかし、クロフォードを含めた子爵一家の金遣いの荒さとここ数ヵ月の長雨による領地の凶作で収入が激減。
没落貴族になりかけていた。
上流社会から転落したくないブノア子爵は金で称号を買った、所謂、新貴族と呼ばれるエバンス家。
カーラス男爵と繋がりを持ち、援助してもらおうと考えた。
繋がりの手段として一番定番なのは子供同士の婚約。
そこで白羽の矢がたったのは、ブノア子爵の跡継ぎであるクロフォードとエバンス家の末娘ミーシャであった。
クロフォードが家長を継げば、エバンス家は正式に貴族の仲間入りを果たせ。
クルーニー家はエバンス家の援助でお家の立て直しを図れる。
権力と金のため。
ミーシャとの婚約はそれ以上もそれ以下でもなかった。
だからより好条件の相手、隣国の辺境伯の令嬢との婚約。
この提案に飛びつけるものなら飛びつきたかったが、今のところは取引のおかげである程度金の融通は利くとしても、金のなる木を逃すのも惜しくもあった。
そんなクロフォードの気持ちはわかっていると言わんばかりに男は大きく頷いた。
「ええ、事情は聞き及んでおります。ですが、金があっても身分を弁えていない。子爵のあなたより地位の低い新貴族にも関わらず貴方を疑い、身辺を調べている方と付き合うのはいかがなものかと」
「あー。そういうこと」
ここ最近クルーニー家を色々嗅ぎ回っている連中がいるという話は、クロフォードの耳にも入ってはいた。
おそらくそいつらはエバンス家の連中で、男もその噂を聞き、この取引が明るみにならないか危惧しているのだろう。
「安心しろ。バレちゃいねーよ」
「しかし、不安要素は早めに排除するべきです。貴方が昨晩お相手されたご令嬢のことを愛しているなら話は別ですが」
「まさかリアーナのこと言ってんのか? 冗談。あんな地位も金もない、頭も悪い、栄養が胸にだけいった女。遊ぶ分にはいいが、誰が引き取るかよ」
「では、私はローウェル家にあなたのことを押しておくので、彼女と婚約が進められるよう御身を綺麗にしておいて頂けますか?」
男は笑みを浮かべたままクロフォードの同意を得ようとする。
有無を言わせないこの雰囲気。
「……なるほど、邪魔ならとっとと切り捨てろ、ってわけね」
ミーシャの奴。
女の癖に婚約者だからっていちいち俺のやることなすことに干渉してきてうざったかったんだよな。
金のためだと我慢してきたが、あいつよりいい相手が見つかったのであればもう用はない。
クロフォードは写真に目を落としながらにやりと笑った。