8. 骸骨と藁人形とドラゴンの血
突然リュウ・シエンが思いもよらないことを尋ねてきたので、マリーは呆気に取られた。
しかし、『契約恋愛』を早く成就するために努力しようとしてくれているのだと理解して真剣に悩み始めた。
「そうですね、まず私のこの趣味を理解していただける相手が良いですね。自分でも変わった趣味だとは自覚しておりますが、否定はして欲しくないのです」
社交界で交流する他の令嬢たちは、刺繍だとか楽器の演奏だとかが趣味だと口元に扇を当てながらオホホと話していた。
そんな場でマリーは己の趣味を曝け出すことは出来なかったので、適当に読書だとか何とか言って誤魔化したことも何度もあったのだ。
「成る程な。俺はこのマリーの趣味はとても面白いと思うぞ。あとは?」
「あと?」
「外見とか、雰囲気とか性格とか、色々あるだろう」
サラリとマリーの趣味を肯定したリュウ・シエンは、カボチャ頭をしておきながらマリーの好みの外見だのなんだのを気にしているのだ。
なんだか可笑しくなって、マリーはクスクスと笑いを零した。
「なんだ? 何が可笑しい?」
「いいえ、だって外見の好みなんてこの契約恋愛には不要なものではありませんか。リュウ・シエン様はカボチャなんですから。うふふ……」
契約恋愛をスムーズに完了する為に聞いているのであれば不要な項目である。
随分とリュウ・シエンに遠慮がなくなってきたマリーはつい本音を漏らしてしまった。
「確かに、今は関係ないが……。では、嫌いな性格とか、して欲しく無いこととかあるだろう?」
「そうですねぇ……。女ったらしで自分勝手で、相手の気持ちを考えられないような人は大嫌いです」
「それはまさか、幼馴染のことか?」
マリーに婚約を申し込みに来るという幼馴染はそんなに男のクズのような奴なのかと、リュウ・シエンは声を低くして問うた。
「そうです。あの幼馴染のアルバン・レ・ガルシアはそういう最低な男なんです。そんな人と婚約をしなければならないなんて、そりゃあ貴重な惚れ薬を飲みたくもなりますよ」
「確かに……」
そう呟いたきり、リュウ・シエンは黙り込んで何やら思案しているようだ。
「少し、部屋の中の物を紹介してくれないか? 珍しい物が多くあるようだ」
「よろしいですよ。それではこちらは特にお気に入りの品なのですが……」
そう言ってマリーが取り出して来たのは等身大の全身骸骨だった。
「約百年前に亡くなった男性の骨を恋人である女性が石膏で作り直した物だそうです。よほど愛してらっしゃったんでしょうねぇ。ほら、こちらが死後に自分の骨で作るようにと頼んでおいたその女性の骨です。もちろんこちらも石膏で出来ていますが」
奥からもう一人分の全身骸骨を取り出して、マリーはうっとりと語った。
「ほう。確かに愛する者を死後もそばに置いておきたいという気持ちは理解できるな」
「お分かりになりますか⁉︎ 本当に愛していないとここまでしませんよねぇ。姿絵でもなく骸骨を保管するなんて……」
「まあ、人それぞれ好みはあるからな。それが骸骨であったということだろう」
このマリーのお気に入りの骸骨たちは、今までフランクだけでなく幾人かの友人や使用人にも紹介したが、皆気味が悪いという反応でがっかりしたのだ。
マリーのこの気持ちを理解してくれる稀有な仲間が見つかったと、それだけでもリュウ・シエンに対する好感度は少々アップした。
「リュウ・シエン様はもしかしたら私の趣味仲間になれるかも知れませんわ。それでは次のお品は……」
次にマリーが運んできたのは藁でできた人形で、一緒に大きくて太い釘のようなものと、金槌を添えてある。
「こちらは異国のお人形なんですけれど、どうやらこれを呪いに使うようなのです。夜中に木に向かってこちらの人形をこの釘で打ちつけると願いが叶うのだとか……。詳しいお作法があるようなので、今それを研究しているところなんです」
やはりマリーは恍惚とした表情で藁人形を優しく撫でた。
すると、カボチャ頭を藁人形へと寄せたリュウ・シエンは腕を組み頷いてから口を開いた。
「なるほど。これは芻霊とよく似ているな」
「スウレイ? ですか?」
「俺の国ではるか昔からある副葬品だ。願いを叶えるというのは知らないが……」
なんだかこの怪しげな空間で、二人の話は意外にも盛り上がっている。
少なくとも、今までこの部屋で長い時間過ごせた者は侍女のエマとマリー以外にはいなかったのだ。
皆、気味悪がってさっさと出て行ってしまうのだから。
マリーは案外このカボチャ、もといリュウ・シエンのことを嫌いではないのかも知れない。
人のことを馬鹿にしたりしないし、マリーの話を真剣に聞いてくれているからだ。
「それで、これは何だ?」
「ああ、これは魔法のインクです。これで呪文を書くと願いが叶うとか叶わないとか……」
「叶わないのか?」
「まあ、それは今研究中です。ちなみにこのインクは『ドラゴンの血』だと言われています」
赤黒いインクの入った小瓶を、リュウ・シエンは物珍しそうに見入っている。
マリーはなんだか嬉しくてそんなリュウ・シエンを見つめていた。
すると、カボチャ頭のくり抜いた目の部分から、チラリと黒い瞳が見えた気がした。
「あ……」