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31. 最終話 家族


 ロンハオ商会は、その後もやり手と言われる商会長リュウ・シエンと、その愛妻であり良き仕事のパートナーであるマリー夫人とで大きく事業を拡大した。


 リー・イーヌオと弟のリー・ハオランは相変わらず忙しく商会の仕事に励んでいる。

 こき使われているとは言いながらも、結局リュウ・シエンのことが好きらしい。


「リー・ハオラン、最近の『責任は取らないマーサの魔法と魔術道具の店』と『月夜の黒猫魔術店』の売り上げはなかなかね」

「はい、マリー様。巷では『魔女っ子』という言葉が流行っているとか……。マリー様が作られた『ダウジングネックレス』も、『おまじないキャンドル』も大人気ですよ」


 マリーはリュウ・シエンの祖国へと渡ってから、自分の知識と趣味を活かした事業を始めた。


 魔術道具やおまじないの店を作ったところ、今ではその人気ぶりは異国からわざわざ買い求めに来る人がいるほどで、街には黒ずくめの若い女性が増えた。


『責任は取らないマーサの魔法と魔術道具の店』のマーサは数年前に百八歳の寿命を終えて、孤独な老婆の遺した言葉に基づいてマリーが店を受け継いだのだった。


 今ではマリーが『責任は取らないマーサの魔法と魔術道具の店』と『月夜の黒猫魔術店』という二店舗を切り盛りしているのだ。


 リュウ・シエンはリー・イーヌオと相変わらずの徹底した経営ぶりで、そして愛妻家だということでも有名であった。


 マリーとリー・ハオランが執務室で資料に目を通していると、執務室の扉が開いてリュウ・シエンとリー・イーヌオが入ってきた。


「おかえりなさい、あなた」


 マリーは入ってきたリュウ・シエンを見るなり笑顔を綻ばせた。


「マリー、ただいま。また無理してたんじゃないのか? もうすぐ産まれるんだし、屋敷でいてもいいのに」

「大丈夫。もう四人目なんだし、自分の体調は分かっているわ」


 あの日ガラス張りの温室でリュウ・シエンが言った言葉……


『心配する暇もないくらいに愛してやるしかあるまいな。俺がどれほどマリーを好いているか、嫌というほどその心と身体に刻みつけよう』は、まさに婚姻を結んで以降すぐに実行されて、しばらくマリーはリュウ・シエンの傍で片時も離れることなく過ごすこととなったのだ。


 その結果、次々と子宝に恵まれて今では四人目の子がお腹の中で育っている。


 それでもこの夫婦は相変わらず甘い空気を執務室に持ち込むものだから、リー・イーヌオもリー・ハオランもそんな夫婦に呆れた顔をしながらも、その実この幸せな二人を羨ましく思っているのだ。


「午後からの『月夜の黒猫魔術店』への視察は俺が行こう」


 リュウ・シエンがそう提案すると、マリーはまだまだ可愛らしい表情で頬を膨らませて抗議した。


「ダメよ。あそこには若い女の子たちが沢山いるから、あなたのことを皆好きになってしまうわ」

「まずい、俺のマリーが可愛すぎて……。リー・イーヌオ、視察はお前に任せた。今日はもう俺はマリーと屋敷に帰る」


 相変わらずの夫婦に、リー・イーヌオはホウッとため息を吐いてから答えた。


「我が主人、承知しました。リー・ハオラン、さぁ行きますよ」


 二人の兄弟が執務室から出て行ってから、マリーはリュウ・シエンの耳元でコソッと囁いた。


「ねぇ、あなた。子どもが産まれるまで、やっぱりカボチャ頭でいてくれた方が安心するから……もう一度なってみる?」


 マリーは柔らかに微笑みながら言っているから本心なのか冗談なのかは分からない。

 だが、リュウ・シエンの答えは決まっている。


 愛する妻の望みならなんでも叶えたい。

 例えあの不恰好で奇抜なカボチャ頭になったとしても、妻だけは己のことを愛してくれると信じているのだから。


「マリーが望むなら」


 リュウ・シエンの返事を聞いて、マリーは愛する夫の頬を両手で挟んだ。


「やっぱりダメ。私はこのお顔も好きなんだから。それに、もうあの硬いカボチャの皮に口づけをするのはゴメンだわ」


 そう言って、二人はそっと柔らかな唇を重ね合わせて甘い口づけを交わすのだった。


 すると、執務室の外が何やら騒がしい。

 リー・イーヌオの慌てた声が聞こえてきた。


「えっ⁉︎ フランク殿? 明日お越しになるのではなかったのですか?」

「可愛いマリーに会いたくて一日早く出てきたんだ。それに、エマもジュリエットもキリアンも、マリーに会いたいってうるさくて……」

「今はちょっと……。執務室は入れませんよ」

「リー・イーヌオ殿、それは一体どうして? まさか、またリュウ・シエン殿とくっついてるのか? マリー! マリー! みんなで会いにきたよー!」


 マリーとリュウ・シエンは顔を見合わせてから、フフッと笑った。

 そして執務室の扉を開けると同時に小さな女の子と男の子が飛び込んでくる。


「マリーしゃん! こんにちわぁ!」

「こにちわー!」


 可愛らしい赤毛の女の子と、ブルネットの毛色の男の子は両手を広げて走り寄ってきた。


「まあ! ジュリエットとキリアン! 少し見ない間に大きくなったのね!」

「マリー! 僕もいるんだけど! 早く会いたくて一日早く出てきたんだよ」


 相変わらずマリーを溺愛するフランクは、もうあのレンズの重すぎる瓶底眼鏡はつけていない。


「お兄様、エマも! 来てくれて有難う。嬉しいわ」

「来るよー! だって長らくマリーにも会えてないし、産まれた甥っ子姪っ子たちにも会ってないよ!」

「フランク、マリーはお腹が大きいのだから飛びついたりしたらダメですよ」

「エマ、分かってるよ」


 お腹の大きなマリーに抱きつく訳にはいかず、フランクはそっとその腹部を撫でるに留めた。


「フランク殿、エマ殿、それにジュリエットとキリアンも。よければ今から屋敷に来るといい」

「あ、リュウ・シエン殿。よくもまあ、こんな短期間に子沢山になったねえ。マリーのこと、これからも大切にしてくださいよ」

「子沢山は……大切にした結果だから仕方ない」

 

 その答えに少しだけ恨めしそうな顔のフランクは、それでも大好きな妹マリーに会えて嬉しそうだった。


「もう、あなたったら。さあ、ジュリエットもキリアンもイトコたちに会ってやってね」


 マリーはリュウ・シエンの言葉に、新婚のように頬を染めながらお腹を撫でた。


「はぁー……。僕のマリーは完全にリュウ・シエン殿のマリーになってしまった……」

「お兄様にはエマが居るんだからいいでしょう」


 そうマリーが言うと、フランクもエマも照れたように顔を見合わせた。

 やはりこの夫婦も未だに随分と仲が良いらしい。


「マリーしゃん! 行こう!」

「いこ!」


 ジュリエットとキリアンは競うようにマリーの手を取った。


 兄と妹二人きりなってしまったマリーとフランク。

 いつの間にかどちらの家族も増えて、それぞれが幸せに暮らしている。


 マリーは甥っ子と姪っ子に手を引かれながらも、後ろから身重の妻を心配そうに見守るリュウ・シエンに、穏やかな微笑みを向けるのであった。


「さあ、あなた。私たちの子どもたちのところに帰りましょう」




 

 






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