3. 『責任は取らないマーサの魔法と魔術道具の店』
サロンに客であるカボチャとその従者を通し、フランクはマリーの方をチラチラと窺い見ながら紹介を始めた。
「リュウ・シエン殿、これが僕の妹でマリーです。あ……、ご存知でしたよね……」
「確かに先程聞き知った」
恐る恐るといった感じて話すフランクの言葉に対して、カボチャは愛想もクソもない声音で短く答えた。
「そ、それじゃあマリー、こちらがリュウ・シエン殿。異国からこちらに数々の商談で来られていて、ロンハオ商会という大きな貿易会社の会長でいらっしゃる。それで……」
「俺の名はリュウ・シエン。伯爵から、俺の呪いを解くことができる魔女の妹がいると聞いてこちらへ参った」
やはりリュウ・シエンはフランクの言葉に被せ気味に話す。
マリーはどうしてこのような事になったのかと、フランクとリュウ・シエンに聞きたいことは山ほどあった。
何故自分が魔女だということになっているのか。
何故このカボチャはこんなに感じが悪いのか。
一体フランクは何をやらかしたのか。
「えぇーっと……ですね、まずどのような経緯でここへ来ることになったのでしょう?」
当たり障りのない言い方で、あまり説明の上手くないフランクではなく、端的に話せそうなリュウ・シエンに尋ねた。
「俺と伯爵とは元々大切な約束のために会う約束をしていた。そこで俺の滞在する宿へ伯爵に来てもらったまではいいが、そこでトラブルが起きた。それによって今俺はこのような事態に陥っているというわけだ。そして伯爵が『自分の妹は魔女で、呪いには詳しいから屋敷に招待します』と言うものだから早速こちらへ伺ったということだ」
やはりマリーの考えは正しかったようで、このカボチャ姿のリュウ・シエンはとても分かりやすく話をまとめた。
フランクではこうはいかないであろう。
「それで、取引の内容は? トラブルというのは一体? そこが大切なのでは?」
マリーはリュウ・シエンが敢えて言葉を濁した部分を指摘した。
「それは……」
先程までの勢いとは打って変わって、リュウ・シエンはどうしてかフランクの方をチラチラと見ながら口籠った。
「……あのー、マリー……実はトラブルというのは僕のせいなんだ」
「この感じだと、きっとそうなんでしょうね。一体何があったの?」
瓶底眼鏡をずり上げながら、フランクは訥々と語り始めた。
「実は……、リュウ・シエン殿との話が終わって部屋から去ろうとした時に、僕が持っていたマリーへのお土産がカバンから転げ落ちたんだ。そしてそれがリュウ・シエン殿の近くで割れてしまって……。そうしたらこのようなことに……」
つまり、マリーに渡すはずの土産がそのような危険な物であった為に、とばっちりでリュウ・シエンがカボチャ姿になったのだと言う。
カボチャ姿のリュウ・シエンは黙ってフランクの話を聞いていた。
「お兄様、何故そのような得体の知れないものをお土産にしようと思ったのかは大体想像がつくので良いとして……」
「マリーが喜ぶと思ったんだ……」
「まあ、そうね。私は多分すごく喜んだと思うわ。でも、そんな物一体どこで手に入れたの?」
マリーは普通の令嬢とは少し変わった趣味を持っていたから、そのせいでフランクが土産に選んだ物は怪しい代物だったのだろう。
しかしそれを大事な商談の時に転げ落として、更に商談相手にその不幸が降りかかるところなどはまさにこのフランクの成せる技の言える。
「これを買ったのはあの店だよ。マリーがお気に入りの……、あのおばあさんのお店」
「まさか、『責任は取らないマーサの魔法と魔術道具の店』?」
マリーが思い当たる店名を言えば、フランクは大きく頷いて両手をパチンと合わせて打った。
「そう! その『責任は取らないマーサの魔法と魔術道具の店』だ!」
フランクが大きな声で肯定したので、マリーは思わずため息を吐いて額を押さえてから首を左右に軽く振った。
「……なぜ、よりにもよって……」
老婆が商いをしているその店は確かにマリーの贔屓にしている店ではあったが、土産物を買うような店ではない。
店内には怪しげな黒魔術の品や、訳の分からない呪術の道具が所狭しと並べられており、一つ間違えれば命すら危うい代物も平然と並べられているのだ。
「大体分かってきたわ。とにかく、そのお土産がどんな物だったのか調べないと……。『責任は取らないマーサの魔法と魔術道具の店』に行って聞くしかないわね。カボチ……いえ、リュウ・シエン様もご一緒されますか?」
危うくカボチャと呼びそうなほどに、リュウ・シエンという人物はカボチャであったから、マリーは一応誘ってみたものの、断ってくれることを願っていた。
「いや、俺はこんな姿では出歩くことはできんからな。ここで待たせてもらう」
案の定、リュウ・シエンは伯爵家で待つと言う。
マリーは彼に知られないようにホッと息を吐いた。
おかしなカボチャと街を歩くのはさすがに遠慮したかったからだ。
「それでは、私だけで参ります。お兄様、お客さまとこちらで待っていてね。それでは失礼いたします」
フランクはマリーに迷惑をかけた事でまたがっくりと肩を落としていたが、客と留守を預かるという指令を受けて大きく頷く。
そしてまた瓶底のようなレンズの重みでズレた眼鏡をグイッと持ち上げるのであった。