22. 宴の始まり
いけしゃあしゃあとそんなことを平然と述べるサラに、フランクはアルバンに対峙した時と同じような冷たい声音で対応する。
その表情は、マリーに対する温かなものとは打って変わって冷酷で皮肉なものだった。
「僕が普段あの眼鏡をかけているのは、外見だけで近寄ってくる害虫を避ける為ですよ。周りをブンブン飛び回られたら鬱陶しくて敵わない。はたき落としてしまっても良いんですけどね。いちいちキリがないでしょう?」
サラは自分にとても自信を持った人間であったから、近寄っていった異性からそのような対応をされることはなかった。
それなのに、今目の前にいる赤い髪の冷酷な美形はサラのことを害虫だと言い切ったのだ。
「な、な、な、なんて失礼な! まあよろしいですわ! せいぜい妹さんのお守りをしていれば良いのよ! 私のアルバン様には近寄らないでくださいましね!」
顔を赤くしたり青くしたり忙しく変化させながら、サラは逃げるように去って行った。
「お兄様もなかなか辛辣ね」
「そうかな? 僕の大切な人に害をなす虫けらには厳しくしないとね」
「……随分と頼もしいわ」
マリーは兄の本性をやっと垣間見た気がしたが、それでも大好きな兄には変わりなく、辛辣なところだって結局はマリーを守る為に敢えて強調しているのだろうと考えた。
「さあ、マリー。ガルシア侯爵に挨拶に行こう」
「そうね、では参りましょうお兄様」
いつもと雰囲気の違う美しい兄と妹はこの会場でひどく目立っていたから、知らず知らずのうちに二人の前は人の波が割れてガルシア侯爵の元へとスムーズに辿り着くことができた。
「ガルシア侯爵、今宵はご招待ありがとうございます」
フランクが他の貴族との歓談をひと段落させたガルシア侯爵に声をかけると、老齢とも言える侯爵がゆっくりと振り向いた。
アルバンと同じ色味の金髪には一部クリーム色の白髪が混じり、海のようなブルーの瞳は年齢の分だけ深みを増している。
目尻のシワをくしゃっとさせて、フランクとマリーの方へと笑顔を向けた。
「やあ、よく来てくれたね。このパーティーの主役の一人でもあるフランクが来なければ始まらないと話していたところだ。マリー、久しいな。アルバンが馬鹿なことをしでかしたようで本当にすまない」
本当にあのアルバンの父親なのかと思うほどに、侯爵は優れた人格の持ち主であった。
「ガルシア侯爵様、此度は新規事業を始められたこと、おめでとうございます。アルバンのことは、兄がしっかりと対応してくれましたのでお気になさらず」
マリーはその場で華麗なカーテシーをしながら笑顔で答えた。
「そうらしいな。妻が甘やかしたあの馬鹿息子はいつからかあのようになってしまってな。儂も手を焼いておる。それが他人にまで迷惑をかけるようになってしまったとあれば、責任は取らせるしかあるまい。今日の場が終わった後で彼奴にはしっかりと反省してもらおう。だからマリー、どうか許してくれ」
そう言って侯爵はマリーに頭を下げた。
こんなに人格の優れた侯爵が、白髪の目立つ頭を下げなければならない父親の気持ちを思うと、マリーは胸が苦しくなった。
「侯爵様、どうかお顔を上げてください。これからも兄と我がラヴァンディエ領をよろしくお願いいたします。今日はせっかくのおめでたい場ですもの。そのようになさらないでください」
そう言ってマリーがそっと侯爵の肩に触れると、侯爵はクシャッとシワを深めて泣きそうな顔をした。
そしてすくっと背筋を伸ばして、威厳のある姿へと戻したのであった。
「マリー、そしてフランク。ありがとう。これからも、新事業とともによろしく頼むよ」
兄と妹は、そんなガルシア侯爵に大きく頷いてから微笑んだ。
そして定刻となり、主催者であるガルシア侯爵が正面の壁の前で開宴の挨拶をするという。
多く招待された貴族たちがそちらの方へと体を向けて拍手で迎えた。
マリーがチラリと会場内を見渡せば、少し離れたところにガルシア侯爵家の次男であるアルバンと、その腕に絡みつくサラが見えた。
二人はマリーとフランクの方を睨みつけて、何か言いたげにしていたが近づいてくることはなかった。
流石の二人も侯爵の前では下手な動きはできないらしい。
「まずは、今宵の祝宴にお集まりいただき感謝する。此度の祝宴は我がガルシア家、肝入りの新規事業立ち上げを祝したものだ。また後ほど、その事業に欠かせない人物を紹介させていただこう。まずは宴を楽しんでくれ」
皆が拍手で開宴を喜び合い、それぞれがダンスをしたり美味しそうな料理や酒を楽しんでいる。
「お兄様、御令嬢方がお兄様とダンスをしたそうにこちらを見ているわよ」
「僕は可愛い妹と離れる気はないよ。とりあえず、次の挨拶まで適当に時間を潰そう」
今日の宴の新規事業には、フランクとラヴァンディエ領の木材が深く関わっている。
日付が変わった頃に再度挨拶が予定されており、その時に新規事業の詳細が発表されるという。
「それにしても、どうして日付が変わってからなのかしら?」
「さあね。何か面白いことがあるのかもよ」
マリーが納得いかないといった顔でフランクを見た。
しかしフランクはシャンパンを運ぶ従者からサッと二つのグラスを受け取り、近くのテラスへとマリーを促した。




