21. 悪役令嬢は美形がお好き
「お嬢様、今日は一段と気合を入れて支度しますよ」
今晩はハロウィン。
フランクがガルシア侯爵家の新規事業立ち上げ祝賀パーティーに招待されており、侯爵から是非マリーをエスコートして参加するようにと申しつけられたというのだ。
何故かとてもご機嫌な様子のエマは、マリーを美しく着飾っていった。
「なんだかご機嫌ね、エマ」
「そうですか? とても良いことがあったものですかから」
「何なの? また帰ったらゆっくり聞かせてね」
マリーがそう言うと、エマはクスリと笑って頷いた。
その表情がとても幸せそうで、事情の掴めないマリーは頭をコテンと傾げたのだった。
「きっとお嬢様も、今日はこんなにお美しいのですから。良いことがありますよ」
エマの渾身の出来だという仕上がりに、マリー自身も驚くほどであった。
赤い髪は複雑に編み込まれ、美しい髪飾りは黒曜石とダイヤモンドが施された上品なものであった。
対になった希少な黒ダイヤのイヤリングとネックレスは、その煌めきで周囲を魅了することは間違いなかった。
「ねえ、この宝飾品いつもと違うけれどどうしたの?」
「こちらはプレゼントだそうですよ」
「プレゼント? 誰から?」
マリーは不思議そうに尋ねた。
宝石の価値など、あまり興味のないマリーであったがこれは確かに高価なものだと感じたからだ。
「……フランク様が、今日はこちらを着けるようにとお持ちになりました」
「お兄様が? 珍しいわね。後でお礼を言わなくちゃ」
新しく拵えた黒のドレスは身体に沿ったデザインのものでいつもより大人びて見えたのだった。
「さあ、出来ましたよ。そろそろお時間ですし、玄関に参りましょう」
エマから促されて、マリーは玄関で待つフランクと共に馬車で揺られてガルシア侯爵家へと向かった。
「お兄様、この宝飾品とても美しいわ。ありがとう」
「ああ、とてもよく似合っているね。いつもより大人っぽいし、マリーももう大人の仲間入りかな?」
「まあ、とっくにデビュタントは済ませてあるのだから、私は大人よ!」
フランクは頬を膨らませて訴える可愛らしい妹に、クツクツと笑いを零してから言った。
「今日は特別なハロウィンだよ。僕の大切な約束が果たされる時だ」
「そうね、ガルシア侯爵様とのお取引がこれからも続けられることになったと聞いて安心したわ。アルバンのことで何かあったらと、少しばかり心配していたから」
「心配ないよ。侯爵様はそんな方ではないからね」
良かったと心底安心した様子のマリーは窓の外へと目をやった。
「でも、マリーを傷つけたアルバンにはしっかり反省してもらわないとね」
口の中で声にならない声で呟いたフランクは、これから起こる出来事を想像して口の端を静かに持ち上げた。
やがて馬車はアルバンの生家でもあるガルシア侯爵家へと到着した。
既に多くの貴族たちが集まって、今宵の新規事業立ち上げ祝賀パーティーを楽しみに来ていた。
ハロウィンの夜ということもあって、異国の文化に鋭い貴族たちの中には仮装をしている者たちもいるようだ。
「ハロウィンは仮装をする国もあるらしいね」
周りを見渡しながらフランクが言うと、マリーは大きく頷いた。
「そうなの、国によっては魔女やカボチャ、怪物たちに仮装するところもあるのですって」
「なるほど。今日は面白い夜になりそうだね。さぁマリー、行こう」
兄のフランクにエスコートされて、侯爵家のホールへと足を踏み入れる。
今日はどうしてかフランクが瓶底眼鏡は外してきているから、その整った顔立ちに周りの令嬢から囁き声が絶えず聞こえてきた。
フランクはサラリと肩まで乗せて赤い髪は美しく艶めいて、紫色の瞳はこの国でも珍しい色味で目を引いたのだ。
そんなよく似た色味の二人が並んでいるのだから目立つことこの上ない。
「あの魔女令嬢をエスコートしている方はどなたなの?」
「え? ラヴァンディエ伯爵様? 瓶底眼鏡の?」
皆、フランクの素顔を知らない者が多くいたから尚更話題になっているようだ。
マリーはそっと隣のフランクに声をかけた。
「お兄様、御令嬢方からお褒めいただいているわよ」
「そう? いつもは貶されてばかりなのにね。見た目に騙されるような人はお断りだよ」
「そうね、その通りだわ」
自分はカボチャ頭のリュウ・シエンのことをこんなにも好きなのだからとマリーははっきりと同意した。
そんな時、目の前に現れたのは波打つ美しい金髪に意志の強そうな緑の瞳を持つ悪役令嬢ことサラ・ド・プラドネル伯爵令嬢である。
「あら? マリー・ド・ラヴァンディエ伯爵令嬢ではないの。あのカボチャの婚約者様はどうなさったの? このようなハロウィンの日にはぴったりの風貌ですのに」
「ごきげんよう、プラドネル伯爵令嬢。今日はガルシア侯爵様から是非兄にエスコートしてもらうようにと直々に言付かっておりましたの」
兄と聞いてサラは驚いた。
この美麗な男子があの瓶底眼鏡のいかにも間抜けそうなマリーの兄の素顔であると言うのかと。
サラは己がしたことなどすっかり忘れたように、フランクに色目を使い始めた。
どうやらこの令嬢、やはり随分と頭はスカスカらしい。
見目麗しい男を見れば、全て自分のものにしなければ気が収まらない様子。
「遠縁の者にでもエスコートしてもらっているのかと思いましたけれど、まさかあのフランク様だったなんて。嫌ですわ、お人が悪い。そのようにお美しい顔をなさっているのでしたら普段から隠さないでおけばよろしいのに」




