14. マリーの拒絶
サラが声のする方へ目をやり、そしてその吊り上がった目を大きく見開いた。
そして驚いた表情でリュウ・シエンの方を指差して、大声でギャーギャーと叫んだ。
「な、なんなの⁉︎ あの気味の悪いカボチャの被り物をした人間は!」
サラが驚いているうちに、リュウ・シエンはスタスタと二人の元へと近づいて、突然のリュウ・シエンの登場とその台詞に呆然とするマリーをぎゅっと抱きしめた。
「何って、マリーの婚約者だが? だからアンタの愛しのアルバンとかいう奴にきちんと伝えろ。マリーはお前とは婚約しないってな」
マリーはリュウ・シエンに抱きすくめられたままで動けないでいた。
ツルツルとした手触りの良い異国の衣装に隠された、思いの外厚みのある胸板に頬を密着させていると、耳にリュウ・シエンの鼓動が聴こえてくる。
それと共に彼が話すことが直に耳に伝わってきた。
きっとリュウ・シエンは己の呪いを解く為に、契約恋愛の延長でこのようなことを言ってくれたのだろうとマリーは考えた。
しかしそれでもとても嬉しくて、胸が高鳴るのをグッと強く手で押さえるしかなかったのだ。
「そ、そんなおかしなカボチャの被り物をしている人が婚約者ですって⁉︎ やはり変人の魔女令嬢は変わったご趣味なんですわね! まあ良いわ! アルバン様には私からきちんとお伝えしておきますから!」
そう言って嵐のように激しい令嬢は、最初から最後まで一言も言葉を発しない気の弱そうな侍女を引き連れて去って行った。
「マリー、大丈夫か?」
サラが馬車で去った音が聞こえた後に、やっと抱きすくめる腕の力を緩めたリュウ・シエンがマリーの顔を覗き込んで問うた。
しかし、マリーは思いっきりリュウ・シエンの胸を両手で押し返してしまう。
そして驚くリュウ・シエンの隙をついて腕の中をすり抜けたら、急いでその場から走り去ってしまった。
残されたリュウ・シエンは、突然のことにただ呆然として腕の中からマリーの温もりが消え去るのをただただ感じていた。
そんな様子を少し離れたところから見ていた少々性格に難アリの従者リー・イーヌオは、カボチャ頭の中の主人の顔がどのようになっているのかと想像してほくそ笑んだ。
「我が主人、しっかりなさってください」
「……リー・イーヌオ。お前、楽しんでいるだろう?」
「まさかそんな。主人がそのカボチャの中で悲しげな表情をしているであろうことを想像してほくそ笑むなど、そのようなことはしておりませんよ。それに、このままマリー嬢に嫌われて、主人が一生涯カボチャ姿でいることが面白くてたまらないなどと考えたりはしておりません」
リュウ・シエンはカボチャ頭を抱えてその場で蹲った。
重そうな頭にも関わらず、バランス良く蹲っている。
「マリーに拒絶された……。もう呪いは解けないのか……?」
リュウ・シエンはボソリと呟いた。
普段堂々と、時には横柄にも思える彼の姿に、リー・イーヌオはクツクツと笑いを堪えきれずに吹き出した。
「我が主人、貴方でもそのような時があるのですね」
「リー・イーヌオ、黙れ。その口二度と開かぬよう、縫い合わせてやろうか」
「さあ、マリー嬢は何処へ行かれたのやら……。追いかけなくてもよろしいので?」
リー・イーヌオは完全に楽しんでいる様子で主人を揶揄っていた。
「……行く」
そう言って立ち上がったリュウ・シエンに、ラヴァンディエ家の非常に気が利く家令であるジョルジュが遠慮がちに声を掛ける。
「リュウ・シエン様、きっとお嬢様は温室にいらっしゃいます。このような時にはいつも亡くなった奥様の薔薇たちに語りかけていらっしゃるのです。是非、温室へ」
「すまん、助かる」
リュウ・シエンはジョルジュに向かって短く礼を述べてから、以前マリーに案内してもらったことのあるガラス張りの温室へと向かった。
今日ほど、このカボチャ頭が重くて忌々しいと思ったことは無かったかも知れない。
「こんな姿でさえなければ、あの女に好き勝手なことを言わせることもなかったし、マリーを傷つけることもなかった。このような姿の者に『婚約者だ』などと宣言されては、マリーも立つ瀬がなかったのだろうな」
リュウ・シエンはマリーがあの苛烈な令嬢に好き勝手言われているのを見て、我慢ならずについあのようなことをしてしまった。
あまりの苛立ちに自分の姿のことなど忘れて、カボチャ姿で人前に出てマリーの婚約者だなどと宣言してしまったのである。
「クソっ……!」
リュウ・シエンはガラス張りの温室までの道のりで、散々己の行いに悪態をついた。
「はじめから、何故この事に関してだけは思い通りに進まないんだ」
フランクと宿で話をした時には、すべてが上手くいくはずだった。
それなのに、自分は何故かこのようなカボチャ姿になっている。
やっとこのカボチャの呪いを解く方法が分かったと思ったら、それは『愛し、愛される者からの口づけ』という、今のリュウ・シエンにとっては非常に難易度の高い方法だった。
それでもなんとか期間限定の契約恋愛という方法にこぎつけてこの屋敷に住まうことになった。
そしてお互いの利益の為という事で、マリーとの距離を縮め呪いを解こうとしていた矢先にこうなったのだ。
今まで、どんな仕事での取引でも失敗などしたことはなかったのにとリュウ・シエンは思わず舌打ちをした。




