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11. 恋人たちの骸骨の


 エマと共に自室に戻ったマリーは、扉の前でエマと別れたあとに流石に少し疲れて晩餐までウトウトとソファーで眠ってしまった。


 コンコンコンというノックの音で目を覚ますと、薄暗くなった部屋が時間の経過を知らせてくる。


「お嬢様、晩餐のお支度をするお時間です」


 エマの声がして、マリーが入室を許可すると驚いた顔で声を上げた。


「まあ、お嬢様! こんなところでおやすみなっては風邪を引きますよ。お疲れでしょうが、晩餐に向けて着替えましょう」

「分かったわ。エマ、よろしくね」


 そう言って気怠げにソファーから起き上がったマリーは晩餐に向かう支度を始めた。


 まだ街へ出かけた時のワンピースのままだったから、黒のイブニングドレスへと着替える。

 少し乱れた髪を整えている間に、マリーはエマに尋ねた。


「ねえ、エマ。エマは好きな人がいるのでしょう?」

「なんですか? 突然」

「だって前に言ってたじゃない。それってその人のことを考えると胸が苦しくなったり動悸がしたりするの?」


 エマはマリーの赤い髪を結う手を止めて顔を覗き込んだ。


 年頃はエマの方が十九歳のマリーよりも五つほど年上の二十四歳である。


 二人はエマが十六で前伯爵に連れられてここに来た時からの付き合いで、主従関係ではあったもののまるで親友のように気安く話せる間柄であった。


「ええ、まさにそうですけれど。お嬢様、まさかあのカボチャ……いえリュウ・シエン様のことを?」

「分からないわ。だって今日会ったばかりなのに、好きになるなんておかしいわよね」


 マリーはこの歳になるまで恋などしたことが無かった。

 トラブルメーカーでおっちょこちょいなフランクという兄のことを気にかけるのが精一杯で、異性のことを見る暇などなかったのだから。


 それに、両親が亡くなってからは家政を取り仕切ることが忙しくなって、あまり社交界にも顔を出さなくなってしまった。


 時々顔を出すのはどうしても必要な場のみで、それすらも『早く帰らないとお兄様が心配だわ』とそればかり考えていたから、他の貴族のことなど見る暇もなかった。


 それに、常に黒い衣装を身につけて怪しい店に出入りすることを口さがなく言う者たちもいたのだ。


「いいえ! おかしいことなどないですよ! 恋愛というものは当然始まるものなのですから。それは当人にもどうにも出来ないことなのです」

「そうなの? ではこれは恋というもので間違いないのかしら?」


 初めて自分の趣味を受け入れてくれて、面白いと言ってくれた。


 カボチャのくり抜かれた目の部分から時々覗く黒曜石のような神秘的な瞳は、何故かいつもマリーの方をじっと見ているように感じる。

 そしてその瞳がチラリと見えると、何故かどうしようもなく胸が苦しくなるのだ。


「間違いありません。お嬢様、それは恋ですよ」


 自信満々に胸を張ってそう言うエマは、()()()()()()二十四年の大先輩なのだ。


 そんな彼女の言う答えが本当に正解なのかは分からないが、とりあえずマリーは信じることにした。


「そうなの。初めて会った時にはただのカボチャだと思っていたのにね。この部屋にお連れして一緒に魔女の部屋で過ごしていた時に何かが変わったのよ」

「それこそ、お嬢様の道具の何かが作用して恋に落ちたのかも知れませんよ。だってあの部屋には色々と(いわ)く付きのモノがあるじゃないですか? 恋人同士の骸骨とか……」


 マリーはエマの言葉にハッとした。

 そうだ、あの時マリーはリュウ・シエンにお気に入りである恋人同士の骸骨を見せたのだ。


「そうよ! あのお気に入りの骸骨をリュウ・シエンに見せたわ。そしたら、大概の人は気味が悪いって言うのに彼は否定しなかったの。私、それで嬉しくて……」


 マリーは紫の瞳を潤ませながら、エマに向かって嬉しそうに語った。

 

 自分を理解してくれる仲間が見つかるというのはとても嬉しいことなのだ。

 特に、理解され難い趣味であればなおさらのこと。


「それですよ、お嬢様! きっと骸骨がお嬢様のこの危機を後押ししてくれたのです! だってなかなか難しいですよ、三ヶ月で相手を愛するなんて……! それなのに出会ってすぐに好きになるなんて、そんなこと奇跡としか言いようがありませんもの!」


 エマは興奮気味にその黒い瞳を見開いて、大声を出した為に唾を飛ばしながらも断言した。


「エマ、落ち着いて。ものすごく唾液が飛んでいるわよ」

「あ……、失礼しました。何故かすごく興奮してしまって……」


 恥ずかしそうに頬を赤らめたエマの瞳を見て、マリーはポツリと呟く。


「エマの瞳と、リュウ・シエン様の瞳は同じ黒色なのに、どうしてリュウ・シエン様の瞳は艶々としてあんなに煌めいて見えるのかしらね」

「お嬢様、割と私に失礼なことを言っていますけれど、まあ仕方ありませんね。それが恋です」


 そう言ってまたマリーの髪を結い始めたエマは、それでも温かな視線を大切な主人であるマリーに送る。


「契約恋愛などと、あのサロンで控えている時に聞いた時にはどうなることかと思いましたけれど、お嬢様が恋を知ったのであれば良かったですね」


 例えきっかけは契約恋愛であっても、もしかしたらその先に幸せがあるかも知れないのだ。


 少なくとも、恋も知らずにあの放蕩者のアルバン・レ・ガルシアと不本意に惚れ薬を使って婚約するよりは、先に恋を知れたマリーは幸せなのかも知れない。


「そうなのね。……これが恋なの」


 マリーは噛み締めるように言葉を紡いだ。



 




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