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回想・友だち(ラウル視点)

 彼女の発言に、奴らは黙ってしまった。俺も突然のことでうまく言葉が出てこない。


「お名前を教えてくださいますか?」


 少女の微笑みは、花が(こぼ)れるようだ。

 女の子に助けられるなんて屈辱的だし、余計なお世話だと振り払う事もできたのに、あまりにも彼女が(まぶ)しくて……。


「……ラウル。ラウル・トゥイナ」


 気が付けば答えていた。


「ラウル様ですね。参りましょう!」


 彼女に手を引かれ、立ち上がった。

 パンパンと、俺の服に着いた土を払う少女。

 奴らは反論しないのかと見れば、泣きべそをかいて、従者に慰められていた。


(……なぜに泣く?)


 ぼうっとしていると、彼女に手を引かれた。


「お友だちになった記念に、美味しいお菓子を食べましょう! おすすめのお店があります!」


 歩き出してから気付いたが、こんなに可愛い子と手を繋いでいるのか、俺は。


「私のことは、アリスとお呼びください」


 その声は、耳に心地よく響いた。


「……アリス、様」


 その名は、俺の口から出ても美しい。

 それをどう受け取ったか分からないが、彼女は嬉しそうに笑った。


「彼らは、あなたが(うらや)ましいのですね」


 俺の疑問を感じ取ったように、彼女は続けて話す。


「お父様のお仕事を手伝って、成果を出しているのでしょう? すごいです!」


(すごい?)


 俺が奴らから嫌われている理由は、薄々分かっていた。おそらく、親がトゥイナ商会から金を借りているのだろう。商売だから、当然、無利子というわけにはいかない。金がなくて借りたのに、利子を上乗せして返済するのは大変だ。

 奴らは、資金繰りに奔走する親の姿を見て、俺に怒りをぶつけていたのだ。

 だが、お前らは知らないだろう。

 トゥイナ商会が、親の領地のワインや小麦、特産品を高く買っていることを。

 いや、知らなくていい。余計な気を遣わせてしまうし、プライドを傷付けてしまうかもしれない。

 だから、父上は、あえて憎まれ役を買っているのだ。


(それなのに、君は褒めてくれるのか)


 彼女は、俺の心に巣食っていたドロドロとした感情を、たった一言で晴らした。


「経済は、人を生かすのですって。先日、お祖父様から聞きました。私には難しくて分かりませんが、ラウル様が幸せにした人は、たくさんいるはずです」


 人を生かすなんて大層なことは、考えたこともない。ただ、俺は喜ぶ人の顔が見たくて、父上の仕事を手伝っていた。

 それは、間違いではなかったのか。


「……ありがとう。そんなこと言われたのは、初めてだ」


 彼女は、目を見開いた。その顔は反則だ。可愛すぎるじゃないか。


「ラウル様のお友だちは、奥ゆかしいのですね。私なら、褒めまくります!」


 光が弾けるように、彼女は笑う。

 君の期待を裏切るようで申し訳ないが、俺に友だちはいないし、これからもできる予定はない。

 でも、君がいてくれたら、それで十分かもしれない。


「本当に?」


「もちろんです!」


 彼女は、最高の笑顔をくれた。

 繋いだ手から、何かが俺に流れてきた。それは、凍りついた心を溶かすような、柔らかい温かさだった。


 お菓子屋さんでは、お互いの食べたいお菓子を聞いて買い、それを交換した。

 本当の友だちのようで、ウキウキする。

 お菓子は、公園のベンチに座って食べた。

 好きな本は何か、好きな食べ物は何か。そんな、たわいもない話をしている今が、何よりも幸せだった。


「お嬢様、お時間です」


 小一時間ほどで、どこからか護衛が現れ、夢のような時間に終わりを告げる。


「また会える?」


「もちろん! 私たち、友だちだもの! また、明日!」


 最後に握手をして、彼女は行ってしまった。

 馬車に乗って遠ざかる彼女を見送ったまま、俺はしばらく動けなかった。

 手に残る彼女の温もりを忘れたくなくなかったし、この場から離れたら、魔法が解けてしまいそうで、怖かったから。


(……また、明日)


 この約束があれば、学園に通うのも苦痛ではないと思えた。


 翌日、彼女のことをジャンさんに聞いたら、「さすがは、ギルツ家の長子(ちょうし)だな」と言って、教えてくれた。


「彼女のクラスは、通称『(かご)の鳥』と呼ばれる女子クラスだ。王族や高位の貴族令嬢が多く在籍しているから、警備がとても厳しい。俺たちは騎士団から配属されているが、あっちは、要人警護のプロだ。会うのは難しいぞ」


 転校初日に警備のお兄さんから言われたことが、頭を(かす)めた。


「校舎も違うから、偶然を装ってバッタリ会うこともできない。高嶺(たかね)の花の女子クラスは、みんなの憧れだ」


 ジャンさんの言った通り、女子クラスは、完全に他の生徒と隔絶されていた。

 体育や移動教室、全校集会や学食へ行くタイミングを狙っても、うまく護衛に追い返されてしまう。それは、俺だけではなく、他の男も同じだった。


(鉄壁のガードに阻まれている)


 そう考えると、あの日の出会いは、この上ない幸運だったのだ。あいつらが、なぜ泣いていたのか、今なら分かる。


(アリス様は、友だちに飢えていたのかもな)


 限られたクラスメイトに、自由のない生活は、窮屈(きゅうくつ)だったろう。彼女の気持ちを考えると、胸が締め付けられる。

 ただ、一つだけ気になることがあった。


(あいつは、誰だ)


 彼女に会うことを許されている男子生徒が、一人だけいた。婚約者かと焦ったが、どうやら違うらしい。王女殿下も交え、三人で一緒にいることが多い。高貴な身分だとは思ったが、名前を聞いて()に落ちた。


(『建国』の家の繋がりは、健在なのか)


 俺は、彼の立ち位置が羨ましくて仕方なかった。

 しかし、数百年来のお付き合いには太刀打(たちう)ちできない。自分の出自(しゅつじ)(うら)むが、こればかりはどうしようもない。


(おかしな話だ。あれだけ貴族を毛嫌いしておいて、今は、彼女に釣り合う、高い身分を(ほっ)するなんて)


 初めの頃は、彼女の元気な姿を遠目に見られるだけでも幸せだったのに、俺は、徐々に自分を抑え切れなくなっていた。

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