お茶会(ローズ視点)
「きゃあ! こんなにたくさんのお菓子に囲まれたことないわ! 幸せすぎるう!」
聖女と謳われ、世界中の人々から崇め讃えられる光の民の若き姫君が、お菓子の前で悶絶しているとは、予想もしていなかった。歳は、二十歳前後だろうか。金の髪に碧の眼をした彼女は、輝かんばかりの美しさだ。
「喜んでいただけて光栄ですわ。庶民に人気のお菓子から、貴族が好む伝統的なお菓子まで、幅広く揃えましたの。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
「ローズ様、ありがとうございます! 夢みたい! でも、夢じゃない! ああ、どれから食べたらいいの!」
「サラ、落ち着け。皆さまが驚いているだろう」
ジュリアスさまが嗜めると、「はあい」と肩を落とされる。しかし、一瞬で持ち直し、ニコニコしながらお菓子を召し上がっている。
気軽に楽しんでいただけるように、ビュッフェ形式にした。小さいテーブルをいくつも置いてあるので、仲の良いグループで気兼ねなくお話できる。ちなみに、戦いに参加した騎士も招いてあるので、軽食やアルコールも用意した。
私のテーブルには、サラ様とジュリアス様、ユル様の四名がいる。
囮役をやり遂げたことで成長したのか、ユル様に変化があったように感じる。言葉にするのは難しいが、肩の力が抜けたような、表情が柔らくなったような、前よりも優しい雰囲気だ。
やはり、彼を選んだことに間違いはなかったのだと、心を整える。
「ジュリアス様のご活躍をお聞きしましたわ。ユル様と学園の生徒を守っていただき、ありがとうございます」
「俺からも礼を言わせてくれ。サラ様と君がいなかったら、生きてはいないだろう。助けてくれてありがとう」
「いえ、仕事ですから。それに、騎士の方々の強さには驚きました。彼らの働きがあったからこそ、平和的に解決できたのです。お褒めの言葉は、彼らにかけて差し上げるべきかと存じます」
「騎士の方々にとって、何よりも嬉しいお言葉をいただき、ありがとうございます。未来の神官長が認めてくださるとは、彼らも励みになりますわ」
「ご存知でしたか」
困ったように、彼は笑った。
「はい、お顔を拝見して確信いたしましたわ。聖地巡礼に伺った際には、お世話になりました」
「どういうことだ?」
「ジュリアス様は、未来の神官長ですの。今は、神官と騎士の二足の草鞋を履いていらっしゃいますが、やがて世界中に多くの信者を有する宗教のトップに立つお方ですわ」
「それは、すごいな」
ここで、私は気付いた。
親友を含めた多くの人々が新しい人生を歩くために、なるべく早く終わらせなくてはならないと模索していた案件が、今日、解決するかもしれないと。
その結果、たくさんの人が悲しむことになったとしても、このままダラダラと血を流し続ける人々を見ていられない。
誰もが優しすぎて決断できないならば、私が#大鉈__おおなた__#をふるってやる。憎まれようと嫌われようと、私の心が引き裂かれようと、それが王家に生まれた者の責任だ。この方たちのご協力があれば、きっとできるはずだ。
「ジュリアス様、好奇心よりお伺いしますわ。神官としてのお仕事と、騎士のお仕事は、どちらがお好きですの?」
「仕事は、サラの側にいるための手段ですが、あえて選ぶとしたら騎士ですね」
誰かと同じではないか。
「では、ラウル様とも気が合いそうですわね」
いろんな意味で。
「ああ、彼とはじっくり話したいと思っていました。あんな強い男は初めて見ましたから、鍛錬方法など聞きたいです」
「では、このテーブルにお呼びしますわ」
自然な流れで、彼をお招きする段取りができた。アリスを他の護衛に任せるのが不服そうではあるが、先ほどの戦いでお互いに通じるものがあったのか、意外に乗り気のラウル様が現れた。
「失礼いたします」
「おお、ラウル。先ほどは世話になったな」
「ユル様、鬼に捕まらなくて良かったですね。ジュリアス様がいなかったら、俺には守り切れませんでした。明日から、走り込みしてはいかがですか」
「次はないから不要だ。ジュリアス様が、お前の鍛錬方法を聞きたいとおっしゃっているぞ」
ラウル様は少し驚いてから、照れ臭そうな顔になる。
「ご興味を持っていただき恐縮です。もともと、俺は運動がからきしダメで、騎士なんてとても無理だと言われていましたから、参考になるかどうか」
「聞かせていただこう」
こうして、ラウル様が今の肉体を手に入れるまでの血と汗と涙の鍛錬方法を聞いた後、ジュリアス様は顎が外れそうなくらいの大変なお顔になっていた。
「それで、よく、しななかったな」
「ギリギリの線を攻めるのがポイントだったみたいです」
「どうして、そこまでして強くなりたかったのだ?」
ジュリアス様、よくぞ聞いてくださった。私はその言葉を待っていたのだ。
「そこなんですの! これには、深いワケがありますのよ!」
サラ様がお菓子に夢中なのをいいことに、我々は話し込む。ラウル様は恐縮するが、このタイミングとメンバーは天の采配に違いないと、みんなで背中を押した。
その後、ユル様には特別任務を与え、計画の実行に移った。ラウル様はアリスを庭へ連れ出し、私たちは、こっそりと後を付ける。二人に気付かれないように影から見守った。
今日の出来事を話しながら散歩する二人の姿は、仲の良い恋人同士にしか見えない。
(いい雰囲気ですわ)
ふと、アリスが足を止めた。ラウル様は、それに気付いて振り返る。
「ラウル様、あの、話があります」
アリスの様子からして、重要な内容に違いないと、見守り隊が一気に色めき立つ。
「何でも聞くよ」
柔らかく笑うラウル様は、そっと右手を伸ばし、アリスの頬に触れる。二人きりのときは、こんなに優しい話し方になるのかと、皆で驚く。
顔を真っ赤にして戸惑いながらも、アリスは顔を上げてラウル様に向き合った。俄然、我らの期待値も跳ね上がる。
しかし、アリスはその手を弾くと、キッとラウル様を睨んだ。見守り隊は息をのむ。
「人前でキスするのは、やめてください!」
(アリスー!)
彼女の言葉に、甘い雰囲気がぶち壊しである。ラウル様も目が点になっていた。それでも、彼女は止まらない。
「礼拝堂に残された私が、どれだけ恥ずかしい思いをしたと思っているのですか!? 本当に恥ずかしくて、消えてしまいたかったんです! もう二度としないでください!」
「ご、ごめん。配慮が足りなかった。今生のお別れかと思うと、自分を止められなかったんだよ。許してくれるかい?」
その迫力に押されたラウル様が、必死に謝る。「魔物よりも婚約者殿の方が手強いとはな」と、ジュリアス様が笑いを噛み殺していた。
「ふう。文句を言ったら、スッキリしました」
はにかむアリスを嬉しそうに見つめたラウル様は、彼女を優しく抱きしめる。
「気が済んだのなら、よかった。でも、人前で二度としないというのは、約束できないなあ」
「ラウル様!」
「大丈夫、気を付けるよ。だから、指輪を贈らせてくれないかな」
「ゆびわ? もういただきましたよ?」
「いや、いろいろダメな自分の黒歴史にまみれた物ではなく、改めて俺の愛を形にして贈りたいんだ」
ラウル様はサラから手を離すと、片膝をつく。ポケットから小さな四角い箱を取り出して、蓋を開けるとアリスに差し出した。
「アリス、俺と結婚してほしい」
見守り隊一同、心の中で盛大に拍手喝采を送った。美しい花が咲き誇る王宮の庭園で、麗しい騎士がプロポーズをしている。絵物語の一部を切り取ったかなような非の打ちどころのない光景だ。
ちなみに、レオンはユル様が全力で拘束している。彼には申し訳ないが、私たちは前へ進まなくてはならない時期に来ているのだ。どうか、許してほしい。
(アリス! ここが正念場ですわ!)
彼女は、不安そうな目をして口を開いた。
「私でいいのですか?」




