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本当の名前

「もう遅い。この術の止め方を教わらなかった。俺は使い捨てだ。お前たちは逃げろ」


「……え?」


 ハゥラスが優しさを見せた。ようやく彼の心に変化を感じ取れたのに、これで終わりでは、あんまりだ。


 もともと、自爆までの時間を引き伸ばすくらいしかできなかったのが、時間稼ぎすら叶わない状況になってしまった。床に転がったまま、自分の無力さに悔しさが込み上げる。


「アリス、ひどい怪我だ!」


「……問題ないわ」


 立ち上がろうと腕に力を入れたとき、ふわりと白いシーツで包まれた。驚く間も無く、誰かに抱き上げられる。


「即時撤退だ」


 問答無用で私を連れて行こうとしたのは、静かに怒るラウル様だった。


「自分で歩けます!」


「却下だ。俺が運んだほうが早い。それに、君を自由にさせると何をするか分からない」


 その通りです。


 ラウル様の隣には、クロードもいた。彼は、悲痛な面持ちで恩人を見つめ、ハゥラスは彼を見て悲しげに笑う。


「クロード、最期の願いを聞いてくれ。俺の本当の名はユルだ。ミラーウ国の母に、手紙を出してくれないか。帰れなくてすまないと伝えてくれ」


 遺言を残した彼は、立っているのも辛くなったようで、ガクリと膝をついた。


「ハゥラス様、いいえ、ユル様。そんな寂しいことを言わないでください。ホテルにいる人は、全員避難しました。あなたは誰も傷付けていません。ご自身の助かる道も探しましょう」


 クロードは涙ながらに言うが、本人にも止められない術を、素人の私たちがどうにかできるとは思えない。ラウル様が彼の耳元に囁く。


「時間がない。残念だが、別れの挨拶を」


 そう告げてドアへ向かって走り出し、レオンも後に続く。ユルの周りに渦巻いていた影は、ますます色を濃くしていき、彼を隠す。


 その姿は、かくれんぼをしたまま、夜になっても見つけてもらえなかった子どものように思えて、胸が締め付けられる。


 助けたい。


 その一心で伸ばした私の手から、闇色のそれは現れ、ユルに襲いかかるように駆けていく。


 えええ?


 黒い影は一瞬で彼を包み込むと、互いに交わり昇華していく。それは、何層にも重なった負のエネルギーの一部分を削いだに過ぎないが、私にとっては大きな希望だった。


「助けられるかもしれません!」


 私の声に足を止めたラウル様は、ユルと私を見て瞬時に状況を把握した。しかし、その顔は渋いままだ。


「自爆の可能性がゼロになったわけじゃない。君の命を守ることが、俺にとっては最優先だ」


 迷いながらも避難することを選ぶ彼に対して、レオンが「……何とかなるかも」と、つぶやいた。

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