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想いは届かない(ラウル視点)

 朝靄(あさもや)たなびく騎士団の鍛錬場で、俺は一人剣を振るっていた。昨日の興奮が冷めなくて、目が覚めてしまったのだ。家にいても落ち着かないから、適当に体を動かしている。

 夜もあまり寝ていないが、不思議なことに力が漲っているし、体は軽い。このまま、魔物討伐に行けそうなくらいだ。

 しばらくすると、同僚がやってきた。


「よう、ラウル! ご機嫌だな!」


「……分かるか?」


「そりゃあ、そんだけ顔が緩んでいたらな」


「えっ」


 慌てて右手で口を隠す。全く自覚していなかったが、顔に出ていたらしい。意識して引き締めるが、すぐに戻ってしまうから、困ったものだ。

 でも、それは仕方のない事だろう。


(……昨日は、特別な日だったから)


 指輪を渡せるだけで、十分だった。

 それなのに、眩暈(めまい)を起こしてよろける彼女を抱きしめて、その上、お姫様抱っこまでできるなんて夢のようだった。

 しかも、俺の腕の中で恥じらうアリス殿が、とんでもなく可愛すぎる。あの人は俺をころす気か。ダメだ、キミを残してしぬわけにはいかない。

 だから、思わせぶりな事を言って俺の心を()き乱すのはやめてくれ。君の何気ない一言で、妄想が暴走して心臓がもたない。


(仕方ないか。彼女は何も知らないのだから)


 俺の腕の中で戸惑っていたのは、そんな機会がなかったからだろう。彼女は純真無垢で初心(うぶ)なのだ。  

 それがまた、俺の優越感を満たしてくれた。少しでも長く一緒にいたくて、牛の歩みで部屋まで行ったけれど、おかしくなかっただろうか。

 昨日は廊下で失礼したが、今度は彼女の部屋に、入れてもらえるだろうか。


「そういえば、指輪は渡せたのか?」


 幸せに浸っていると、マルセルが聞いてきた。邪魔をしないでもらいたいが、彼には恩があるので無碍にできない。


「ああ。世話になったな」


 彼女への『謝罪』の気持ちと、心からの『愛』、そして、『手に触れる理由』(これ大事)が欲しくて、指輪を用意した。

 どうせなら、つけていて付加価値のある物にしたくて、魔法を施してもらおうと思い立った。

 マルセルに当てがあるというので、魔法使いへの仲介を頼んだが、まさか国一番の使い手を紹介してくれるとは思わなかった。嬉しくなって、あれもこれもとお願いしてしまったが、欲張りすぎただろうか。


「どんな魔法をかけてもらったんだ?」


「絶対防御、身体強化、運気上昇、男除け、救難信号、所在地特定くらいかな」


「……最後のはどうやって分かるんだ?」


 引き気味のマルセルに、俺は首から下げた鎖を引っ張り出して、ペンダントを見せる。


「指輪は、これと繋がっているんだ。ペンダントを握って念ずれば指輪と同調できるから、彼女がどこにいるか俺には分かる。

 それよりも最大のポイントは、彼女の最新の肖像画が、はめ込まれていることだ」


 もったいないが見せてやった。


「いろんな意味ですげえな。ちなみに、その機能は彼女に……」


「伝えるわけがない」


 俺にも、一般的な常識や感覚はある。これは、ダメなやつだ。


「だよな。婚約者の域を超えてストーカーだ」


「何を言う。彼女は美しく魅力的だ。これくらいは必要だろう。敗者たちが完全に諦めたとは思えないしな」

  

 軽いトラブルくらいなら指輪の効力で回避できるし、危険なことが起きたら指輪が反応して、俺が駆けつけられる。

 マルセルが、眉間(みけん)(しわ)を寄せる。


「……だったら、優しくすればいいのに」


 痛いところを突かれた。


「それを言ってくれるな。彼女を前にすると、自分が自分でいられなくなる」


 俺は彼女に、気の利いた言葉一つかけられない。むしろ、嫌ってくれと言わんばかりに、酷い言葉が(あふ)れ出す。

 だから、なるべく口を開かないようにしている。「会話がここまで弾まないとは、逆に面白いな」と言ったのも、「テンポの良い会話でなくていい。他の人ならそうは思わないだろうが、君は特別だから、沈黙さえも心地よい」と言いたかったのだ。


(伝わっただろうか。……いや、無理だな)


 「もともと期待などしていない」も同じだ。「君が側にいてくれるだけで、他には何もいらない」と、喉元までは出かかっていたのに、違う単語にすり替えられた。なぜだ。

 毎度の事だが、かなり落ち込むし、アリス殿にも申し訳ない。


(手紙なら、素直な気持ちが書けるだろうか。今度、試してみよう)


 こんな俺だから、妹君に来てもらいたかったのだ。

 アリス殿に話したいことが自動的に歪曲(わいきょく)されてしまうのなら、別人に向かって話せばいいのではないかと試してみたが、大当たりだった。

 こんな方法しかなくてすまないが、彼女のために用意した話題を、間接的にでも聞いてもらいたい。


(芝居や本の話を、楽しんでもらえただろうか。会話の途中でアリス殿を見ると、また冷たい言葉を発してしまいそうで、怖くて彼女が見られない。アリス殿の反応が分からないのが、辛いところだ)


 アリス殿の趣味や、食べ物の好みも把握しているから、早く二人で出かけたいのだが、俺の口をどうにかしない限り、楽しいデートはできそうにない。


(なぜ、こんなことになったのだろう)


 積年の想いがこじれたとか、不器用という言葉では説明がつかない。一度、病院に行ったほうがいいのだろうか。

 でも、昨日は一つだけ、思ったように言葉が出た。こんな事は、婚約してから初めてだ。


「そのままでいい」


 これには、二つの意味が込められている。

 一つ目は、「無理せずとも、君の好きなようにしてくれ」という、動作に関する気持ち。

 もう一つは、「そのままの君でいてくれ」という、アリス殿を愛おしむ想いを込めた。

 まさか、言えるとは思わなかった。(かす)かな変化が、たまらなく嬉しい。これからは、俺の心をそのまま届けることができるだろうか。


(……ん? なんだ?)


 突然、胸が騒ついた。彼女の指輪を通して、救難信号が送られてきたようだ。


(何かあったんだ!)


 それほど深刻な事態ではなさそうだが、彼女に何かあったら大変だ。


(しかし、この時間なら、まだ家にいるはずでは)


 自宅で危険な目に遭うとは思えないが、念のため、居場所を探ることにした。 

 ペンダントを手のひらで包み、意識を集中する。


(何だ、この動きは)


 コマネズミのように素早く移動した後、降下していくのが読み取れた。貴族令嬢らしからぬ、アクロバティックな動作だ。明らかにおかしい。


「アリス殿の無事を確かめてくる。家族が急病だと、隊長に伝えてくれ!」


「ああ、任せろ。だが、そろそろバレるぞ」


 アリス殿に会うために、家族を何人か病気にしている。疑われる前に、違う言い訳を考えるべきだな。 

 急いで騎士団の制服を着用し、馬を走らせる。

 どこへ向かうべきか迷ったが、何が起こったのか原因を知っておかないと、大事な場面で対応を誤るかもしれない。

 まずは、家の者に話を聞こうと、ギルツ家に向かった。

 

(見えた!)


 目視できる距離まで近付いた時、彼女の家から「ドーン」という爆音が(とどろ)いた。

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