思わぬ反応
待ちに待った朝が来た。
ノックの音が聞こえたら、居ても立っても居られない。開くドアに向かって駆け寄った。
「おはよう! ナタリー、聞いて! 私の天才的な作戦を!」
「おはようございます。お嬢様、今更ですが、はしたのうございます」
乳姉妹の彼女は、何があっても私の味方をしてくれるので信頼している。素の私を知る、数少ない心の友だ。
「本当に今更よね! 諦めて頂戴!」
「自室ですから大目に見ましょう。さて、今度はどんな悪巧みでございますか」
なぜそう思う。
今までの悪戯とは違うから、話を聞いて欲しい。
「みんなが幸せになれる、いい方法を思い付いたの」
嬉々として計画を話すと、ナタリーは徐々に表情を曇らせ、最後には、残念な物を見るような目をして、頭を抱えてしまった。
「どうしたの? てっきり同意してくれると思ったのに」
期待した反応がもらえなかったので、拍子抜けする。
「お嬢様。お嬢様の良いところは、素直な性格でございます。そして、お嬢様の直すべきところは、心の機微に疎いことと存じます」
小言が始まったので、学校に行く支度をする。ナタリーの苦言は聞き慣れているので、適当に受け流す技術は身に付いているのだ。
「もう一度、曇りなき眼でラウル様をご覧くださいませ。その計画は、白紙に戻すべきです。皆様の心の平穏のためにも、他言無用でお願いいたします」
「えー、もう遅いよ」
顔を洗いながら、会話をする。
「は?」
「昨夜のうちに手紙を送ったの。次の婚約者を早く見つけなくちゃいかないし」
「ど、どちらへ?」
「ローズと、レオン。彼らは交友関係が豊富だから、いい相手を見繕ってくれると思うの」
「な、なんてこと! 旦那様と奥様にお知らせしなくては! お二人へも、使者を送らねばなりません!」
「やだなあ、大袈裟だよ。それより、学園に行く準備をしましょ」
タオルで顔を拭きながら振り向くと、彼女の姿はなかった。
「え?」
その代わりに、階下では大騒ぎとなり、複数の馬が駆けて行く。
「わお」
廊下も騒がしくなった。あの荒々しい足音は、怒り狂ったお父様に違いない。
(お友だちに手紙を書くことが、そんなにいけないことかしら)
念のため部屋に鍵をかけ、大型家具で出入口を塞ぐ。これでも心許ないが、時間稼ぎにはなるだろう。
すると、ドアを叩く音がした。
「アリス! ここを開けろ! 何を考えているのだ! 自分のしたことが分かっているのか!」
お説教からの監禁コースが、脳裏をよぎる。
(こりゃだめだ。すぐに逃げよう)
今は何を言っても無駄なので、お父様とは冷却期間をおこう。
私は、学園に避難することにした。制服は自分で着られるけれど、髪は下ろしていくしかないな。
「そーれ」
テラスからカバンを放り投げると、近くの木に飛び移り、いつものようにスルスルと降りる。
「見よ! 熟練の脱走術を!」
と言ったところで誰もいない。私には魔力がほとんどないけれど、運動神経には自信がある。
周囲を見渡し、誰もいないのを確認してから、スキップで馬屋に向かう。
「ソレイユ、おはよう。今日は、あなたにお願いするわ」
いつも通学には馬車を利用するのだが、御者は父の味方なので頼むことはできない。歩くには距離があるから馬で向かう。
(まあ、夕方になれば落ち着くでしょ)
「行くわよ!」
愛馬ソレイユに乗り、学園へ向かって駆け出した。
*~*~*~*~
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、アリス様。今日はお一人ですか?」
「ええ。所用がありまして、いつもより早く登校しましたの」
学友と挨拶を交わし、用事があるからと中庭へ向かう。そこにある東屋の椅子に座ると、カバンの中からパンを取り出した。
「ここのパン、久しぶりだわ」
たまに街を散策しているから、美味しいパン屋さんも知っている。帰りには、お菓子屋さんにも寄ろうかな。
(大人しくなんて、していられないもんね)
私の貴族令嬢らしからぬ逞しさは、ご先祖さま譲りだ。ギルツ家の初代当主は、超人的な強さで国を救った英雄として、教科書にも記載されている。
そのおかげで、小さい頃からお母様に、戦いのスキルを叩き込まれた。お父様はそれが気に入らないようで、淑女教育を押し付けてきたが、血には逆らえない。
「アリス?」
我が家が『建国の剣』と言われるように、『建国の盾』と呼ばれる家がある。守りの戦術で人々を救った、もう一人の英雄がいた。
朝日を背に現れた彼が、その末裔。
「やっぱり、ここにいた」
「レオン、よく分かったわね」
「君のことなら大抵のことは分かるよ。でも、昨夜の手紙には驚いたな」
「お騒がせして、ごめんなさい」
「いや、それはいい」
彼は向かいの椅子に座ると、じっと私を見た。いつになく真剣な眼差しに、心を見透かされるようで落ち着かない。
呑気にパンを食べている場合ではないのだろうか。
「本気なの?」
「手紙のことなら本気よ。ラウル様は、私よりもソフィをお望みだわ」
「それは、本当? 君の思い違いではない?」
「やけに食い下がるわね。間違いないわ」
「では、その指輪は何?」
「ああ、婚約の証とか」
「ものすごい魔力を感じるよ。複数の魔法を重ねているみたいだ。どんな魔法かは分からないけれど、君に強く執着していることだけは分かる」
(げげっ! なんて物をくれるのよ)
ラウル様には、そこまでの魔力はなかったはずだから、外注したはずだ。かかった金額を想像すると、婿になりたいという意思の強さを感じる。
「私というより、ギルツ家への熱意なのでは……」
用意するのは大変かもしれないが、ソフィにも同じ物をくれるだろうか。私のお下がりでは、かわいそうだ。
「君の認識は関係ない。事実を見るんだ。本気で婚約を解消したいのなら、友として協力しよう。ただし、その前に、もう一度ラウル様と向き合うべきだよ」
「……レオン」
正論で諭されてしまった。
確かに、体調が悪いと言った(仮病の)私を気遣ってくれたのだから、ラウル様は悪い人ではないとは思う。私限定で冷たいだけで、ソフィには優しく紳士的だ。
「そうね」
今更、ラウル様と腹を割って話す気はないが、いきなり婚約者が代わったら妹が戸惑うだろう。
私からバトンタッチすると言えば、心の準備もできるし、罪悪感に苛まれることはない。ラウル様に願い出るより先に、妹と話をつけなくては。
「ありがとう、レオン。禍根なくソフィに引き継ぐために、最大限の努力をするわ」
思い立ったら、すぐ行動。
私は、ソフィの教室に向かうことにした。
「えっ、ちょ、違っ、待って!」
後ろでレオンの声がするけれど、話はもう終わったので問題ない。
令嬢モードと素の振り幅が、私ほど大きくない妹なら、きっと彼と上手くやるはずだ。
せめてものお詫びとして、家督は妹に譲り、私はお嫁に行こう。
(今度こそ、優しい人と婚約できるかもしれない)
夢は膨らむばかりだった。