家具屋にて
「ラウル、許可が下りた。来てくれ」
(なんですとー!?)
まさかとは思うけれど、念のため、確認させてもらえないだろうか。
「ラウル様とは、あのラウル様ですか!?」
「どのラウルかと聞かれますと、あのラウルです」
「……それで通じるのですね」
ローズが呆れているが、私はそれどころじゃない。
さすがは、追跡のプロだ。
どこまでもついてくる。
「はっ!」
妙な圧を感じて、そちらを見れば、どんよりとした空気を纏った婚約者殿が、こちらに近付いてくるではないか。遠目でも分かるほど、顔が怖い。これは、接触したらダメなやつだ。
私の生存本能が、理性を超えた。
「急に用事を思い付きました! ごきげんよう!」
完全に冷静さを失い、家具屋へ向かって走り出す。
「あ! 待っ」
マルセル様の声が聞こえたが、私の足は止まらなかった。他に逃げ込めそうな場所がなかったからだ。その勢いのまま、店に飛び込む。
(やってしまった。作戦がぶち壊しだわ)
弾む息を整えながら反省するが、もう遅い。
せめて、養父母と子どもたちを探そうと、店内をぐるりと見渡すが、どこにも姿が見当たらない。それほど大きい店ではないのに。
すると、恰幅の良い中年男性が奥から出てきた。
「いらっしゃいませ。何がご入用ですかな」
店主だろうか。
「ごきげんよう。突然すみません。事情がありまして、裏口から逃がしてもらえませんか?」
「おや、どうされました」
「追われていて」
婚約者から、とは言えない。
「それはいけませんな。こちらへどうぞ」
店主は疑うことなく、私を案内してくれた。
逃げられるという安心感から、心に余裕が生まれた私は、名誉挽回しなくてはと思い立った。
「あの、さっき、三組の親子がお見えになったでしょう? どちらにいらっしゃるのかしら」
「……はて、気のせいでは?」
否定する店主の声が、やけに低く聞こえた。
そこで、警戒するべきだったのだ。
私は店の奥に連れて行かれると、あっという間に口を塞がれ、縄でぐるぐる巻にされた。
(手際がよすぎる!)
まさか、私が捕まってしまうなんて、とんだ番狂わせだ。足手まといになってしまったことが情けなくて、申し訳なくて、ローズに合わせる顔がない。
店主に担がれて裏口から出ると、馬車が停めてあった。おそらく、子どもも乗せられているのだろう。
例の養父母が顔を出す。
「もう出るぞ」
「待ってくれ、この娘にお前たちを見られた。予定外だが、こいつも連れて行く。可愛い顔をしているから高く売れるだろう」
『ピーッ! ピピピピーッ!』
けたたましい笛の音が鳴り響き、颯爽とラウル様が登場した。
「そこまでだ! 彼女を離せ!」
周りを見ると、平服の騎士がぐるりと取り囲んでいる。男たちは、不意を突かれて大慌てだ。
「自警団!? いや、騎士団だな!?」
「多勢に無勢だ。俺たちに勝ち目はねえぞ!」
「どうせ、捕まっても死罪だ! やるしかねえ!」
悪者は内輪揉めした末に、戦うことを選んだ。
街中での戦闘が始まるが、道端に転がされた私は、それをただ眺めているだけ。
(……なんて間抜けな姿なの)
自業自得とはいえ、非常にやるせない気持ちでいた。
(武器を取らないのは、なぜ?)
騎士団の方針なのだろうか。
ラウル様一人で戦っているし、刃物を持った賊に対して、体術だけで挑んでいた。
それでも、圧倒的な強さで相手をねじ伏せる。
軽やかで、無駄のない動きは舞っているようだ。三人の男を相手にしているのに、全く気負うことなく、淡々と敵を気絶させていく。
(……すごい)
彼は、強さと美しさを併せ持つ。
自分の置かれた状況を忘れるほど、私は見惚れていた。
またもや、彼と私の体から、あの黒い気配が現れ、そして消えていく。この正体は分からないが、考えても分からないことは、考えないことにしている。
その間に、マルセル様が子どもたちを救出していたようだ。養母たちは、無抵抗で投降したらしい。
彼は、小走りで私のところへ来てくれた。
「遅くなってすみません。今、縄を解きます。
……あの、私から言うことではないのですが、ラウルの奴が、すみません。信じてはもらえないでしょうが、あいつは……」
その時、棒を持った店主が襲いかかってきた。
「うおおおお!」
「マルセル様、後ろ!」
彼は鮮やかに返り討ちにすると、苦い顔をする。
「やはり、邪魔が入るな。でも、伝えなくてはならない。ラウルはあなたのことを……」
「しねええええ!」
死にものぐるいの店主は、武器をナイフに変え、再び襲ってきた。マルセル様は、それを蹴り上げると、体をかわし、首元に手刀を入れて沈黙させた。
「マルセル、そこまでよ。危険だわ」
「……承知しました」
王女の命令には逆らえず、彼は口を閉じた。何かを言いたかった彼の言葉の続きが気になるが、私は聞く機会を失う。
そして今、目の前にはラウル様とは違う怖さの親友が、仁王立ちで私を見下ろしている。
「アリス、何か言うことはありまして?」
ローズの計画をぶち壊してしまった申し訳なさが、込み上げてくる。
「ごめんなさい」
しょんぼりして謝ると、彼女は微笑む。
「まあ、子どもたちは全員無事でしたし、悪者は捕まえましたから、結果オーライですわ。大型家具に二重底を作って、そこに子どもを押し込んでいましたのよ。これで、国境を越える手口が分かりましたから、記録を辿れば行き着くでしょう」
事件解決の糸口が見えたことで、彼女はご機嫌だ。私はこれ以上、怒られずにすむだろう。迷惑をかけてしまった罪悪感が、少し軽くなった。
「それに、ラウル様の勇姿を見たのだから、あなたの誤解も解けたのではなくて?」
そこに来るのか。
大事なことを言わないでおいて、分かりなさいと言うのは、そろそろやめてもらいたい。理解できない私が悪いみたいではないか。
「……正解を知らないから、私が何を誤解しているのか分からないよ」
「そうですわね。私も、説明できないことを申し訳なく思っておりますのよ。では、今、あなたが見たラウル様を、そのまま受け入れてはいかが?」
見たままというと。
彼は強いが何を考えているか分からないとか、顔は美しいが怖いとか、おそらく騎士団と結託して私を追跡しているとか、だろうか。
騎士団に包囲網を張られたら、捕まるのは時間の問題だ。
(私、何しているんだろう)
だんだんと話が複雑になってきて、もはや、何のために逃げているのかも分からなくなってきた。私は、婚約を取りやめにしたかっただけなのに。
もともと容量の小さい、私の頭が悲鳴をあげた。
「……三十六計逃げるに如かず」
「えっ? 何とおっしゃいましたの?」
予想外の返しに、ローズは戸惑う。
では、説明しよう。
「困ったときや迷ったときは、一旦身を引いて、再トライするのがいいよ、という意味らしいわ」
決意を持って立ち上がり、ローズと向き合う。
「逃げるが勝ち、ってこと!」
まだ戦い続ける彼らを残して、私は走り出す。
後ろで、「大変ですわ!」と叫ぶ、親友の声が響いていた。




