好感度の急降下
「御免! 私は、騎士団のラウル・トゥイナと申します。アリス殿に、お目通りを願いたい!」
私は、お茶を盛大に吹き出した。
メイド長が慌てて拭くものをくれるが、動揺した私は、それを握りしめたまま動けない。
「ま、まさか、何で!? おばあ様の家までは、ご存知ないはずなのに!」
使用人を買収したのか、スパイを雇ったか、もしくは、ラウル様直属の隠密部隊がいて、私の行動は全て監視されているとか。
そこまでの労力をかける値打ちが私にあるとは思えないが、それならば、誘拐されたと思い込んでいながらも、迷わずに学園へ来たことにも説明がつく。
(……引くわ~)
お伽噺の王子様は、私の名推理により、追跡魔へと格下げされた。彼には二面性があるため、なおのこと怖い。
もともと低かった好感度は、やや上がったものの、今はゼロだ。
(でも、きっと、これでいい)
浮き足立っていた気持ちに冷や水を浴びせられ、妙な安心感を得た。あの時に感じた気持ちの先を、考えるのが怖かったからだ。
おばあ様は、眉を顰めて私を見る。
「変ね。こんなに早く来るなんて」
早くも何も、ここに来ること自体がおかしい。
ふと、おばあ様の目が、私の指輪を見る。
「いけない子ね」
「え、私?」
校則には触れないが、学園にはつけて行かないほうがよかっただろうか。おばあ様の笑顔は崩れていないが、それが余計に怖い。
「その指輪を見せてくれる?」
「は、はい」
言われるがまま手を出すと、何の前触れもなく、おばあ様が呪いを始めた。
「え」
ハープを演奏するように、おばあ様の指は滑らかな動きを始める。
その指先からは、柔らかい紫の光があふれ出し、指輪を包み込む。やがて、光がすうっと指輪に吸い込まれた後、一瞬弾けて、ふわりと消えた。
「これでいいわ」
満足げに、おばあ様は仰った。
「はあ」
「ラウル様は、心配性なのね」
考えたくもないが、彼が指輪に仕掛けをして、おばあ様が解除したようだ。そういえば、レオンも指輪がどうのこうの言っていた気がする。
ここで、好感度の訂正をしよう。
先ほどまではゼロだったが、今やマイナスだ。
やはり、婚約の話は考え直したほうがいいかもしれない。先ほどの決意は、なかったことにする。
おばあ様はニコリと笑う。
「指輪はそのまま、はめておきなさい」
「え、嫌です」
すごく捨てたい。
「もうそれは、ただの指輪だから大丈夫」
「いえ、そういう問題ではありません」
とにかく気持ち悪い。
「まあまあ。アリスは来ていないことになっているから、そのうち、お帰りになるでしょう」
ここまで執拗に追って来て、簡単に諦めてくれるようには思えないが、ごねずに帰ったほうがいい。この家の護衛は、顔で選ばられたと言われるほど、怖いお兄様たちだから。
「うふふ。楽しくなってきたわ。こんなに胸が躍るのは久しぶりよ。アリス、ありがとう」
よく分からないが、感謝されてしまった。
ここは、孫を心配するところではないのか。
前々から気になっていたが、おばあ様は、自分が人よりも多くを知っていることを、自覚するべきだ。全てにおいて説明不足で、私にはさっぱり分からない。
その時、馬の嘶きが聞こえた。追い返されたラウル様が、馬屋へ行ったのだろう。
「……あっ!」
そこには、愛馬もいることを思い出した。ソレイユが見つかると、私がいることが分かってしまうかもしれない。
追われる立場とは、嫌なものだ。
些細なことも気になって、落ち着かない。
「馬具に銘入れしてある? 紋章は?」
おばあ様は、私の思考を先読みして質問する。
「いいえ。お忍び用なので、素性の分かるものはありません」
でも、もし、私の馬だと分かったら?
粘着質の二重人格者を怒らせたら、私はどうなるのだろう。
そもそも、学園に留まらなかった時点で、私には不利なのだ。あの時は、それが最善だと思ったが、今は少し後悔している。彼を裏切った事実が残ってしまったからだ。
でも、終わったことを後悔しても、やり直すことはできない。生産性のないことを考えるのは、時間の無駄だ。
(大丈夫よ)
彼が、私の馬まで把握しているはずはない。
「あら」
おばあさまが遠くを見て、少し驚いたように目を瞬かせた。
「ソレイユが見つかったわ」




