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異世界で転生(?)しました



 ――ここは……どこだ……?


 暗い。ものすごく暗い。

 それになんだかヌチャヌチャしてる。

 俺はどうなったんだ?


 ええと、確か……。

 王族とか国の重鎮とか、偉そうな神官とかが大勢が集まる前に、ケイ・ジャンステッキちゃん(Gカップ)に突っ張りで押し出されて……。

 にこやかで穏やかで優しげで迫力満点な笑顔のシャリア・ピンステッキさん(鬼)に痛みすら感じる間もなく一撃で首を落とされて……。

 カラフルヘアーズ(モブ)のみなさんに寄って集って切り分けられて……。

 そうだ、ステーキになった俺(代表)は、この国の王様に食われたんだった。


 てことは、ここは王様の腹ん中か?

 それにしちゃ、やたら広い気がするんだが。

 それになんだが全身がむず痒い。

 今の俺に全身と言えるようなものがあるのかどうかは知らないが。


 ――ゴトリ


 不意に大きな揺れに襲われ、すぐ近い場所から重い音が響いてきた。

 な、なんだあ?

 何が起こってるんだ? ここはどこなんだ?


 軽くパニックに陥っていると、真っ暗だった世界に光が射した。

 頭上から急に眩しい光が降り注ぎ、()()()の状況が理解できた。


 こ、これは……。

 おおおぅ……あまり考えたくないが、お肉だった俺は王様の体を通り抜け……無事に発酵したようだ。

 この“肥溜め”の中で。


 柄杓で汲み出された俺は、桶に移し替えられて運ばれた。

 どこかで見たことがあるような鮮やかな緑色をした髪のおじさんが、鼻歌交じりに俺の入った桶を運んでいく。


「そうら、栄養たっぷりの肥やしだべ! でっかく育つっぺよ〜!」


 当然といえば当然だが、俺は地面に撒かれた。

 それにしても、なんとなーくこの場所に見覚えがあるような気がするんだよなあ。

 この、どこまでも続く土と草とか、遥か遠くに薄青く見える山とか、少し離れたところで呑気に草を食っている牛たちとか――って、ああっ!


 そうか、戻って来たのか。

 ここは俺が聖牛になった場所だ。

 ということは俺は――。






 俺は、草になった。

 それもただの草じゃない。聖牧草だ。

 ただの牛を聖牛に目覚めさせるための聖なる牧草だ。

 といっても、聖牛が現れるのはあと百年後の話。なんせ、俺という聖牛が現れたばかりだからな。

 その聖牛も今やただの草になっちまったけどさ。


 思えば、長かった俺の旅もここが終着点になる。

 前世のサラリーマンから異世界転生して牛になり、聖牛として目覚め、神事でお肉になり、肥やしから牧草へ。


 ああ、ほら。

 俺のもとへ、一頭の牛がやってきた。

 もしかしたら俺の子かもしれない。会ったこともなかった我が子よ、大きくなったな!


 そして俺は根を張った土からちぎり離されて、牛の口の中へ。

 こうして食われるのは二度目か。

 どうせならおっさんや牛じゃなくて、可愛い女の子の口の中で転がされたかっ――ぅん、あぁ、いや、まっ、あの、なん、そっ、だっ……。


 なるほど、草食動物は奥歯でゴリゴリすり潰してくるのか。

 うう……これはこれで、身が引き千切られるようで気持ち悪いな。


 ああ、やっと飲み込んでくれた。

 唾液にまみれてネチャネチャになった後は、胃液でドロドロに消化される。うへぇ、気持ち悪い。

 ……って、あれ? なんか動いて……おおおおお!?

 あれ? あれ? あれえ???

 おっ、うわ、ちょ、まっ、おい、なんかまたすり潰されてないか俺!? デジャヴ?


 そうか。反芻か!

 確か牛には胃袋が四つあるんだった。

 てことは、このネチャネチャとゴリゴリとドロドロがまだ続くのか。勘弁してくれ。


 “お肉”だったときは、胃に辿り着く前に意識がなくなったけど、今回は随分と長い。

 一体、俺の意識はいつ途切れるのだろうか。

 そろそろ反芻地獄から抜け出して、次の場所に行きたいのに。



 そこまで考えたところで、気付いてしまった。

 最初の場所に戻ってきたからここが最後だと思っていたが、もしかしてそれは俺の思い込みなんじゃないか?

 俺の意識は食べられることで繋がり、永遠にこの世界を彷徨っていく――なんてことは?


 ふと『魂の牢獄』という言葉が浮かんだ。

 哲学としての肉体を表すそれではなく、俺の場合は本当に魂が囚われてしまっている。

 異世界に生まれ変わった俺は、この世界では二度と生まれ変われない。

 自分の意志では何一つ成せず、他者に貪られ続けるだけの時間を永劫に過ごす。


 そんな、バカバカしくも決してバカにできない考えに、俺は恐ろしくなった。


 いやだ……いやだ、いやだ!

 痛いのも苦しいのも死ぬのも嫌だけれど、永遠に死ねないのもいやだ。

 いやだいやだいやだいやだいやだ!! 誰か助けてくれ!


 思い返せば、聖牛になってからおかしくなったんだ。

 生まれ変わった俺がただの牛のままだったなら――聖牛だと知られずにやり過ごしていれば、この運命を回避できたかもしれないのに。

 ああ、戻りたい。あのときに戻れるのなら……俺は、全部最初からやり直したい!!

 神様仏様――いやもう誰でもいい! 頼みます! 俺の願いを聞き届けてください!!!



 だけど、どれだけ嘆いても懇願しても無駄だった。

 いやだと思ったところで、胃で溶かされ、歯ですり潰され、そしてまた胃で溶かされる。

 そのうちに、とても小さくなってしまった俺は、絶望に飲み込まれるように意識を失った。




*****




 ――ここは……どこだ……?


 目を覚ました俺は、ここが自宅の薄い布団の中ではないことに気が付いた。

 ここは牧場か何かだろうか。なんとなく見覚えがある場所の気もするが、俺は今まで牧場に行ったことはないから気のせいだろう。

 それにしても、自分が何故こんな場所にいるのか全く思い出せない。

 

 俺は紗藤部(シャトウブ) 吏安(リアン)。勤続4年で特に役職もない、しがないサラリーマンだ。

 嫌味な課長とセクハラお局様とやらかし後輩くんに囲まれて、サービス残業に勤しむ日々。

 昨夜も日付が変わるころに自宅に帰り、寝不足でふらふらしながら家を出たところまでは覚えている。

 まさか、ストレスが溜まりまくって無意識のうちに遠くへ逃げてしまったのだろうか。

 無断欠勤という文字が脳裏に浮かび、恐る恐る腕時計を見ようとして――。


「んモ〜〜〜〜!!!」


 俺の叫び声がこだました。






 どうやら俺は、異世界で牛に転生してしまったらしい。

 異世界だと気付いたのは、コスプレでしか見たことがないような鮮やかな緑色の髪のおじさんに話しかけられたからだ。

 確かに、転生といえば異世界と相場が決まっている。

 牛に転生したのは予想外だが、虫かなんかに転生して、生まれた早々に死ぬハメになるよりはマシかもしれない。


 それに俺は、どうやら特別な牛らしい。

 緑髪のおじさんに幼稚園児でも解けるような計算問題を出され、それに答えたら天才牛だと持ち上げられた。

 心境としては複雑だが、天才と言われるのは単純に気分がいいものだ。


「んじゃセイギュウさま、行くっぺよ。ちいっと遠いけんど、おめえは楽にしててええからな」


 おじさんはそう言うと、俺の背中をぺしぺし叩いた。

 よくわからないが、俺はどこか別の場所へ連れていかれるようだ。


「はぁ~、こうしておめえを見送んのも20回目になるだなぁ~。おめえときたら何度戻ってもおんなじでよう、ちっともやり直せてねえでないか。オラもう、おめえの願い聞くのは今回で最後にすっからな。あとは自分でなんとかすっぺよ?」


 溜め息をつきながら、おじさんがそんなことを言い出した。

 どういうことだろう。20回目? やり直し?

 とても大事なことを言われたような気がして胸がもやっとする。


 首を傾げた俺を無視して、俺を乗せた牛車はゆっくりと動き出した。

 なんだろう。胸のもやもやは治まらず、理由を考えてみるものの全く思い当たらない。

 そのうちに、考えることすら面倒になってきた俺は、もう気にするのはやめた。


 牛になったからなのか、難しいことを考えるのも、何もかも全てが面倒に感じる。

 まあいいか。せっかくの異世界で、のんびりと牛ライフが送れるんだ。

 面倒なことは、その時になったらまた考えればいいさ。

 そんなことを思いながら、ふかふかのクッションの上でゆらゆら揺られる俺は、眠気に逆らわずに目を閉じた。



 これから待ち受ける運命と、おじさんの言った言葉の意味を俺が知るのは、まだもう少し先のことだった。



お読みいただきありがとうございました。


このおはなしを書くにあたり、牛についてネットでたくさん調べました。

検索欄には【牛 部位】【牛 解体】【牛 おっぱい】【牛 発情期】【牛 交尾】【牛 受精】【牛 妊娠】【仔牛 食べ頃】というヤベェ特殊性癖の持ち主みたいな履歴がずらりと並んでいます。

牛さんは美味しいと思いますが、それ以外のヤベェ興味は特にありません。

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