表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

逃げられませんでした

牛が死にます。ご注意ください。



 牛の屠殺方法を知っているだろうか。

 前世で、興味本位で動画を見たことを今ほど後悔したことはない。


 食肉になる牛は、身動きできない狭い囲いの中に入れられ、スタンガンのようなもので額を撃ち抜かれる。

 脳震盪を起こして意識のなくなった牛は、ぐりんと白目を剥いてだらしなく口を開けたまま、横倒しにされる。

 素早く首を切られると、信じられない量の血がどくどくと流れ出す。

 血抜きされた牛は、しばらく口をもごもごさせて舌を動かしているが、次第にだらりと力がなくなり、徐々に瞳から光が消えていく。

 噴き出す血の勢いが弱まった頃、小さく痙攣するように身動ぎした牛は、とうとう動かなくなる。

 そうなれば、脚を切られ逆さ吊りにされて。

 首をぶらぶら揺らしながら解体のラインに乗って皮を剥がれ、完全に首を落とされ、あとはお馴染みのお肉になるばかりだ。


 あのとき見た、感情のない瞳が生々しく思い出された。

 ただただ命の光が消えていく様子は、少なからず衝撃的だった。


 あの牛は俺だ。

 意識のはっきりしないまま、痛みも苦しみも恐怖も何ひとつ訴えることができず、無為に死んでいく。



 神事で生贄にされると知ってから、俺はすぐに半ストを起こした。

 逃げ出すのは無理だったからだ。

 カラフルヘアー軍団は、ただのお世話係じゃなく、超肉体派お世話係だった。


 なんで1トン近い体重の俺が本気でぶつかったのに、がっぷり四つに組まれて投げ飛ばされるんだよ!?

 いくらGカップ(推定)でも、せいぜい50キロくらいしかないだろケイ・ジャンステッキちゃん!!

 ぶるんっと揺れたお乳が、経産牛顔負けのド迫力だったよ!?


 と、とにかく、当初の予定だと一年は聖牛殿で過ごすことになっていた。

 ならばまだ数ヶ月は猶予があるのだから、その間に半ストでガリガリになれば、肉牛としては落第になるんじゃないかと考えたのだ。

 その結果。


 聖牛として力の取り込みも、穢れの祓いも、ほぼ終わっている。

 一番の懸念だった繁殖は、想定よりも早く目標数を達成し、どの仔牛も頑丈ですくすく元気に育っている。

 ――ということで、だいぶ早いが俺が痩せ細る前に神事を執り行った方が良いという結論になった。


 うわああああああ!!!

 なにがロデオチャンピオンだ!

 調子に乗ってた過去の俺をブッ殴りてえええええ!

 なんで自分で自分の死期を早めてんだよ俺はァァァァァァ!!



 それで今、俺がどうしているかというと。

 なんというかまあ、皿に乗っていたりするわけで。


 厳密に言えば、俺の一部は皿に乗っているし、俺の一部は鉄板で焼かれているし、俺の一部はスープに沈んでいる。

 俺の一部は、どこかで鞄になったり靴になったり装飾品になったりしているのだろう。


 どういうわけだかサッパリわからんが、俺の意識は消えずに残ったらしい。

 牛の幽霊というよりは、考える牛肉というところだろうか。


 シャリアさんの言ってた通り、痛みはなかった。

 痛みなんて感じる間もなく、スパンと一気に首を落とされた。

 そこに至るまでの恐怖はハンパなかったが、結果的には一瞬で片が付いたのだから、そこまで悪くなかったかもしれない。


 まあ、“俺”が“お肉”になる一部始終を体験したのは、なかなかに気持ちが悪いものだったけれど。


 皮を剥がれて、内臓を抜き取られて、真っ二つにされてから細切れにされていく過程は、いちいち背中がゾクゾクするような感覚を覚えた。

 途中から背中なくなってたんだけどさ。



 そんなわけでジョウカくん。俺は今、君が楽しみにしていたステーキになっています。

 切れ味のいい包丁で切られるゾクゾクした感覚も、鉄板で焼かれて引き攣れるような感覚も、決して気持ちのいいものではありませんでした。

 フォークでぶすりと抉られるように刺されるのも、ナイフでブチブチと細切れにされるのも、とても気持ち悪いです。


 せめてもっと上手に、一度でスッと切ってくれればいいのに……力任せにフォークで押さえ付けて、何度もナイフでギコギコ切るんじゃねえよ下手くそォ!

 なにか? この国の王様は不器用か!?

 貴重な聖牛様の御身を分けてやってんだから、ロイヤルなテーブルマナーしっかり身に着けてから挑んでこいやァ!!


 って、あ、あ、あっ……やめ、やめろ……やめてください…………口の中の俺を舌で転がすのやめてください……

 俺の身を唾液でネチョネチョにした上、肉汁を吸い上げるとか、そんな貧乏人みたいな食い方せんといてください……。

 もういっそ一思いに噛み切って飲み込んで……ぅぎゃ!!

 ああああ! 潰れる! 潰されるゥ! 奥歯が、奥歯が上から下から迫って来て、俺を攻めるぅぅ……!

 えっ、いや、ちょっとま……嘘だろ。いつまで噛んでんだよコイツ! もしかして噛み切れないのか!?

 歯と歯茎が弱ってんなら赤身肉とか無理すんなよオイ!

 飲み込め! もう噛まなくていいから飲み込めっ!


 あああああやっと飲み込んでくれたか。後はこのままフリーフォール……って、ま、まさか……そっちは立入禁止エリア(気管支)じゃねえか!?

 ふざけんな! 咽るな! 戻すな!

 俺は絶対に正規ルートを通って行くからなあああああああ!!!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ