贅沢な生活にも慣れました
俺がこの豪華な部屋に連れてこられてから、一ヶ月が過ぎた。
……と、思う。
体感的にはそのくらいじゃないだろうか。
なにしろ俺は牛だから。自慢じゃないが、時間の感覚は無きに等しい。
時間からの解放だなんて、サラリーマン時代には考えられなかった最高の贅沢だ。
この一ヶ月、俺は非常に牛らしい生活をしていた。
草を食って水を飲んでは寝て、気が向いたらその辺を散歩して寝て、起きてるのに飽きたら寝て。
初めは戸惑うことばかりだったお高そうな食器やら布やらにも、もう慣れた。
気にしたところで俺は牛だからな。細かいことは、考えるのがめんどくさい。
今ではもう、ずーっと昔から何十年もこんな暮らしを続けていたような気さえする。
青髪の女性こと、シャリア・ピンステッキさんが言うには、俺は百年に一度現れる“聖牛”なのだそうだ。
前世の世界にもあった聖牛信仰のようなものかと思ったが、それとは少し違うらしい。
「聖牛様のいらした場所は、聖牧草の生える土地なのです。かの地で聖牧草を食べて育った牛から、百年にたった一頭だけ自我と知識に目覚める特別な牛が現れます。それが聖牛様なのですよ」
ということだ。
聖牛は、この国で百年に一度行われる神事の主役なのだそうだ。
神事に備え、聖なる力が俺の身に満ちるまで、一年以上はここで過ごすことになるって話だ。
贅の限りを尽くしたような豪華絢爛な“聖牛殿”で贅沢に暮らすことにも、実は意味があった。
この世界の金銀宝石は、大地の力を凝縮した結晶と考えられているらしい。
難しいことはよく知らんが、要はパワーストーンというか――もっと異世界的に言えば、マナとかエーテルとか魔力とか、そういう“力”を溜め込んでいるということだ。
俺に与えられているコップや食器は全て金銀宝石で作られてるし、聖牛殿自体が金銀や砕いた宝石を使って建てられているパワースポットになっている。
聖牛はここで暮らすことで、自然に大地の力を身内に取り込んでいるのだそうだ。
それだけじゃない。
俺が口にする聖牧草や聖花の朝露は、その名の通り一切の穢れなく清らかなものだ。
聖牧草と聖花の朝露を取り込むことで、俺の身体は内側からデトックスされる。
外からは大地の力を取り込み、内からは穢れを払う。
そうして俺は、聖なる力が満ちるまでここで過ごし、時が来たら百年に一度の神事に臨むのだ。
「聖牛様、お食事が済みましたら水浴びをされますか?」
「モ〜〜」
来たばかりのときにプールだと思っていたのは、どうやら俺の風呂だったようだ。
どう見ても前世で近所にあった市民プールよりもデカイしキレイだけど、これこそ聖牛仕様。
やや温めの丁度いい湯加減の風呂に浸かると、カラフルヘアーの男女がやってきて俺の毛並みを美しく磨き上げる。
風呂からあがれば、ふわふわサラサラのタオルで丁寧に拭き上げられて、全身くまなくマッサージまでされる。
マッサージされながら、爪の手入れもされ、どこもかしこもピッカピカだ。
その間に俺がしていることといえば、ただ楽に寝そべっているだけ。
はぁ〜極楽極楽。
「聖牛様ぁ、本日のお務めはどーしますかぁ?」
俺が寝そべっているところに、ピンク髪の青年がやって来た。
彼はジョウカ・ルービィくん。聖牛付き使用人の中では最年少の21歳。
シャリアさんに言わせれば、彼は言葉遣いもなっていない粗忽で迂闊な万年見習いということだが、元がド庶民の26歳としては、ジョウカくんくらい気安い方が付き合いやすい。
それに男同士、話も合うしね。
「ン、モ〜〜〜っ!」
「ふはっ、了解ですっ。すぐにご用意しますねぇ」
俺が返事をすると、ジョウカくんはニヤニヤしながら準備のために出ていった。
ここで朝から晩までもてはやされ、好きなだけ食っちゃ寝している俺だが、実は一つだけ大事な仕事を任されている。
聖牛である俺にしかできない、非常に重要かつ繊細な仕事だ。
本当はあまり気乗りがしないのだが、俺しかできない責任ある仕事なのだから仕方ない。
「お待たせしました、聖牛様ぁ」
ジョウカくんが戻ってきたので、俺はのっそり立ち上がる。
はぁ〜あ、気が乗らないけどなあ。仕方ないなあ。
「聖牛様ぁ、どれにしますかぁ?」
そう言ったジョウカくんが示す先には、三頭の牛がいる。
三頭とも毛艶が良く、俺ほどではないがキレイに磨き上げられているようだ。
俺は牛たちをよく観察してから、返事をした。
「モ、モ、モォ〜っ!」
「うははははっ! さすが聖牛様。そう言うと思ってましたよぉ! じゃ、三頭ともお願いしますねぇ」
俺はまず、三頭の中で一番若い牛に近付いた。
若い牛は大人しくしているが、落ち着きなくキョロキョロと視線を動かしたり、そわそわと動き出そうとしている。
若いからというのもあるだろうが、落ち着きがないのは発情期だから仕方ない。
ましてや世界で一番イイ男が近くにいるのだ。
俺は全く気乗りしないが、若い雌牛の後ろに回った。
ライドオン!
気乗りしなくとも乗るときは乗る男、それが俺さ!
イイイヤッホーゥ! 俺はロデオチャンピオンだぜぇィ!!
……………………あー……オホン。
なんというか、まあ、な。
結局は俺もただの雄牛だったということだ。
元成人男性としては、薄布一枚で毎日俺の体を洗ってくれるGカップ(推定)美女のケイ・ジャンステッキちゃんよりも、雌牛に反応してしまうことは少し悲しくはあるのだが……。
それもこれも、仕事だから仕方ないよなぁ!
「ふはっ、またまたぁ。聖牛様もお好きですよねぇ。ま、こっちとしては大助かりですけど」
初物、幼妻、熟女を一通り嗜んだ俺を、ニヤニヤ顔のジョウカくんがつついてくる。
そういう余計なことを言うから、シャリアさんに万年見習いと評されてるんだぞお前は。
俺にしかできない仕事というのは、聖牛の子を作ることだったりする。
聖牛の子は、あの聖牧草の生える場所に集められ、大事に育てられるそうだ。
そして百年後、俺の血筋の中から自我と知識に目覚めた牛が次の聖牛になる。
いくつかある条件を満たし、その中でもより優秀な牛が聖牛になるらしいから、俺の子は多ければ多いほどいいのだとか。
そんなわけで、俺は全く気乗りしないが次代のために仕方なくこの仕事に励んでいるわけだ。
仕方なく、な!!